AIは思考力を奪うのか? ベネッセが葛藤の末に見つけた答え

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2025年12月05日 09:10  ITmedia ビジネスオンライン

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ベネッセコーポレーション データソリューション部國吉啓介部長(提供:Sansan)

 生成AI活用の幅が加速度的に広がる一方で、「本当にこれが自社や顧客にとって最も価値をもたらす方法なのか?」という疑念を払拭できずにいる企業は少なくない。


【画像で確認】ベネッセが提供するAIサービス


 とりわけ、大人が子どもたちに正しい活用のお手本を示さなければならない教育の現場は、AIとの向き合い方が最も難しい領域の一つだろう。慎重になりすぎれば時代から取り残され、性急になりすぎれば子どもたちの思考力を奪いかねない。


 このような葛藤にベネッセコーポレーションはどう対峙したのか。


 Sansanが提供する個人向け名刺サービスEightが主催した「AI-PAX 2025 第1回 AIの実践的な活用展」に登壇した、ベネッセコーポレーション データソリューション部國吉啓介部長の講演「ベネッセの事例から考える、AI活用の実践的な価値とは」の内容をもとに、AIを活用した事業開発の裏側に迫る。


●AIの構造は、人間の思考回路と同じ 押さえるべき“基本”の知識


 AI時代の今、LLM、ChatGPT、RAG、エージェントなど、短期間の間に次々と新たなワードが飛び出し、その本質を見失いそうになる。「だが、焦る必要はない。結局、全ての根底に通じるのは“推論(=既知の事柄をもとに未知の事柄を導出すること)”である」と國吉氏は指摘し、次のようにAIの歴史を振り返った。


 まず1960年代に第一次人工知能ブームが到来。このときの中心技術は「推論」と「自然言語処理」であり、ルールが決まっている課題に対して回答することが可能となった。だが、当時のコンピュータの性能には限界があり、単純な問題にしか適応できなかったことから、冬の時代へ突入する。


 次に、1980年代、第二次人工知能ブームが到来。このときの中心技術は「知識表現」だった。さまざまな知識やノウハウをルールとして登録し、活用する“エキスパートシステム”が登場した。しかし、膨大な登録作業の負荷やルール化の困難さにより、活用範囲は限定的となり、再び冬の時代へ突入することになる。


 そして2000年代に入り、第三次人工知能ブームが到来。ビッグデータに機械学習を組み合わせることで、AI自身でパターンを学習することが可能になった。深層学習により、実社会での適用範囲が現在も拡大中であり、生成AIの隆盛とともに第四次人工知能ブームに入っているという声も上がっている。


 では、これからのAIは、どこへ向かうのか。國吉氏は日本政府が打ち出した国家ビジョン「Society 5.0」(超スマート社会)を引き合いに出し、AIが現実社会にどのように作用していくかを説明した。


 Society 5.0とは、「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会」を指す。


 「サイバー空間=デジタル、フィジカル空間=リアル」と置き換えれば、デジタルで取得したデータをAIが処理して、リアルにも作用するシステムが考えられる。例えば自動運転車両の場合、センサーで取得したデータをもとに、AIが危険だと判断した瞬間に、物理的にブレーキがかかるイメージだ。このように、Society 5.0の実現において、AIはその中核を担う技術となるのだ。


 AIを得体(えたい)の知れないブラックボックスのような存在だと捉えている人は少なくない。技術が進化するほど、AIが人間を超えるのではないかという漠然とした不安も広がっている。


 だが、國吉氏はこう指摘する。「AIの構造は、人間の思考回路と同じ。AIは『入力→処理→出力』というプロセスを通じて価値を生み出すのに対し、人間もまた『状況を観察して情報を取得し(=入力)、何をすべきか考え(=処理)、行動に移す(=出力)』という同じ構造で価値を生み出している。この基本を押さえておくことが、AIの社会実装を考えるうえで、大きな手がかりとなる」


●AIは「考える力」を奪うのではないか サービス設計で重視した3つのポイント


 ベネッセグループがAIのサービスを最初にリリースしたのは、2023年7月。小学生親子向け「自由研究お助けAI」だった。当時、教育業界では「AIは考える力を奪うのではないか」という議論が活発になっていたことから、サービス設計においては、次の3つのポイントを重視した。


(1)答えを教えるのではなく、考える力を養うAIキャラクターによるナビゲーション


(2)小学生の利用に配慮した安心・安全な設計


(3)生成AIの使い方、ルールといった情報リテラシーを学ぶための動画解説


 このコンセプトに沿って、保護者による利用承認を必須とした。また、実際にAIキャラクターとやりとりを始める前に、有識者が監修した「使い方の5か条」で情報リテラシーを身につけられるようにした。


 「私たちがやりたかったのは、子どもたちに“考えるプロセス”を教えること。そのためAIには、考えるヒントやアイデアを提示する役割を与えた」と國吉氏は振り返る。


 この取り組みを通じて、「読書感想文を書いて」といった“AIでやるべきではないこと”を、ただ「できません」と断るのではなく、「おもしろい作品だから、ぜひ読んでみて」と子どもたちの意欲を刺激することができれば、教育サービスとしての新たな価値を発揮できることに気付いたという。


 続いて2024年3月にリリースしたのが「チャレンジAI学習コーチ」だ。ベネッセグループの指導ノウハウ・コンテンツと生成AIを組み合わせ、教科質問と学習法相談ができるサービスである。この開発にはRAG(検索拡張生成)の技術が活用された。


 「チャレンジAI学習コーチ」では、質問内容を「教科」と「やる気勉強法」の2種類から選択できる。いずれもAIキャラクターが回答しているように見えるが、実は「教科」に関する問いには、AIが直接回答していないという。子どもたちが入力した質問をAIが解釈して最適な検索クエリを生成するが、正確性を担保するため、回答はあらかじめ用意されたコンテンツを提示する仕組みを採用した。


 他方、「勉強のやる気が出ない」「集中力が続かない」といった相談には、明確な正解が存在せず、ハルシネーションのリスクが低い。そのため「やる気勉強法」では、回答の生成にもAIを活用して、子どもたちの気持ちに寄り添ったメッセージを返せるようにしたという。


●AI時代に求められる「問いを持ってAI活用を実践する力」


 國吉氏は、「AI技術の進化にともない、さらに重要になるのは、AIを生かす“人の力”だ」と強調する。國吉氏が所属するGenerative AI Japan(産官学で生成AI活用を促進する団体)では、“問いを持ってAI活用を実践する力”を意味する造語「Questivity」(クエスティビティ)を提唱しているという。最後に使うのは人だからこそ、AIに“正解”を委ねず、人が問いを持ちながら使いこなすことが重要なのだ。


 2024年以降、AI活用のトレンドは、テキスト・画像・音声・動画・センサー情報など、複数の異なる種類のデータを統合して処理する「マルチモーダル」から、AIが自律的にタスクを実行する「AIエージェント」や、さらに複数のエージェントが連携して協調しながらタスクを実行する「マルチAIエージェント」へと移行しつつある。


 ここで言う“自律的”とは、どういうことなのか。本来の意味は「自分で考えて判断・行動すること」だが、AIが独立した意思を持つわけではない。


 従来の生成AIは、人間が入力した情報に対して結果を返す、「入力→処理→出力」を行う単発的な装置にとどまっていた。これに対しAIエージェントは、人間が設定した目的を達成するために、タスクを細分化し、連携するシステムやツールから必要な情報を収集しながら、「思考→実行→観察」を繰り返す。この一連の流れは、AI研究で古くから“推論”と呼ばれてきたものであり、推論をどう設計し、制御できるかが、AI活用の肝になるというわけだ。


 最後に、國吉氏は「これからの時代、価値ある問いを立て、前進する力が、極めて重要になってくる。技術が進化し続ける分、変化を前提に人も学び続けなければならない」と語った。



このニュースに関するつぶやき

  • PCやスマホを使うときにFEP≒文字入力の助けを借りるのが必須のように、AIも人間の思考を助ける必須ツールになると思います。というかもうなってるけど。ゆえに「思考力を奪うのか?」は愚問で、カンニング的な使い方がダメなだけw
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