写真ディズニー最新作『白雪姫』が3月20日に公開されるや否や酷評が続出していることはすでにご存知かもしれません。ですが、一方でディズニーの新時代に向けた挑戦にも目を向けてみてはいかがでしょうか?
◆旧アニメ版とあまりにも違う設定に賛否
オリジナル版『白雪姫』(以下「原作」と呼ぶ)は1937年に公開された作品で、言わずと知れたディズニー初の長編映画第1作。世界初の長編アニメーション作品でもあり、グリム童話の同名作品を映画化した名作です。
これまでにも『白雪姫』の実写化作品は多数ありましたが、今回公開された本作はディズニー製作による実写化であり、世界的にも期待値は非常に高いものでした。しかし、公開されるとさまざまな点で疑問の声や批判が集まることに。
まず、主人公の白雪姫役には女優レイチェル・ゼグラーが起用されました。ポーランド系の父とコロンビア系の母を持つレイチェルは白人のような白い肌ではありません。
そしてよく知られていた「雪のように白い肌を持つ」という”白雪姫“の名前の由来が変わり、実写映画では「雪の日に生まれ、吹雪の中を生き抜いた」というレイチェルの肌の色をこじつけるような半ば強引な設定に。
映画公開前からキャストが発表された時点で「多様性を意識したいのはわかるけど、ラテン系に変える必要はあるのか?」という議論が巻き起こっていました。
◆ラブストーリーではないことを残念がる声も
また作品全体を通してみると本作はラブストーリーとは決して言えず、ガル・ガドット演じる邪悪な女王と白雪姫の対決に比重が置かれています。
この点についても原作の大きな特徴でもあった白雪姫と王子様の恋愛模様や心ときめくような展開を期待していた人は落胆したのでしょう。「自立した強い女性を描くのは別の作品でやってほしい」、「『白雪姫』の世界観は崩してほしくなかった」という残念がる声が。
さらに本作には原作アニメにもなかった配役として山賊たちが登場します。彼らは原作で7人の小人たちが担っていたような白雪姫を助けたり友情が芽生えたりといった役割もこなしており、「あえて山賊を出す必要があるのか」、「小人の出番が減っているだけ」とこれまた疑問の声があがっていました。
◆王子様でなく山賊が登場に賛否
そして本作最大の原作との相違点は“王子様が登場しない”という点です。
代わりに王子様的なポジションで登場するのは先述した山賊グループのリーダーであるジョナサン。白雪姫との最初の出会いも、じゃがいもを盗んでいるジョナサンを白雪姫が注意するという、小学校の学級委員長女子と悪ガキ男子のようなやり取りが行われるのです。
<※以下からは、実写版『白雪姫』本編の一部内容に触れています>
その後の展開として、白雪姫とジョナサンは一目惚れによる恋愛関係ではなく、お互いの内面の魅力に惹かれて同志のような友愛を育んでいきます。毒リンゴを食べて息を引き取った白雪姫にキスをして目覚めさせる役割は一応ジョナサンが担いましたが、そこから2人が結ばれていくようなワクワク感はあまりありません。
助けを待ち続けていた白雪姫を王子様が救ってくれる受け身の姫ではなく、1人で未来への道を切り開く中でたまたま出会った、その辺の男と関わり合いながら自分の力で女王を倒す主体的な姫が本作の白雪姫なのです。
こうしたジョナサンの立ち位置には「キスで目覚めるという外せないストーリーを無理矢理入れ込んだように感じた」、「王子様ではなく山賊とキスってどうなの」と王道の王子様と白雪姫のロマンティックなキスを期待していた人はガッカリしたと思われます。
王子様に救い出されるのではなく自分で道を開くどころか、そもそも王子様自体が存在しないという斬新(ざんしん)な設定には賛否が巻き起こっているようです。
◆現代の男の子に向けたメッセージ
しかし、この王子様の不在にこそ、新しい時代の子どもたちに対して責任を負っていくというディズニーの信念があるようにも感じられます。筆者は、本作のディズニープリンセスと王子様の関係を通して、“ディズニー作品における王子様”という存在を再定義するチャレンジにも見えました。
昨今のディズニーは本作に限らず、多様性や強い女性像を打ち出すべく、実写化では原作とは違う人種の俳優を起用したり新たなストーリー展開に脚色したりすることが増えてきました。
プリンセスがただ王子様の助けを待つのではなく、ありのままの自分を肯定し、自分自身を信じて、自らの力で戦ったり未来を切り拓いたりするという現代の女の子をエンパワーメントする内容は時代のリアル感ともマッチして世界中に受け入れられてきました。
その一方で王子様のコンセプトだけは注目の外で宙ぶらりんになっていたようにも思えます。
本作は好きに生きる山賊のリーダーが白雪姫の考え方や強さに惹かれてお互いに助け合うというストーリー展開。
「自立した強く優しい女の子と対等に高め合う」、「非エリートの何者でもない男でも内面の魅力でプリンセスと親しい仲になる」というのは現代の男の子に向けた大きなメッセージにもなっているように感じられました。
そこには「男の子はみんな強くなくてはならず、か弱い女の子を救わなければいけない」、「王子様として生まれた男だけがヒーローとして登場する」という、かつてのディズニーが描いていたコンセプトはありません。
◆ディズニーの王子様に憧れる男の子は少ないのでは?
本作の王子様不在というコンセプトは、“ディズニープリンセスに憧れる女の子はたくさんいる中で、王子様に憧れる男の子が世界中にどれだけいるのか?”という純粋な疑問にも向き合っているのではないでしょうか。
男の子は王子様になることよりも、「強くなければ…」といった男性としての生きづらさや、社会での男性の役割分担から解放されることを願っているかもしれない。
ディズニープリンセスという揺るぎない概念を紡ぎながらも、新しいプリンセス像と王子様像を描き、男女限らずこれからを生きるすべての子どもたちをエンパワーメントすることこそが本当の男女平等なのでしょう。
◆美しいのは顔ではなく心。ディズニーが貫く“ルッキズムへのNO”
また原作アニメでは井戸から水をくんでいた姫を見かけるシーンで、王子様は白雪姫の美しさで一目惚れをしました。しかし本作ではジョナサンが白雪姫に惹かれたのは美しい容姿ではなく、性格や内面です。
往年の名作を改変していることに批判の声も多くあがっていますが、そんな批判は想定通りだったはず。しかしそれでもディズニーはポリコレに配慮し、多様性を意識し、ルッキズムに徹底してNOを突き付ける。
原作を改変してでもやはりディズニーはこれらを「やり続けなければいけない」という信念を見せているのは、作品を通して時代を映し、世界中に大きな影響を与える立場としての責任を果たしているのでしょう。
多くの批判にさらされている実写版『白雪姫』。しかし原作アニメとの違いへの違和感以外の部分を注視してみると、ネガティブな意見で終わらせるのはもったいない、然(しか)るべき注目点があると感じられるはずです。
<文/エタノール純子>
【エタノール純子】
編集プロダクション勤務を経てフリーライターに。エンタメ、女性にまつわる問題、育児などをテーマに、 各Webサイトで執筆中