欧州家電市場から脱落する日本メーカー──主役は韓国・中国製に

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2025年11月08日 18:01  ITmedia ビジネスオンライン

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「IFA2025」が開かれた独メッセ・ベルリンの南玄関

 ドイツのベルリンで9月初め、欧州最大の家電・IT見本市「IFA」が開催された。コロナ禍以降、日本メーカーの出展が激減し、今回まともなブースを設けていたのはパナソニックとシャープだけだった。代わって見本市の主役を務めていたのが韓国や中国、トルコなどの家電メーカーで、テレビの映像表示技術や生成AI関連の製品やサービスに関心が集まった。


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 現地を取材したIT分野の調査・コンサルティング会社、MM総研の関口和一代表取締役所長がレポートする。


●現地の状況から見えた日本メーカーの「落日」


 「2024年はQLEDテレビを発表し、今年はMini(ミニ)LEDを発売した。これからはMicro(マイクロ)LEDに力を注ぐ」。コロナ禍でIFAへの出展をしばらく取りやめていたシャープは2025年、映像配信サービスの英skyや米TiVo(ティーボ)、それにヤマハとの共同で記者会見を実施。久しぶりにシャープの映像技術戦略をアピールした。


 説明に立った同社ドイツ法人のサーシャ・ランゲ販売担当副社長は液晶テレビのMiniLEDやOLED(有機EL)とも異なる新しい映像表示技術「MicroLED」を採用した136インチの大型テレビを発表し、「映像技術のシャープ」を改めて記者団に訴えた。


●「並外れたテレビ」が新たなキャッチフレーズに


 映像配信技術についてもTiVoと共同で視聴者が自由に映像コンテンツを選べる新しいスマートテレビ用の基本ソフト(OS)を開発したことを発表した。米NetflixやDisneyといった動画配信プラットフォームにとらわれることなく、視聴者が見たい番組や映画などをさまざまな映像チャンネルから自由に検索し、簡単に表示できるシステムを紹介した。新しいOSは「Extraordinary TV(並外れたテレビ)」をキャッチフレーズに世界40カ国25放送チャンネル、50映像配信サービスに対応し、16カ国語で使えることから、すでに月間400万人の利用者を獲得したという。


 シャープは本業の家電以外にも新たな事業領域として3年前にe-bike(電動自転車)に参入したが、今年は新たに27モデルを投入すると表明。ブースにはさまざまなデザインの電動自転車を数多く展示した。さらにヘルス&ウェルネス事業にも参入するとして、小型のマッサージガンや電子血圧計、ベビーモニターなどの新製品サンプルを紹介。本業の映像技術の延長線としてはVR(仮想現実)グラスのプロトタイプなども展示した。


●液晶テレビでも有機ELでもない映像表示技術を投入


 シャープがMicroLEDの映像技術に参入するのは欧州のテレビ市場で画面の大型化と高画質志向が進んでいることが背景にある。画質では韓国のLG電子が強みを持つ自発光型のOLEDが人気を呼んでいる。


 そこで対抗軸として注目されるのが、液晶パネルとバックライトの間に「量子ドット(QD)」と呼ばれる半導体粒子のシートをはさむことでバックライトの青い光を吸収し、RGB(赤・緑・青)の色表現を鮮やかにするQLEDの技術と、バックライトのLED(発光ダイオード)の密度を高め個別に調光することで明暗をはっきりさせたMiniLEDの技術だ。


 いずれも大型化に適した技術だが、シャープが新たに投入するMicroLEDはそのいずれでもなく、OLEDと同様、LEDの各画素にRGBを個別に発光させる自発光型ディスプレーで、完璧な黒や高いコントラストを表現できる。


 実はこうしたテレビの映像技術の開発競争は2010年代から展開されており、その主導権争いを展開しているのが韓国と中国の家電メーカーだ。OLEDで先行したLGに対しQLEDで戦いを挑んだのがサムスンで、次いでMiniLEDを商品化したのが中国のTCL科技集団だ。TCLはさらにQLEDとMiniLEDの両方の技術を融合した「QD-MiniLED」という表示技術を開発し、中国の海爾集団(ハイアール)もその技術に力を入れている。


 一方、サムスンはバックライトのLEDチップの密度をさらに微細化することで色の純度を高めた「MicroRGB」という技術を投入。中国の海信集団(ハイセンス)はサムスンと似た技術を「RGB-MiniLED」という名前で展開しており、今回のIFAでは「U7S Pro」という116インチの大型テレビを発表した。


 シャープが投入するMicroLEDは微細なLEDチップを並べる点はサムスンのMicroRGBと似ているが、液晶パネルを使わずLED自体が発光するという点では自発光型のOLEDに近い。有機材料を使うOLEDは経年劣化による焼き付きがあるのに対し、MicroLEDにはそうした問題がなく、OLEDよりも高い輝度を持つ。唯一の難点は製造コストが高いことで、サムスンやLG、ソニーなども商品化はしたものの、今後の映像技術の主役となれるかはまだ分からない。


 ただ、かつてシャープが世界の液晶テレビを牽(けん)引し、パナソニックがプラズマディスプレーを主導した時代を振り返ると、そうした世界の映像技術競争から脱落してしまった日本メーカーが、再び技術開発の最前線に立ったことはおおいに評価できよう。


●スマートテレビ向けのOS開発競争も激化


 欧州のテレビ市場では放送や映像配信サービスなどさまざまな映像チャンネルから見たい番組や映画などを選び出すスマートテレビ向けの基本ソフト(OS)の開発競争も激化している。スマートテレビを最初に開発したのはインターネットにテレビをつなぐWidget(ウィジェット=簡易アプリ)を2007年に発表したサムスンだが、ソニーも2015年に米Googleと組んで「Google TV」というスマートテレビを投入した。


 その後、LGは「webOS」と名付けた独自テレビOSを開発し、サムスンは簡易アプリを発展させた「Tizen(タイゼン)」というテレビOSを採用している。中国勢ではGoogle TVを採用する家電メーカーが多いが、ハイセンスは2019年に「VIDAA(ヴィダ)」という独自OSを開発し、高速な動作感と簡単なユーザーインターフェース(UI)で人気を呼んでいる。


 日本メーカーはこれまで各社が独自システムを採用してきたが、Google TVや米アマゾン・ドット・コムの映像配信サービス「fire(ファイア)TV」が登場したことで、パナソニックは米モジラ財団の「Firefox OS」をベースにした「My Home Screen」というOSを開発し、独自OS路線を敷いた。


 シャープはGoogle TVや米映像配信技術会社、Rokuが開発した「Roku TV」やTiVoのOSなどを用途に応じて使い分けてきたが、今回の発表ではTiVoとシャープがOSを共同開発することで「より視聴者の立場に立った視聴体験ができるようにした」とシャープ・ポーランド法人の金森恒明AV担当副社長は説明する。


●メーカー側とプラットフォーム側がそれぞれOSを提供


 スマートテレビOSは「Tizen」「webOS」「VIDAA」といったメーカー側が開発したOSと、「fire TV」「TiVo」「Roku TV」など配信プラットフォーム側が開発したOSの2つに大別される。メーカーOSはハードウェアとの相性はいいが、視聴者がメニューや検索手順などを自由にカスタマイズできるという点ではプラットフォームOSの方に軍配が上がる。


 ほかにも欧州には「whale(ホエール)TV」や「TiTan(タイタン)」といったメーカーにもプラットフォームにも縛られない独自OSが存在するが、シャープが今回狙ったのはメーカーとプラットフォームの両方の技術のいいとこどりをしようというOSだ。


 欧州ではかつてはソニーやパナソニック、シャープ、東芝といった日本の家電メーカーがテレビ市場を席捲していたが、その後、韓国や中国、それにVESTEL(ベステル)といったトルコメーカーに圧され、もはやその存在感は全くなくなった。


 IFA開催期間中もベルリン市内の家電量販店を回ってみたが、ソニー製品が箱のままいくつかあっただけで、店頭に飾られていたのはサムスンやLG、TCL、ハイセンスといった韓国や中国のブランドだった。台数が出なければ独自OSを維持することは難しく、日本メーカーがスマートテレビのOS開発競争から脱落してしまったのもうなずける。独自OS路線を敷いたパナソニックも2024年ごろからはfire TVを採用するようになっている。


●家電分野への生成AI技術の活用が大きな焦点に


 今回のIFAでもうひとつ注目されたのが家電製品への生成AI技術の活用だ。AIによる家電操作は米オープンAIの「ChatGPT」が登場する前から業界では大きな課題となっており、その先鞭をつけたのが韓国のサムスンとLGだ。アマゾンが2014年に音声アシスタントの「Alexa(アレクサ)」を発表したことがきっかけとなっている。


 サムスンは内蔵カメラで庫内を自動で確認したり料理のレシピを提案したりできる「ファミリーハブ」という冷蔵庫を2016年に発売、翌2017年には音声アシスタントの「Bixby(ビクスビー)」を発表した。LGも同じ2017年に「ThinQ(シンキュー)」という同社のAIブランドを立ち上げ、エアコンや洗濯機、冷蔵庫などをAIにより音声などで制御できるようにした。


 日本ではパナソニックが2012年に「AIエコナビ」という冷蔵庫内のセンサー機能を投入したり、「ユビキタス」の名称でスマート家電のコンセプトを発表したりした。言い換えれば、AIの導入に一番早かったのは日本のメーカーだが、その後に普及したインターネットへの対応が遅れたことなどから、主導権をとることができなかった。結局はGoogleやアマゾンなど米国のネット企業がスマート家電ブームに火をつけ、それに韓国メーカーが乗る形でスマート化が進み、先行していたはずの日本メーカーは逆に後塵を拝す結果となった。


●家電相互接続は米IT企業や韓国・欧州の家電メーカーが主導


 そうしたスマート家電の流れは、IFAなどの国際見本市の展示にも表れている。韓国メーカーは米国のIT企業などが推進する家電製品の国際的な相互接続規格「Matter(マター)」を担ぐ一方、欧州やトルコの家電メーカーと一緒に家電業界を中心とした「ホーム・コネクティビティ・アライアンス(HCA)」という業界団体を起ち上げ、メーカー間の壁を超えた家電製品のネットワーク化を進めようとしている。日本の家電メーカーはマターには参画しているものの、HCAにはどの企業もまだメンバーとして名を連ねていない。


 今後は生成AIと共に登場したAIエージェントを家電製品にどう組み込むかが大きな課題だ。サムスンは「Ballie(ボーリー)」と名付けた球体型の家庭用自走ロボットを開発し、そこに音声アシスタント機能を加えることでさまざまな家電製品をロボットで制御しようとしている。LGも「CLOi(クロイ)」と名付けた音声アシスタントロボットで家電製品を操作できるようにしようとしており、中国のハイセンスもサムスンやLGに対抗し、AIロボット「Ai Me(アイミー)」のコンセプトモデルを今回のIFAで一般公開した。


 日本の家電メーカーはパナソニックとシャープしか出展していなかったこともあり、今回のIFAの日本企業ブースには残念ながらそうしたAI関連の展示はほとんど見当たらなかった。パナソニックは1月に米ラスベガスで開かれた世界最大のIT見本市「CES」で米アンソロピックと一緒に生成AI技術を活用した家族向けウェルネス支援アプリ「Umi(ウミ)」を華々しく発表したところだが、ドイツの現地法人を中心に出展したIFAのパナソニックブースにはUmiに関する説明はなかった。


●日本メーカーは国際見本市にもっと目を向けよ


 主催団体であるIFAマネジメントによると、今回の見本市には世界49カ国から約1900社・団体が出展し、約22万人が来場した。ベンチャー企業の出展が多いCESの出展者数は約4500社・団体に上るが、来場者数は約14万人で、実はIFAの方が多い。


 3月にスペインのバルセロナで開かれた世界最大のモバイル見本市「モバイル・ワールド・コングレス(MWC)」には約3600社・団体が出展し、約11万人が来場したが、最も歴史の古いIFAが今も最も集客力がある。従来型の家電製品のグローバル市場は韓国や中国、トルコなどのメーカーに明け渡したとしても、それだけ多くの人が集まる国際見本市があるなら、日本のメーカーや団体はそうした場で日本が持てる最新の技術やサービスを披露すべきだろう。


 コロナ禍で日本人全体が出不精になってしまったが、気持ちを入れ替えて、こうした国際舞台に再び出ていかなければ、日本の経済力や技術力の存在感は、グローバル市場でますます失われてしまいかねない。


●著者情報:関口和一(せきぐち・わいち)


(株)MM総研代表取締役所長、国際大学GLOCOM客員教授


1982年一橋大学法学部卒、日本経済新聞社入社。1988年フルブライト研究員としてハーバード大学留学。1989年英文日経キャップ。1990年ワシントン支局特派員。産業部電機担当キャップを経て、1996年より編集委員を24年間務めた。2000年から15年間、論説委員として情報通信分野などの社説を執筆。日経主催の「世界デジタルサミット」「世界経営者会議」のコーディネーターを25年近く務めた。2019年株式会社MM総研の代表取締役所長に就任。2008年より国際大学GLOCOMの客員教授。この間、法政大学ビジネススクールで15年、東京大学大学院で4年、客員教授を務めた。NHK国際放送のコメンテーターやBSジャパン『NIKKEI×BS Live 7PM』のメインキャスターも兼務した。現在は一般社団法人JPCERT/CCの事業評価委員長、「CEATEC AWARD」の審査委員長、「技術経営イノベーション大賞」「テレワーク推進賞」「ジャパン・ツーリズム・アワード」の審査員などを務める。著書に『NTT 2030年世界戦略』『PC革命の旗手たち』『情報探索術』(以上日本経済新聞)、共著に『未来を創る情報通信政策』(NTT出版)、『日本の未来について話そう』(小学館)『新 入門・日本経済』(有斐閣)などがある。



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  • かつて世界を席巻した日本家電も、現在のIFAでは影が薄れ、主役の座を韓国・中国勢に譲る状況が続く。シャープが新技術を披露し奮闘するが、輝きは遠い過去のものと。情報発信力の弱さが「伝統芸」との危機感が漂います。
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