
「(のぶとは)本当にじれったいくらいすれ違っていて。もう僕はずっと戦争に行っていて、寂しいんですよ。“今、のぶがどういうことを考えて、何してんだろうな?”と、嵩のように考える日々です」
と話すのは、放送中の朝ドラ『あんぱん』で柳井嵩を演じている北村匠海(27)。
「飢えを経験する必要があると思いました」
真珠湾攻撃を経て、戦争は激化。“愛国の鑑(かがみ)”のぶ(今田美桜)に思いを伝えられないまま、赤紙を受け取った嵩(北村匠海)は小倉連隊の所属に。八木信之介(妻夫木聡)からの気遣い、懐かしい辛島健太郎(高橋文哉)との再会……。
叱咤(しった)され、時に殴られながら、まるっきり性に合わない軍人生活を送る。
「戦争っていうものは悪だなと、本当に思いましたね。それは、演じている僕ら全員の中に漂っていて。そして、この先の柳井嵩を作り上げるいろんな要素が詰まってる(戦争)パートなので、極力リアリティーを持って向き合いたいと思いました」
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『あんぱん』の現場自体はもちろん明るく、温かいものだと前置きしたうえで、
「戦争中のシーンはすべてが大変ですね。少しでも腑(ふ)ぬけた瞬間があると指導される世界だし、そんな時代背景なので。軍事訓練はたくさんしました」
ブーツ上に巻くゲートルなど、軍服まわりの支度は自分自身で。“〜であります!”という話し方。何を言われようとも定められた目線。胸の張り方、角度や重心まで決まった動作……。
「感情も個性も殺して、本当に箇条書きのような毎日。嵩は息苦しい中で、それでも殴られるのが嫌だからやっている。そして、敵や仲間の死などに直面し、成長ではなくて、達観していく。
でも、僕はこの時代だからこそしっかり描かなければならないと思うし、その機会をいただいたので、身を粉にしてやっております」
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父・清(二宮和也)が亡くなった中国。その奥地にいる嵩の連隊の食料は次第になくなっていき、乾パンに。さらにその数も減っていき、最終的にはタンポポの根をかじるまでに。
「やっぱり、飢えを経験する必要があると思いました。そういう中でやらないと、説得力は生まれてこないと思って」
東京高等芸術学校時代は、嵩にとって幸せな時間。体重を増やし、充実感を表現したというが、そこから一転。
「走って、風呂に入って汗をかいて、乾パン1個のシーンに挑む……みたいなのを連日やっていました。僕は役のアプローチとして絶食するなど、体重の増減に慣れてはいるんですけど」
最終的には水まで抜いたと振り返る。
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「ただ、撮影は順撮りではないので、飢餓状態のシーンの後に、まだ元気なときの撮影をしたりするんですね。そういうときは瞬間的に炭水化物をとり、目に活力を宿していました。けっこう無理やりですけど(笑)」
戦前、戦時下、そして戦後……激変をたどった日本人の価値観。嵩の人生観も、壮絶な戦争経験によって変わっていく。
しかし、どんな世の中であろうとも、飢えた人に自分の食べ物を差し出す尊さは変わらない。そんな“逆転しない正義”が、アンパンマンの誕生につながっていく。
「今後、正義というものを、嵩がのぶに対して言語化して伝えるシーンがあるんですけど、そこに至る達観を戦争中に経験しなければならない。そんな思いでやっています」
今年は戦後80年の節目。やなせたかしさんをモデルとする嵩役との出会いを“運命的”と語っていた北村の、並々ならぬ覚悟が感じられる──。
アンパンマンは難しい……
「もちろん、アンパンマンを描く練習はしていますよ。アンパンマンって、きっと誰しも描いたことがあると思うんですけど、いざ上手に描こうとすると全然描けず“えー!?”ってなってます(笑)。
まず、丸を描くのって相当難しいんですよ。そこに迷いがあってはいけないし。それこそ高知ロケのときも、ホテルの部屋のメモ帳に、たくさんアンパンマンを描いていました。
やなせさんは当たり前ですけど何千とアンパンマンを描かれてきて、そのサインもよどみがないんです。やっぱり、そこまでいきたいなと思ってはいるんですけどね(笑)」
取材・文/池谷百合子