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「妊娠順番制」を破った30代女性保育士が受けた仕打ち

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2018年04月20日 11:41  AERA dot.

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写真社会問題となっている妊娠の順番制は、様々な業種でおこっている(写真はイメージ)
社会問題となっている妊娠の順番制は、様々な業種でおこっている(写真はイメージ)
「フライングしてしまい、お腹が大きくなるのを必死に隠していました」

 都内で保育士として働く松野裕子さん(仮名、30代後半)は、自身が受けた“妊娠の順番“について語り始めた。

 裕子さんの勤務先は社会福祉法人が運営する認可保育所だが、年収は300万円を超える程度の低賃金で、サービス残業が多いことから保育士がすぐに辞めてしまう。新卒採用で補充されることが多く、しかも若手ばかり。裕子さんは中途採用で入った数少ない30代だった。

 周囲に次々と保育所ができるため保育士確保が困難になっていくと、園長は離職防止に必死になった。この2〜3年で採用された保育士が次々に結婚し始めると、園長に焦りが見え始めた。産前産後休業、育児休業に入る保育士の代替職員が見つからず、欠員状態が続いてしまう。なんとか保育士が見つかっても、パートタイムで担任は任せられない。

 そうしたなかで、結婚ラッシュを迎えた。20人近くいる保育士のうち裕子さんを含め5人が示し合わせたように同時期に結婚した。そうしないと、婚期を逃す雰囲気があった。保育園側は、「育休取得率100%」「子育てと両立しながら働ける」をウリにしているため、産休・育休にNOとは言えないが、すでに育児休業に入っている保育士が二人もいる。育休から復帰している先輩保育士もいるが、育児短時間勤務をしているため、早番や遅番のシフトから外れている。独身の保育士や子どものいない保育士の負担が重くなっていた。

 結婚した5人のなかでは「先輩から妊娠する」という暗黙の了解があったが、先に一番の若手が妊娠した。すると、裕子さんに対し園長は「妊娠するタイミングを考えて。人手が足りないから今、妊娠されたら困る」とクギを刺した。しかし、後輩の保育士は悪阻(つわり)がひどく、切迫流産(流産しかかる状態)にもなって医師から絶対安静を言い渡され、何カ月もの間、出勤できない状態に陥った。代わりの職員確保がままならず、園長は裕子さんに「あなたは年長クラスの担任なのだから、卒園するまで責任がある。就学前は特に大事なのだから、タイミングはよく考えて」ときつく忠告した。


 妊娠中や出産、育児中の働く女性については、制度上、守られてはいる。例えば、労働基準法では、妊婦が請求した場合は他の軽易な業務に転換する、時間外や休日、深夜の労働を制限するなどの母性保護規定がある。労基法は違反すると6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金となる。ほかにも、妊婦健診に行く時間の確保、医師から指導を受けた場合の通勤緩和なども男女雇用機会均等法によって規定されている。育児休業も、本人が望めば取得でき、育休の申し出や取得によって解雇などの不利益な取り扱いをしてはならないとされている(育児介護休業法)。妊娠から出産、育児についての権利はすでにあり、職場にはマタニティハラスメントの防止義務がある。妊娠する前の段階で、「妊娠するな」と言われる、または妊娠待機について暗黙の了解があることは法違反にはならないのだろうか。

 労働問題に詳しい東京パブリック法律事務所の板倉由実弁護士は、こう指摘する。

「職場で妊娠の順番について命じられたとしても、直接禁ずる労働法がないため特定の法律に違反しているとは言えない。しかし、労働者には良好な環境の下で能力を発揮して働く権利がある。労働環境整備・配慮義務に違反する可能性はあり、不法行為と言えるケースもあるはず。パワーハラスメント、セクシャルハラスメント、ジェンダーハラスメントと言え、人格権の侵害にも当たる」

 ただ、実際に法に訴えようとしても、費用も時間もかかり、弁護士を探す苦労も伴うわりに慰謝料を取ることができても低額にとどまるケースが多い。司法制度を使うハードルが高く、一般の人が権利を行使するのが難しい。

 板倉弁護士は言う。

「日本は他国と比べても女性の働く権利が法律上は整備されている。にもかかわらず、セクハラやマタハラが次々に起こる。ジェンダーギャップ指数(男女格差を示し、0が完全不平等で1が完全平等を指す)が低いのは、法的権利を行使することを躊躇させる制度的な壁があり、違反に対する制裁が極めて軽いということが背景のあるのではないか。訴訟を起こせば職場で孤立してしまうことも多い。一方で、韓国では労働組合に提訴権がある。アメリカでは行政機関が提訴権を持ち、訴訟に参加していない他の労働者にも判決の効力が及ぶ制度もある。日本もそのような制度導入を図り、リーガルアクセスの実効性を問うべきではないか」


 前述の裕子さんは、結婚前から早く子どもが欲しいと思っていた。しかし、マタハラなどの知識がないうえ責任感が強く「担任する子どもが卒園する3月までは子どもは我慢しよう」と腹をくくった。そして、「自分が妊娠を避ける間に、もしも他の同僚が妊娠したら、また順番が後になってしまう」という心配もあったが「実際、もしかすると不妊かもしれないし、計算通り都合よくは妊娠しないだろう」とも思え、複雑な心境に陥った。

 ところが、夏に子どもを授かったことが分かり、「嬉しい」と思った反面、「しまった!どうしよう……」と慌てた。出産予定日を計算して「産休に入るのは卒園後だ」と胸をなでおろしたが、「園長から妊娠するなときつく言われているから、しばらく隠さなければ」と、暗い気持ちになった。

 妊娠初期は悪阻がひどかったが、園長の“お達し”に反してフライングしたため、体調が悪くても休めなかった。園長に知られることを恐れて周囲にも妊娠したことを明かせずにいたため、妊娠中に特有な眠気に襲われると、同僚からも保護者からも「やる気がない」と思われ、精神的にも辛かった。あまりにお腹が張って、出血を伴うと安静にしなければならなかったが、それも言い出せずに、「インフルエンザにかかった」と嘘をついて休んだ。保育所の場合、園児も特定の感染症は一定期間休まなければならない決まりがあり、それは保育士も同じであるため、インフルエンザと言えば休むことができるという苦肉の策だった。

 秋口から年末にかけて職場では来年度の担当クラスの希望や退職意向などの調査が行われる。厚着して大きくなっていくお腹を隠していたが、そこでようやく「本当にすみません。実は妊娠したので、来年度は産休に入らせてください」と謝り、妊娠について告げることができた。結婚して間もない他の保育士たちは、裕子さんの例を見ながら、年長クラスを希望せず、担任をもたない「フリー保育士」を第一希望にした。事実上、フリー保育士になった者から次の妊娠の順番が回ってくる格好だ。


 このような妊娠待機ともいえる状況について、筆者は過去にも問題を指摘している。著書『ルポ 保育崩壊』(岩波新書、2015年)では、関西地方の社会福祉法人が運営する認可保育所で働く30代の保育士が、結婚を目前とする時に園長から「仕事に生きろ」と暗に妊娠をしないよう忠告されていたことを記した。また、同書では大手の社会福祉法人が運営する認可保育所で働く保育士(20代)が妊娠して悪阻がひどく休むと、罰金として1日1万円分が給与から天引きされていたというマタハラの例も執筆している。

 こうした「妊娠の順番」は、人手不足の業界で女性の占める割合が高い職種で起こりやすく、保育士の場合も今に始まったことではない。保育士の平均勤続年数は以前から7年前後と短く、多くが結婚や妊娠を機に辞めていく。人手不足のなかで若いうちに入れ替わることが常態化しているため、妊娠が運営上の「リスク」に変容してしまう。それに加えて待機児童対策のため保育所が急速に増えるなかで空前の保育士不足に陥り、産休や育休で一人でも抜けてしまうと現場が回らないという問題が起こっている。だからこそ、「妊娠の順番」問題が表面化したのではないか。

 不況が訪れるたび、共働き世帯は増えて保育の需要は高まった。1997年には専業主婦世帯と共働き世帯は完全に逆転、現在、共働き世帯は専業主婦世帯の1.6倍だ。しかし、国は待機児童対策に真剣に向き合わず、1998年に「定員の弾力化」を始めた。一定数、定員を超えて預かることができるよう規制緩和することで対処。その弾力化の幅は次第に拡大した。財政を投入して定員を拡大するのではなく、今いる保育士でより多くの子どもをみることになり、現場は悲鳴をあげた。

 そして、人材を大事にしない保育所が増えたことも「妊娠の順番」やマタハラを助長させた。長年、保育は公共性の高い事業として公立以外は社会福祉法人しか認可保育所の設置が認められていなかったが2000年に営利企業の参入が解禁された。


 しばらく株式会社の保育所は増えなかったが、国を挙げての待機児童対策が行われ、ここ数年で急増した。営利企業の保育所は、2013年(10月1日時点)の488か所から2016年は1337カ所へ、社会福祉法人は、同年比で1万2839カ所から1万4049カ所へと増えている。新規開設の保育所では新卒採用を中心に人材が確保される。数年経てば結婚や妊娠の時期を迎えるため、「一度に妊娠しては困る」からと、「妊娠の順番」が囁かれることが目立ってきたと見ることができる。

 裕子さんら保育士は「私たちは子どもが好きで保育士になっている。それなのに、自分の子どもを産み育てることが悪いことのよう。これでは、保育士は続けられない」と訴える。東京都が2014年に行った「東京都保育士実態調査」では、保育士の退職理由(複数回答)で最も多かったのが「妊娠・出産」(25.7%)だった。保育士がワークライフバランスを図りながら就業継続するために、妊娠前の“マタハラ”についても目を向け、法制度を整える必要があるのではないか。

●プロフィール
小林美希(こばやし・みき)
1975年茨城県生まれ。神戸大学法学部卒業後、株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年よりフリーのジャーナリスト。2013年、「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。近著に『ルポ 保育格差』(岩波新書)。

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このニュースに関するつぶやき

  • 給料安いから人集めにくいんだろうな。若い人から妊娠しやすいだろうし。年寄りが将来支える子どもの世話するのが筋だと思うけどな。
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  • 一概にはいえないけれど、記事中にもあるが「若い女性」が多い職場に多い問題だと思う。新卒枠ばかりでなく、再就職枠も充実して、子育てがひと段落した世代の女性の割合を増やすべきでは無いだろうか?
    • イイネ!365
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