旭化成社長に聞く「事業ポートフォリオ転換のワケ」 トランプ政権誕生の影響は?

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2025年01月14日 08:10  ITmedia ビジネスオンライン

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旭化成の工藤幸四郎社長

 1970年代までは合成繊維の大手だった旭化成。同社が化学を中心としたマテリアル、住宅、ヘルスケアという3本の柱で多角化経営を進めている。この数年はさらなる成長に向けた事業ポートフォリオを転換してきた。


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 現状は「GG10」(10のGrowth Gears:成長牽引事業)に対し、2022〜2024年度累計で約7000億円の投資を見込む。GG10合計での2024年度の営業利益は、事業利益の50%以上を目指している。


 カギの一つは、米国の電気自動車(EV)市場が伸びると見込んで先行投資した、リチウムイオン電池にとって不可欠な部品のセパレーター(絶縁膜)事業が成功するかどうかだ。就任3年目を迎えた工藤幸四郎社長に、展望を聞いた。


●トランプ政権誕生でEVに逆風 影響は?


――2025年3月期の業績はほぼ予想通りですか。長期目標である2030年度に向けての中期計画の見通しはどうですか。


 2024年度上期の業績発表では、同年度の通期の営業利益が、当初予想していた1800億円から上振れして1950億円に上方修正しました。11月の段階では、通期の業績はその予想の範囲にあります。2024年度は現中期経営計画(22〜24年度)の最終年度であり、いま次の中計(25〜27年度)を作成しているところですが、2027年度には2700億円前後の営業利益目標を設定したいと考えています。


 このペースで進めば、2030年度近傍の目標である営業利益4000億円も達成できないことはないと考えています。同時に大事なのは、投下資本に対する収益性、効率性を見るROE(自己資本利益率)です。投資家も注目する数字なので、2030年度前後にROE15%以上にするという目標はしっかり達成したいと思います。


――石油化学関連の事業などの構造転換は、あとどれくらい残っているのでしょうか。


 事業構造の転換には、われわれが事業を持つよりも他社に譲渡した方が良いのではないかという「ベストオーナー視点」で考えるか、われわれがマジョリティーを持って他社と組んでやるか、マイノリティーとなってやるかなどいろいろなケースがあります。事業ごとの戦略は既にできているので、あとはどれくらいのスピード感で実行していくかです。


 われわれ自身が構造転換しようとしているものとしては、例えば西日本地区で三菱ケミカル、三井化学と当社でクラッカー(エチレン製造装置)の設備をどのように適正化していくかを現在、検討しています。できるだけ早く実行に移していきたいと考えています。


 「ベストオーナー視点」での戦略については、アクションはしていますが、相手方の事情もあり交渉次第というところがあります。このためマテリアル領域における化学品事業の譲渡など1000億円レベルの意思決定は2024年度中か、一部は2025年度中にはほぼめどをつけたいと考えています。これについては前のめりで交渉するつもりはないので、時間軸は少し変化する可能性はあります。


――成長牽引事業としてGG10を掲げています。伸びる分野には思い切って投資する方針を取っていますが、その理由は?


 旭化成は多角化経営を進めてきたので、従来は個別に利益が上がりそうな分野に投資をしてきた歴史があります。ただこの方法では投資する事業範囲が広くなり、稼いだ資金をどのように配分するかが難しくなります。このためポートフォリオを変えながら、選択と集中を進めていくことを考えると、成長分野がどこなのか狙いを定める必要があります。


 そこで成長ポテンシャルのあるGG10を、M&Aなども使いながら進めています。GG10の総投資額は、カナダでEV向けのセパレーターを製造する工場建設がスタートしたこともあり、中計当初の想定から1000億円増えて合計7000億円になっています。


●トランプ政権誕生の影響は?


――1月にトランプ政権が誕生するとEV(電気自動車)には逆風になりそうですが、セパレーター向け投資を軌道修正する考えはないでしょうか。


 2023年4月の時点で北米向けのセパレーター投資は決まりかけていました。ですが経営会議や取締役会の場で、リスクに対する対応が不十分だということで、さらに検討を加えることになりました。その結果、1年遅らせた2024年4月に、カナダで工場を建設することを決定し、1800億円の投資をすることになりました。結局、当社が75%、ホンダが25%を出資する合弁会社を設立します。


 ほかの電池メーカー含めキャパシティライト契約(特定の顧客に対して、一定期間・一定量の生産供給能力を優先利用する権利を販売する契約)の交渉をしています。日本政策投資銀行からの出資もあり、カナダ政府から補助金も出ますので、1800億円の投資金額のうち、当社からの資金負担は600億〜700億円程度になり、資金面のリスク分散になっています。また垂直統合的に、出口の需要を綿密に想定した計画になっています。


 しかし「EVの需要面が厳しくなるのでは」「政権が代わると違う風が吹くのでは」という懸念があったのは事実です。トランプ政権になった場合の想定はしていました。投資を計画した時には、2030年の北米のLIB用セパレーター需要は50億平米から60億平米くらいにはなるだろうと思っていました。いまのシナリオでは、悪くても約30億平米と厳しい予想がされる中で、今回の投資で想定している生産能力は約7億平米です。


 風向きが変わったことで、中国企業などの競合が米国に進出する予定の投資は全てペンディングになっていて、投資を決めたのは当社だけです。このため供給が減るので、2027年に生産を始める当社は、手堅くビジネスができるとみています。


 当初案ではそれ以降の生産能力拡大については、できるだけ早く投資をする計画でした。EVの不確実性が増していることもあり、極めて慎重に投資を進める方針を変更しています。


――ヘルスケア事業、中でも米国で買収したZOLL社が販売しているAED(自動体外式除細動器)は米国市場では堅調です。今後の見通しは。


 心停止状態の患者に対して用いられるAEDと着用型自動除細動器LifeVestは、米国でのトップシェアは揺るがないと思っています。さらに心肺呼吸器疾患に関連して2021年度に買収した2社が、次の中期経営計画で収益に貢献してくれると期待しています。AEDは日本でも売っていますが、優先市場としては米国が中心になります。


――旭化成にとって2024年はどんな年でしたか。来年はどんな年にしたいですか。


 2024年は少し経営が後手に回って遅れた部分はありますが、構造改革も進んで、為替も円安でフォローの風が吹いた要因もあり、業績も成長回帰のモメンタム(勢い)が感じられるようになりました。2022〜2023年は厳しい年でしたが、2024年は2030年に向けてしっかりとした成長の足取りを確認して、実行に移し始めた年になったと思います。


 2025年は新しい中期経営計画の最初の年になります。業績的には2018年度が過去最高の営業利益(2096億円)でしたが、2025年度はできればそれを抜けるような計画を進めたいと考えています。不確実性は高まりますが、変化に対応する力を磨いていきます。ワクワクしていますが、ドキドキもしています。


(中西享、アイティメディア今野大一)



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