齊藤工は初の長編監督作でどんな演出を見せたか? 『blank13』余韻が残る“家族の物語”

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2018年02月24日 13:32  リアルサウンド

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 大人の色気と演技幅の広さで注目される俳優・斎藤工は、“齊藤工”の名義で映画監督、写真家、コラムニストと活動の幅も広い。そんな齊藤工が、初めての長編映画に挑戦した。実話に基づく家族の物語『blank13』である。


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 物語の主軸となるのは、借金を背負い、家族を捨てていなくなった父親だ。父親が姿を消してから13年後、彼が胃がんで余命3ヶ月だということが判明する。母(神野美鈴)と兄(斎藤工)は家族を捨てた父親の見舞いを拒否するが、次男のコウジ(高橋一生)は父親と過ごした楽しい出来事を思い出し、彼を見舞う。父が亡くなり、彼の葬儀に集まったのは、ほんの少しの友人だけだった。


 齊藤監督の演出は個性的である。映画のタイトルが映し出されるのは映画中盤。タイトルが表示されるまでの映画前半は、リリー・フランキー演じる父親のクズっぷりが語られる。幼いコウジは父と甲子園を見に行ったことを作文に書き、賞をもらう。父に報告しに行くが、父は麻雀に夢中で、コウジが期待するような父親らしい反応はとらない。「後で読むから」と告げると、すぐに麻雀に戻ってしまう。家族は毎日のように借金取りからの催促に怯えている。黙ってやり過ごそうとする父親と怯えながら息をひそめる家族の姿。その後、「煙草買ってくる」と告げ、いなくなってしまった父親の代わりに働く母親の姿は痛ましい。前半は、そんな過去と現在が入り混じる。コウジだけは父の見舞いへ行き、言葉を交わす。余命宣告からたった2ヶ月で父親は衰弱してしまった。死期の近い父親の姿を観客は見ることができない。しかし、高橋一生演じるコウジの、静かな愕然とした目つきで、観客は全てを悟る。


 映画後半、葬儀にやってきた数少ない友人が故人を語り始めると、突如としてジャンルがコメディになる。演出の変貌っぷりに最初は唖然とするかもしれない。ただゆるい笑いが漂う後半は、前半に漂っていた家族の不和が薄れていき、家族も知らなかった父親の姿が明らかとなる。家族に借金を押しつけ、どこかへ消えたどうしようもない父親は、友人たちの前でも同じようにどうしようもなかった。でも、自分にお金がないくせに、人を助けるためにお金を工面したり、親しくなったオカマを自宅に泊めてあげたり、病院で隣にいた人を励ます、人のいい男の姿が明らかになる。葬儀に参列した数少ない友人にとって、彼は命の恩人とも言える大切な人物だったのだ。


 リリー演じる父親は、家族にとって、彼らの人生を苦しめる存在だった。けれど、そんなどうしようもない男も、母親にとっては人生をともに歩むと決めた夫であり、長男・次男にとっては大切な父親だった。特に次男コウジが回想する父との思い出は、キャッチボールをして楽しかった記憶ばかりだ。映画中盤、コウジはバッティングセンターで苛立ちをぶつける。彼が思い出す記憶は、楽しかった思い出と家族を追い詰めた父親の姿がごっちゃになっている。バットを振るコウジの姿と思い出がたたみかけるように映し出されるシーンでは、彼の複雑な心境を読み取ることができた。家族は“最後まで家族”だということを、思い知らされた。


 撮影監督の早坂伸によって切り取られた、ひとつひとつのシーンがどれも印象に残る。父親が麻雀をする手元、友人が煙草の灰を落とす手つき、灰皿、雨に濡れる葉っぱ、借金取りの催促に視線を落とす父親の顔、「煙草買ってくる」と言って出て行った父親の背中……最後には父親が遺したハイライトの煙草を、不慣れな手つきで母親が吸う表情が映し出される。煙草の煙でむせ返る母親だが、その表情に夫への憎しみはない。高橋演じる次男も、葬儀の終わりには、長年蓄積していた父へのわだかまりがとれた、そんな清々しい表情を見せる。登場人物の心境や置かれている状況を、丁寧に切り取った画だけで伝えている。


 全体的にこの映画の台詞数は少ない。もちろん故人を語る後半のシーンで、友人たちは饒舌だが、父を含め、物語の主軸となる「家族」の会話は少ない。しかし役者陣による絶妙な表情の変化が、言葉を交わさなくとも「家族」のつながりを感じさせる。特に高橋演じるコウジが父と言葉を交わす時、彼の目元が伝える父の姿は、家族を捨てた父親ではなく、一緒にキャッチボールをしてくれた楽しい思い出の中の父である。


 初の長編ということもあってか、映画全体の印象はかたい。前半と後半で雰囲気が変わることに戸惑う人もいるだろう。万人に見やすい映画だとは正直思わない。しかし、齊藤工が描きたかった「家族の物語」として、不思議な余韻が残り続ける1作に仕上がっている。(片山香帆)


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