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JAXA(宇宙航空研究開発機構)は12月26日、小型月着陸実証機「SLIM」のプロジェクトを総括する会見を行い、着陸直前に起きたメインエンジンのトラブルについての調査結果を公表した。
2023年9月にH-II Aロケット47号機で打ち上げられたSLIMは、月への行程と周回を経て、今年1月20日に月面着陸に挑んだ。着陸シーケンスは順調にこなしていた。
しかし月面から高度50m付近でトラブルが発生。2つのメインエンジンのうち1つのノズルが脱落し、合計推力が突然55%まで落ちた。その結果、SLIMは目標地点から東に60mほど流され、逆立ちした状態で着陸した。
●攻めた設計が原因に?
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SLIMは、推薬(燃料)なしの状態では約200kg。プロジェクトリーダーを務めたJAXAの坂井真一郎マネージャによると「これまでに月着陸に成功した中では、おそらく最軽量の探査機」だという。軽量化のために「攻めた設計」が行われており、その中には「ブローダウン方式」と呼ばれる燃料供給方法が含まれていた。
ブローダウン方式とは、燃料を消費するとともに徐々にエンジンへの燃料供給圧力が低下していく方式のこと。供給圧を一定に保つ「調圧方式」のほうが一般的だが、調圧装置やタンクなど必要な部材が増え、探査機が重くなってしまう。
トラブル発生時も燃料の供給圧はかなり低下していた。そこにメインエンジンの噴射タイミングと12個の補助スラスターの噴射開始が重なり、メインエンジンへの供給圧はさらに低下。メインエンジンは着火できず、供給された燃料がエンジン内に滞留した状態になった。
約1秒後、補助スラスターが噴射を終えると燃料供給圧が回復し、メインエンジンに着火した。しかし滞留していた未燃の燃料にも引火した結果、過大な“着火衝撃”が生じ、一方のノズルが脱落してしまった。
以上のシナリオは、SLIMの推進系を再現した数値解析モデルや着陸効果時のテレメトリデータなどの評価により、その妥当性が確認されているという。
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「今回得られた知見は、今後のプロジェクト等で適切に参照される必要がある。JAXA安全・信頼性推進部を通じてJAXA内および関係するメーカーへの情報展開を始めている」(坂井マネージャ)
●「SLIM」が成し遂げたこと、そして今後
目標地点から60mほどずれたとはいえ、SLIMはそれまでの数km〜十数kmの着陸地点精度を100mオーダーに引き上げることに成功。当初から目指していた「従来の『降りられるところに降りる探査』から、『降りたいところへ降りる探査』へのパラダイムシフト」を実現した。
坂井マネージャは「この技術は今後、サステイナブルな(持続可能な)月惑星探査を行うために必須の技術。技術的な成果にとどまらないインパクトを有する成果」と胸を張る。
また、SLIMは着陸寸前に2つの小型ロボット(探査プローブ)を放出し、これらが連携して月面に逆立ちするSLIMを写した。とくに撮影した「SORA-Q」はタカラトミーが中心になって開発したということもあり「宇宙業界への参入障壁が低くなっていることを民生業界にアピールできた」という。
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“越夜”を想定していなかったSLIMが、結果として3回の夜を越えて動作を確認できた点も大きい。「各種の機体データを取得できた。例えば越夜の後は、探査機内部の各部の温度が高くなっていた。越夜が探査機に与える影響など、なんらかの知見が得られる可能性が高い」としている。
何度も通信できなくなりながらも復活を繰り返したSLIMは、日本中の注目を集めた。SLIMプロジェクトの公式Xアカウント(@SLIM_JAXA)の投稿は、閲覧数が数百万に達するものが複数あり、着陸運用のライブ配信は同時接続数30万以上を記録。YouTubeのアーカイブは200万回以上再生された。「ネットを通じて社会への訴求ができたと思う」。
そしてもう一つ。SLIMは、NASAとの国際協力の一環として、リフレクター(反射板、LRA)を搭載していた。月周回軌道からレーザーを照射して反射光を調べることで、精密な測距が行える。5月には実際にNASAの月周回機「LRO」(Lunar Reconnaissance Orbiter)がレーザー測距に成功している。「NASAは継続的に測距を試みるとのこと。SLIMは、今後も月面上で測距の標的・基準点としての役割を果たし続ける」(坂井マネージャ)
SLIMの運用は8月26日に終わった。JAXA内での手続きが完了するとSLIMプロジェクトも解散するが、SLIMにはまだ役割が残っているようだ。
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