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西城秀樹さん死去:評伝 ポップス歌謡の先駆者

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2018年05月17日 21:23  毎日新聞

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毎日新聞

写真西城秀樹さん=2012年3月、尾籠章裕撮影
西城秀樹さん=2012年3月、尾籠章裕撮影

 「昭和歌謡」という言葉はいくつかの相を持っている。一つは文字通り、昭和時代の大衆歌謡。もう一つは戦後日本を元気づけた演歌歌謡曲。そして、1970〜80年代のテレビやカラオケ文化を背景に、アイドル、バンド、演歌などが入り乱れ百花繚乱(りょうらん)の時代を迎えたポップス歌謡。西城秀樹さんは、このJポップの原形ともいえる、ポップス歌謡を形作った先駆者だった。


 そもそも、西城さんは父からジャズを、兄からロックを学んだ洋楽少年。体に染み付いていたのは、バンド演奏に行った山口・岩国基地で経験した先進のヒット音楽。デビューしても、洋楽の格好良さを自分のスタイルにどんどん取り入れた。振りを付ける▽コール&レスポンス(曲間の掛け合い)を入れる▽振り回せるマイクスタンドを導入する▽英米ロックのシャウトとバラードを日本語の歌唱に取り入れる▽音楽に合う強烈で美的な衣装を着る−−。どれもが、それまでの昭和歌謡に存在しなかった、斬新な男性歌手のスタイルだった。


 阿久悠、三木たかしを代表とする歌謡界のヒットメーカーたちもそんな「ヒデキ」のために、最先端の曲を書いた。


 2003年の脳梗塞(こうそく)発症以降、厳しいリハビリの日々を送っていたが、それはいつまでも、“美的で先進”を追い続けていたからに相違ない。【川崎浩】


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