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最近、サイゼリヤをこよなく愛する人々“サイゼリヤン”から「ずいぶんメニューが減った気がする」という嘆きの声が聞こえる。
筆者もちょっと前までは「赤身と脂身のバランスの良さ」をウリとしていた「リブステーキ」が好きでよく注文していたのだが、今見たらメニューから消えていた。
サイゼリヤでは定期的にメニューを改変しており、これまでも「大好きなシーフドパエリアなくなっている!」なんてファンの嘆きがたびたび注目を集めているが、今回はそういう話ではない。メニューが全体的にスカ……ではなく厳選された印象がある。
それもそのはずで2023年末、「サイゼリヤ社長、円安定着『メニュー3割削減で効率化』」(日本経済新聞 2023年12月6日)で報じられたように、値上げを進める外食チェーンが多い中、サイゼリヤは「価格据え置き」で差別化を図る戦略のため、メニューの3割を削減しているのだ。
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メニューを減らせばそれだけコストカットが実現できて効率化も進むので、「安さ」をキープできるというわけだ。この「低価格路線の死守」はサイゼリヤの「脱ファミレス戦略」に関係している。
同社はファストフードよりも高価格帯で、既存のファミレスよりも低価格という「ファストカジュアル」を掲げて改革を進めている。つまりメニューを減らしているのは、サイゼリヤがファストフードに近付いているからなのだ。
それがうかがえるのが、「目標店舗数の引き上げ」だ。これまでサイゼリヤはファミレスチェーンでトップのガスト(2024年9月時点で1247店舗)を上回る1500店舗を目標にしていたが、2024年に入り中期計画で「国内2000店舗」と、目標をガツンと引き上げた。
この規模を実現できているのは「マクドナルド」や「すき家」である。これはサイゼリヤが背中を追いかけているのは、もはやファミレスではなくファストフードだという強烈なメッセージなのだ。
●サイゼリヤに「ガッカリ」するワケ
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そう聞くと、「さすが庶民の味方、サイゼリヤ! メニューが減るのは残念だけど安さをキープしてくれるためだから応援します!」という熱狂的なサイゼリヤンの皆さんも多いだろうが、個人的にはどうもモヤモヤしてしまう。
果たして、これが本当に消費者のメリットにつながっているのかビミョーだからだ。もちろん、「安さ」をキープしてくれるのは財布的にはありがたい。一方で、メニューが3割も削減されれば、それはそれで消費者の「好きなメニューを食べる楽しみ」もガッツリ減ってしまう。
食事というのは、食べているときだけが楽しいわけではない。いろんな料理の並んだメニューを見ながら「あれもいいな」「これうまそうじゃない?」なんてやりとりも楽しいのであって、そこが「食」というエンターテインメントの大事な要素だ。
今回、サイゼリヤはそれを「効率化」「低価格路線維持」という名目でバッサリ切り捨ててしまった。ネットやSNSを見ても「ちょっと値上げをしても、それでも十分安いのだからメニューを減らさないでほしい」という意見がちょこちょこある。
確かに安いサイゼリヤでいろんなメニューをガッツリ食べたい人や、「サイゼリヤ飲み」でいろんなツマミをちょこちょこ楽しみたい人からすれば当然の要望だ。
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つまり、今回の「安さをキープするためにメニューを減らします」という施策は、これまでサイゼリヤの成長を支えてきた熱心なファンを裏切っているとも言えるのではないかと思ってしまうのだ。
そういう疑念を強めているのが「2000店舗」とこれまでよりもさらに目標を大きく引き上げている点だ。
●消費者がサイゼリヤに求めていること
現在、サイゼリヤは2024年9月時点で1040店舗だ。ここから倍増をしたところでぶっちゃけ、熱心なサイゼリヤファンからすればあまり関係がない。もちろん、家の近くに新しいサイゼリヤができてくれたらありがたいのかもしれないが、サイゼリヤンがこの店を愛しているのは、ゆったりとした席で、破格の値段でおいしい食事が楽しめるという点だ。
今、サイゼリヤが増やそうとしている、従業員3人で回すような小型店では「いつものサイゼのほうがいいな」と感じてしまう人もいるのではないか。
つまり、サイゼリヤが進める「メニュー減少」「低価格路線の維持」の先にある「ファストフード化」「小型店舗化」というのは、サイゼリヤという企業にとって正しい戦略なのだが、それが必ずしも消費者側のニーズと合致していないのではないかと言いたいのだ。
では、消費者は何を求めているのか。ちょびっとくらい値上げしてもメニューを減らすことなく、今のサイゼリヤの「安くて最高」をキープしてくれればそれでいいのである。
もちろん、消費者の嗜好(しこう)の変化によって進化していくことも必要だ。例えば、相変わらず100円ワインでの「サイゼリヤ飲み」が人気なのだから、せんべろ居酒屋の「サイゼリヤ酒場」なんてスピンオフをしてもいいし、激安のミラノ風ドリアなどの食事をカウンター席でさっと食べさせる、牛丼チェーン的な店舗に挑戦してもいい。
少なくとも日本全国のサイゼリヤンの中で「メニューの少ない小型店に行きたいなあ」とか「早く全国2000店舗を達成してほしいなあ」なんてことを望んでいる人は、ほとんど存在しないのではないか。
しかも、「2000店舗」というのもかなり身の丈に合っていない目標だ。国内事業は回復をしてきているものの「絶好調」というほどではなく、店舗数もじわじわと減少している。
●成長する中国市場との違い
例えば、2021年第1四半期に1097店舗だったものが、2022年同期には1087店舗、2023年同期には1071店舗と減少して、ついに2024年同期には1051まで減っているのだ。
このように苦戦する国内事業と対照的なのが、中国市場だ。中国のサイゼリヤももちろん「安くてうまい」を武器に成長しているのだが、日本のサイゼリヤと決定的に違うのは「値上げ」をすることだ。
「サイゼリヤは、アジアでは機動的な価格政策を実施している。上海や香港にある各地の法人が、それぞれの地域の経済状況などから価格を決定し、柔軟に値上げを行っている。
サイゼリヤの松谷秀治社長は、『例えば、中国では賃金の上昇が続いている。サイゼリヤは値上げを行っても、「リーズナブルなイタリアン」として認識されていることもあり、客数も伸びている』と話す」(東洋経済オンライン 2023年10月21日)
しかし、日本のサイゼリヤは「柔軟な値上げ」をかたくなに拒んでいる。できないのだという人がいるが、外食チェーン各社は普通に値上げをしている。かつて値上げをするとネットやSNSで「庶民切り捨てだ!」「もう行きません」と不買が呼びかけられたマクドナルドはこの2年で5度の値上げをしているが、業績は好調だ。
こういう他社事例が山ほどある中で、サイゼリヤが値上げに踏み切れないのは「自縄自縛のわな」に陥っている可能性が強い。「安さが強み」だと自分たちでも言ってきた。客にアンケートを取れば「安いから来た」という声が多い。そういうことを繰り返しているうちに「安さ」の奴隷になって、ここを失うことは全てを失ってしまう、という強迫観念にとらわれてしまっているのだ。
●「中国依存」によるリスク
正直これは「ゆがんだ経営」と言わざるを得ない。値上げをしながらも好調に売り上げを伸ばす中国市場の稼ぎによって、値上げをしないことで低成長を続ける国内事業を下支えして、なおかつ店舗数拡大まで目指すというのは「健全」とは言い難いポートフォリオだ。
このような「中国依存」が大きな企業リスクになることは言うまでもない。過去に何度かあったが、かの国では反日感情が高まると、日系企業の製品やサービスは不買運動の対象となり最悪、撤退もあり得る。また、中国は消費者運動が日本と比べものにならないほど「炎上」するので、ちょっとした不祥事が命取りだ。
分かりやすい例が、熊本の「味千ラーメン」である。同店は中国全土に500以上の店を構えるほど人気店だが、かつて店でとんこつスープを調理していないことが判明する「豚骨スープゲート事件(骨湯門事件)」という大騒動が起きて、ブランドに大きな傷が付き実害も出た。
サイゼリヤの中国店舗も絶好調だが、これから先何が起きるか分からない。中国事業に大きな損失が出たとき、今の国内事業でそれをカバーできるのか。
このような事業環境を踏まえるとやはり「2000店舗」は現実的ではない。というよりも、ここが全ての問題のような気もする。
●「物価高でも値上げをしない」は美談ではない
現在、訪日外国人観光客がたくさん押し寄せて大人気となっている某外食チェーンの社長にインタビューをして、これから店を増やすかと質問をしたら「もう増やさない」と言っていて、現に今もそうしている。
外食が店を増やそうとすると、そのタイミングで必ず「効率化」を進めなくてはいけない。マクドナルドのように高度にシステム化されたチェーンは効率化と相性が良いが、食事の種類やスタイルによっては、効率化を進めた途端に魅力が失われて、ファンの求心力も低下してしまうことがあるという。某外食チェーンの社長は「自分の店はそっちなので、拡大路線には走らない」と断言していた。
個人的にはサイゼリヤもそっちではないかと思っている。安くておいしいものが食べられるという食のエンタメを体験できるこの店で、メニューを減らすとか店を小さくするのは、あまりいい結果を招かないような予感がするのだ。
「物価高でも企業努力で値上げをしない」と聞くと、われわれは脊髄反射で「美談」として受け取るのだが、冷静に考えるとそんなわけがない。
物価高は従業員にも影響があるのだから、まずは彼らの賃金を上げないといけない。会社として当たり前のことをやったうえで、原料高騰などの中で価格を維持するには何かを犠牲にしなくてはいけないということだ。
「効率化」とか「コスト削減」というふわっとした言葉でごまかしているが、それは「これまでやっていたことをやめる」ということに他ならない。企業側にも客側にもなんの意味もない無駄なことならばどんどんやめればいいが、現実はそんなことはない。客側は「安さ」と引き換えに、これまで得られていた何かを失っているのだ。
●サイゼリヤは恐れずに「値上げ」をすべき
それが今回の場合、「メニュー」だったというわけだ。われわれは「安さ」を享受する代わりに、「好きな食事を食べる」「いろんな食事を選ぶ」という楽しみを失っているのだ。
サイゼリヤが50円、100円値上げをしても、本当にサイゼリヤが好きな人は応援を続ける。経営陣の皆さんは、中国や他のアジアと同様に値上げを恐れずに断行していただきたい。
そして、ゆったりとした店内で、これまで以上に充実したメニューを安価に提供する。そちらのほうがよほど顧客満足につながるはずだ。
「値上げをしない」をチヤホヤするのは、もうそろそろやめにしないか。
(窪田順生)
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