今回は、北海道函館市の「ホテル水色の詩(みずいろのうた)」を経営する有限会社工藤観光の代表取締役社長の工藤丈さん(46歳)に取材を試みた。
工藤さんは、北海道函館市のラブホテルの生き残り競争が激しい地区で少子化やコロナウィルス感染拡大の影響を受けながらも14年、経営を続けている。
かつては暴力団員と思しき男とのトラブルや、警察に追われる男の来店など、客への対応に困り果てていたという。その当時のエピソードや、リピーターの登場によって客層が変わりつつあるラブホテルの現状について聞いた。
◆威圧的な態度で「誠意を見せろ」と迫る
10年程前、工藤さんは反社会的勢力の一員と思える風貌の20代前半の男性にすごまれた。
事の発端はまず、男性が女性と一緒にホテルの部屋を出て、駐車場に向かったところから始まる。料金を支払ってもらっていないために、バックオフィスで防犯カメラを見ていた工藤さんが後を追い、男性が乗る車の窓ガラスを軽く数回たたいた。
「お支払いはまだですよね?と言ったところ、男は窓を開けて1万円を出したのです。おつりを今、お持ちしますと答えたら、『つりはいらない。今、窓をたたいたな。傷がついたから、誠意を見せろよ』とすごむのです。
傷がつくようなたたき方ではないのですが、何度も謝りました。それでも、『誠意を見せろ』と繰り返す。お金を払え、ということですか?と尋ねたら、『金なんて言っていない。誠意を見せろ』の一点張り。
この調子で20分くらいすごむ。助手席に座る女性がたしなめると、『覚えていろよ』と怒鳴り、ホイルスピンをかまして帰っていきました」
◆ホテルでは防犯対策を強化することに
その後、この男が店に来ることはなかったというが、工藤さんによると、反社会的勢力の一員と思える者は「金を払え!」とはめったに言わず、威圧的な態度で「誠意」といった言葉を盛んに口にするようだ。
この一件以前から、ホテル水色の詩は警察の助言もあり、防犯対策の一環としてホテルの出入り口や駐車場に数十台の防犯カメラを設置している。社員などのスタッフは、バックオフィスでその映像や車のナンバー(車番)を常時記録している。
時折、警察が来て「近くで強盗事件があり、ナンバーがわかっているから、車番の記録を見せてほしい」と言い、念入りに確認することもあるという。
◆病と偽り、救急車を呼び、お金を払わずに逃げようとするお客
工藤さんが、「ものすごくびっくりした事件」と話すのは数年前の出来事だ。20代後半の男性がホテルに女性と来た。2人は帰り際、「支払うお金がない」と言う。
工藤さんは話し合いをしたが、なおも「お金がないから、払うことができない」と話す。止むを得ず、警察を呼んだ。
すると、女性が「(男性の)体の具合が急に悪くなったから、救急車を呼んでほしい」と言う。工藤さんは、救急車を呼ぶために119番に電話をした。その際、男性の年齢や状況などを119番に伝えたところ、救急車の後をパトカー2台、覆面パトカーが3台ついてきた。
救急隊が男性をタンカで運ぶ時に刑事たちが、「お前、〇〇だろう!ここで何をしているんだ!」と声を出す。男性は目をつぶり、苦しそうにしていたのに飛び起きる。刑事との話し合いのうえ、刑事が救急車に同乗し、男性とともに病院に向かった。
◆刑務所から出てすぐ犯罪行為に手を染めてしまった男性客
「後日、刑事から聞かされた限りでは、男は病気のふりをして救急車に乗り、うちにお金を払わずに逃げようとしたようです。数日前に刑務所から出たきたばかりで、お金がなかったみたい。
数日間で何かをしてしまったようで、警察が追っていたとのことでした。男性や警察がいなくなった後、残った女性も『お金は払えない』と言います。
女性の了解のうえ、ご自宅に電話をすると女性の母親がここに来て払ってくれました。刑務所に入る前から、この男女は交際をしていたのかもしれませんね」
◆ろうそくが床いっぱいに広がった部屋
スタッフ全員で最も力を入れる1つが、清掃だ。お客さんが帰った後、1部屋につき、4人のスタッフがトイレ、お風呂、ベッドなどと担当場所を決めて、各場所につき15分前後で終える。
最も困るのは、ろうそくが床いっぱいに広がっている時。隅々まではがすのはその日だけでは無理で、翌日になるという。
「2日間、部屋が使用できないので、少なくとも数万円の損害になります」
工藤さんが「意味がわからない」と語るのは部屋の壁に傷やひびが入っていたり、壁掛けのエアコンにぶらさがったために落ちかけている時。
「お酒を飲んで酔っ払い、暴れたのかもしれませんね。私たちは警察に被害届を出したり、損害保険会社に連絡を入れ、申請したりと何かと時間がかかります。
不思議と、こういうお客さんはタクシーで来るケースが多い。自分の車だと、車番がわかり、警察が来たり、保険会社から請求されることを避けるためにタクシーにしているのかもしれません」
◆ラブホテルの利用客にも変化が
迷惑客に苦しんできた工藤さんだが、最近は“客層の変化”を感じているそうだ。
「女性の2人組での利用が増えてきました。車のナンバーは他県が多く、キャリーバックを引っ張り、部屋に入っていきます。おそらく、旅行で函館を訪れた方でしょうね。
市内のホテルと比べて値段は安いし、大きな駐車場があり、室内は広く、きれい。65インチテレビがあり、VODは観放題。ビデオも観られるし、カラオケも歌い放題。大きなお風呂やトイレは最新式で、きれい。露天風呂もある。
食べもの、飲みもののメニューは100種類を超えている。新鮮な海鮮料理や活料理も自前で作れます。こんなところを気に入り、泊まってくださるのかな、と思っています。
女性同士でいらっしゃる方々はたくさん食べて飲んで、歌ってくださる傾向があり、清掃は通常の男女カップルの3倍くらいの時間がかかるのは大変ですが…楽しんでくれたのなら、それで私たちは十分ありがたいです」
飲食の充実や室内設備の強化に取り組んだ結果、リピーター率は7割まで増加した。困ったトラブルを持ち込む客の数も減り始めている。
「ここ数年はYouTubeチャンネル『ホテル水色の詩』をご覧になって、函館の旅行で来たり、ビジネスで出張してきた方が泊まるケースも増えています。ご来店をお待ちしています」
※ラブホテルは、風営法で18歳未満の入室は禁止されている。
<取材・文/吉田典史>
【吉田典史】
ジャーナリスト。1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006年より、フリー。主に企業などの人事や労務、労働問題を中心に取材、執筆。著書に『悶える職場』(光文社)、『封印された震災死』(世界文化社)、『震災死』『あの日、負け組社員になった…』(ダイヤモンド社)など多数