クルーズ船集団感染を事実に基づいて映画化『フロントライン』プロデューサー&監督に制作意図を聞く

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2025年03月06日 08:41  ORICON NEWS

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映画『フロントライン』(6月13日公開)(C)2025「フロントライン」製作委員会
 2020年2月、横浜港に到着したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」。3711人の乗客乗員の間で治療法不明の未知のウイルスの感染が急速に拡大し、船内は未曽有の事態に陥った。コロナ禍の幕開けともなったこの出来事は、当時、連日報道され、世界中がその動向を見守った。しかし、乗客乗員全員が下船を終えた2020年3月1日までの間、船内で何が起きていたのかを知る人は少ない。

【動画】映画『フロントライン』予告編

 あれから5年――。映画『フロントライン』(6月13日公開)は、当事者への綿密な取材をもとに脚本を作り上げた、日本初の新型コロナウイルス感染症を題材とした実話を基にした映画だ。企画・脚本・プロデュースを務めた増本淳プロデューサーと、関根光才監督に制作意図を聞いた。

■ダイヤモンド・プリンセスに乗船した医師との出会いから始まった映画制作

――今回の映画は、実際にクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に乗船した医師との会話が企画の発端になったと伺いました。映画制作として具体的に動き出したのは、どのタイミングだったのでしょうか?

【増本】映画制作の開始時期をどこに定めるかは難しいのですが、2020年3月、世の中が「マスクを買っておかなきゃ」と言い始めた頃ですね。その時、私は東日本大震災による福島第一原発事故を題材にしたNetflixシリーズ『THE DAYS』(23年)の撮影を始めたばかりでした。「1、2ヶ月もすれば収束するのでは」と考えていました。

 しかし、4月に1回目の緊急事態宣言が発令され、撮影を一時中断することになりました。出演者に何かあったら大変ですし、当然の判断でした。そして、どうすれば再開できるかを模索し始めました。「新型コロナについて最も詳しいのは誰か?」と、公衆衛生の専門家をたどっていく中で、ダイヤモンド・プリンセスに乗船した医師と話す機会がありました。最初は、撮影を再開する際の感染対策について相談することが主な目的でした。「食事はなるべく少人数で、前を向いて会話をせずに食べてください」などのアドバイスを受けました。

 その際、ふと「ダイヤモンド・プリンセスの実際の状況はどうだったのですか?」と尋ねたんです。当時、テレビの情報番組では朝から晩まで報道されていたので、私自身もある程度は理解しているつもりでした。しかし、その医師が語ってくれた船内の実態は、世の中に知られていないことばかりでした。話を聞くうちに「これはもっと知る必要がある」と強く感じました。当事者や関係者への取材を進めていくなかで、彼らの奮闘がいかに私たちの知らないところで続いていたのかを知り、「この出来事は映画として描く価値があるかもしれない」と思い始めました。

――コロナ禍を題材にすることへの迷いはありましたか?

【増本】もちろん、その点については多くの議論がありました。多くの人が亡くなり、思い出すのがつらいという方もいるでしょう。一方で、「あんなに大変だったのに、すでに忘れかけている」と感じる人もいる。そういった状況下で、私たちが抱いたのは、これを見ることがつらいと感じる人への配慮をしつつも、忘れてしまう人が増えていくことへの危機感です。あのとき何が正しく、何が間違っていたのか。そして、友だちと会っておしゃべりしたり遊んだり、一緒にごはんが食べられる日常のありがたさなど、コロナ禍ならではの気づきもありました。でもそういったことは、時間とともに薄れていってしまう。この出来事を風化させないためにも、なるべく早く公開すべきではないか、と決断しました。

【関根】私もどちらかというと「忘れてしまうこと」のほうが危険ではないかと考えていました。増本さんのオファーを受け、脚本を読んだのは2023年の春頃でした。その時点で、多くの人がすでに日常を取り戻し、まるで何事もなかったかのような生活を送っていました。しかし、コロナ禍では世界中で差別などの問題も深刻化しました。それらの出来事から学ぶべきことは多くあるはずなのに、社会全体が「過去のこと」として忘れようとしている流れに、私は違和感を覚えていました。コロナ禍の出来事について「振り返るきっかけ」や、「社会全体で議論する場」を作ることは、映画が果たすべき大切な役割のひとつではないかと思っています。

■ダイヤモンド・プリンセスはその後の世界で起こる出来事の縮図だった

――ダイヤモンド・プリンセスの出来事に焦点を絞って映画化した狙いは?

【増本】コロナ禍は全世界の人々が経験した出来事であり、決してダイヤモンド・プリンセスの中で闘った人々だけが頑張ったわけではありません。しかし、映画やドラマでは、限られた時間やせりふの中で物語を描く必要があります。

 コロナ禍という世界的な出来事を記録として残したいと考えたとき、ダイヤモンド・プリンセスの出来事は、非常に限定された空間の中でさまざまな問題が凝縮して起こったケースでした。世界全体の出来事を広く描こうとすると、テーマが散漫になって、情報が多すぎてかえって肝心なことが伝わらないという可能性があります。その点、この船の中で起こったことは、いわば“コロナ禍の縮図”としての役割を持っており、その後世界各国で起きる問題を先行して示していました。

 『世界がもし100人の村だったら』という本がありますが、ダイヤモンド・プリンセスはまさにそのような状況に近かったのではないかと思います。「特別なヒーローの物語」ではなく、「自分も経験したな」と、観た人が自身の体験と重ね合わせられるような作品にできるのではないかと考えました。

 そもそも私たちがすべてを伝えられるとも思っていません。この映画で描いているのは、あくまでも氷山の一角に過ぎないんです。この映画が「もっと知りたい」と思うきっかけになれば、それだけで大きな意味があると思います。

【関根】私はこの作品を通じて、日本社会の縮図のようなものも強く感じました。日本の政治体制やその運用のされ方が、一般市民の生活や医療現場にどのように影響を与えたのか。そして、政治と医療の狭間で動かなければならなかった人々がどのような役割を担い、どんな困難に直面していたのか。さらには、実際に被害を受けた人々がどのような状況に置かれていたのか。この映画は、そうした要素をひとつの物語に凝縮し、観る人に問いかける作品になっていると感じました。そこに強い興味を持ち、ぜひこの作品に関わりたいと思いました。

――増本さんは、ドラマ『白い巨塔』(2003-04年)、『救命病棟24時』(05年)、『Dr.コトー診療所2006』(06年)、『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』(08年/10年/17年)、映画『劇場版 コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』(18年)と、医療ドラマを多数手がけてきましたが、本作のような実話を基にした作品の制作にあたってのドキュメンタリーとエンターテイメントのバランスについて、どのように考えましたか?

【増本】ドキュメンタリーとして作るべきか、それともエンターテインメントとして描くべきか。その接点を探る際に、常に意識しているのは、必要以上に登場人物をヒーローとして誇張しないこと、また、誰かを過度に悪者として描かないことです。

 例えば、フィクションとしてのエンターテイメント作品では、主人公を際立たせるために立ちはだかる悪者を打ち負かしたり、予想外のアイデアで問題を解決したりする展開を描くことがあります。それは、視聴者がスカッとしたり、物語に没入できたりする大事な要素です。テレビドラマでは特に重要な手法だと思っています。

 しかし、今回の作品では、実際にこの出来事に関わった人々へのリスペクトを最優先に考えました。関わった人たちはどの方も例外なく、命の危険をかえりみず自分以外の誰かのために船に乗り込んでいったのですから。事実に基づいていても、脚色が必要な場面もありますが、逸脱しすぎないように細心の注意を払いました。脚本を書く際も、その点は特に気をつけました。

【関根】大きなテーマを扱う映画だからこそ、不安を感じることもありましたが、「誰かを一方的に悪者にしない」「事実を誇張せずに描く」という共通の意識を持ちながら進めていきましたので、納得のいく作品に仕上がったと思います。

■「ヒーロー映画ではない」――事実に基づく物語を描く上でのこだわり

――主演の小栗旬さんが未知のウイルスに立ち向かうDMATの指揮官・結城英晴役。松坂桃李さんが結城と対策本部でぶつかり合うこととなる厚生労働省から派遣された役人・立松信貴役。池松壮亮さんが地元である岐阜に家族を残し、横浜に駆けつけたDMAT隊員・真田春人役。窪塚洋介さんが結城とは“戦友”とも呼べる過去を持つDMAT・局次長・仙道行義を演じています。彼らの設定についても、通常の物語構成とは異なる選択をされたそうですね。

【増本】そうですね。一般的な構成であれば、窪塚さんが演じた仙道のような「船に乗り込み、人々を救う」役回りの人物を主人公にするのが自然でしょう。しかし、新型コロナという未曾有の事態に直面したとき、医療従事者が最も苦しんだのは、「助けたくても助けられない」という現実だったと思うんです。言語の壁があり、治療薬もなく、対策も明確ではない状況の中で、彼らにできることは限られていました。重症患者を高度な医療施設へ送ることしかできない――そのもどかしさや無力感を抱えながらも、ひたすら職務を全うし続けた。それが、彼らの実状だったのではないかと考えました。

 だからこそ、「乗り込んで解決する物語」ではなく、「何が正解かわからない中で、それでも懸命に前に進み続ける人々の物語」にしたいと思いました。その視点を持つ人物として、物語全体を俯瞰できるDMATの指揮官・結城英晴を主人公にするのが最適だと判断しました。小栗旬さんに結城役をオファーした時、脚本を読み始めた段階では「なぜ仙道ではなく結城役なのか」と思ったそうですが、すべて読み終わったときには「確かに、この視点が必要だ」と言ってくださいました。

【関根】増本さんが書かれた脚本を読んで、まず驚いたのは、DMATの活動について具体的に知らないことが多かったという点です。DMATの人々が、どのような状況下でどのように命をかけて奮闘していたのかを知ることができ、強い衝撃を受けました。この映画が世に出ることで、多くの人がDMATの存在に注目することになるのではないかと感じました。それ以上に重要なのは、日本のような国でパンデミックのような想定外の事態が発生したとき、何の対策もない中で対応を迫られた人々がいたということです。そうした人々は、普段なかなかスポットライトを浴びることがありません。しかし、この作品を通じて、彼らがどのような状況に置かれ、どのように対応し、現在に至っているのかを感じ取れることは、とても意義のあることだと思っています。

【増本】松坂さんが演じた立松は、厚生労働省のお二方がモデルになっています。一人は、想像以上に柔軟で型破りな人物でした。取材中も、「それ、話してしまって大丈夫なんですか?」と思わず聞いてしまうほど、タブーを気にせず率直に話すタイプ。一般的な官僚のイメージとは大きく異なり、むしろ創作したキャラクターのようにさえ思えるほどでした。もう一人は厚生労働省の仕事は、人命に直結する仕事ではないが、極めて高い倫理観と責任感が求められるという信念を持っている方でした。取材を通して感じたのは、我々が勝手に抱いている官僚像とはまるで違うということ。実際は、細かい規則よりも人命を最優先に考える非常に現場志向で行動力のある人々でした。そのまま脚本に落とし込むと、むしろ誇張しすぎだと疑われるレベルでした。彼らの姿勢には驚かされると同時に、こうした頼もしい官僚たちが現場で奮闘していたことを、もっと知ってもらいたいとも感じました。

【関根】以前、衆院選の際に若者に投票を呼びかける動画を制作した際、小栗さんと交わした会話がとても印象に残っています。批判ばかりが先行する社会では、政治家や官僚に対するネガティブなイメージが強くなるばかりで、彼らを応援する存在がいない。国のために働いている人たちにもう少しスポットライトを当てないと、政治家になりたい、国の機関で働きたいと思う人が減ってしまうのではないか――そんな危機感を抱いていたんです。そんなさまざまな立場の人々の視点を大切にできる小栗さんが主人公として作品を引っ張ってくれたからこそ、この作品に関わる人みんなが力を発揮できたのではないかと思います。まるで小栗旬という巨大な船に乗るような安心感がありました。

【増本】小栗さんが完成した映画を観た後に「全員が主人公だね」と言ってくれたのですが、とてもうれしく思ったことを憶えています。特定の誰かにスポットライトを当てるというよりも、命がけで職務に向き合わなければならなかった人々、一人ひとりに光を当てることを意識して作品を作りました。

――この作品は、日本国内だけでなく、海外の方々にもぜひ見てもらいたいですね。

【増本】ダイヤモンド・プリンセスの出来事は、当初、世界中から厳しい批判を受けました。しかし、時間が経つにつれ、その対応が高く評価されるようになったんです。実際、当時は多くの国が感染拡大を恐れ、クルーズ船の入港を拒否していました。そんな中、日本は未知のウイルスが広がる船を受け入れ、試行錯誤しながらも対応に尽力しました。「日本が世界に誇るべき出来事」と言うと大げさに聞こえるかもしれませんが、少なくとも一つのモデルケースとして、事実を伝える価値は十分にあると思っています。ただ、いきなり「これは素晴らしい出来事だった」と主張しても、なかなか興味を持ってもらえません。この映画が、その事実に関心を持つきっかけになれば、それだけで作った意味があると感じます。

【関根】ダイヤモンド・プリンセス号の出来事は、世界中で大きく報道されました。だからこそ、「あの事件を覚えている」という人が各国にいるんですよね。その意味でも、関心を持ってもらえる余地は十分にあると感じています。

このニュースに関するつぶやき

  • これがハリウッドや韓国映画なら途中から患者がゾンビ化していく展開なんだろうが、後援が厚労省とかだったら誤ったほうへ観客の意識を誘導する映画になるだろう。
    • イイネ!2
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