「倫理観がない」清純派女優の“二股”展開に批判殺到。それでも目が離せないワケ|ドラマ『冬のさ春のね』

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2026年01月28日 16:20  女子SPA!

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画像:TVerより
杉咲花が主演を務める『冬のなんかさ、春のなんかね』(日本テレビ系、水曜よる10時〜)が、物議を醸しています。

初回から、コインランドリーで出会った美容師・ゆきお(成田凌)とその日のうちに交際を開始。さらに1年後には、ゆきおという彼氏がいながら小説家の山田線(内堀太郎)とホテルへ向かう――。そんな主人公・文菜(杉咲花)のスピーディかつ奔放な“魔性”ぶりに、SNSでは「共感できない」「目が離せない」と賛否が激しく飛び交っています。

◆正解のないさまざまな“好き”に逡巡する衝撃作

確かに好き嫌いが分かれる作品かもしれません。

恋愛映画の名手と名高い監督・脚本家の今泉力哉氏が、曖昧で正解のない“恋”物語を描く本作。主人公の文菜は、これまでに経験してきたさまざまな別れや叶わなかった恋などから、人を好きになることにどこか恐れを抱きながらも、「人を好きになるとは?」を逡巡していきます。

第1話では文菜の“魔性”ぶりが注目を集めましたが、第2話では物語の輪郭がより鮮明になってきました。

描かれたのは、三者三様の「恋愛の壁」。クリスマスに振られてしまう和地(水沢林太郎)、他者に性的欲求を抱かないロマンティック・アセクシュアルのエン(野内まる)、そして文菜への想いを断ち切れぬまま別の恋人を作った小太郎(岡山天音)。

文菜は彼ら一人ひとりと対峙し、その価値観に触れることで、相手との関係性や自分自身の「好き」という感情を深く見つめ直していく。

本作が真に衝撃的なのは、こうした恋愛観のズレをドラマ的な“事件”として扱うのではなく、積み重ねられる会話劇の中で丁寧に露出させていく手法にあります。

多様な“好き”の形が交差するたび、恋はロマンや救いであることをやめ、ときに逃れようのない“摩擦”へと姿を変える。その摩擦は、どこまでも個人的で生々しい。だからこそ、画面を越えて観る者の心をこれほどまでにザワつかせるのではないのでしょうか。

◆杉咲花が体現する、善悪を超えた“生身”のリアリティ

SNSでは、彼氏がいながら他の男とホテルへ向かい、唇を重ねる文菜に対し、「倫理観がない」「共感できない」といった厳しい声も目立ちます。確かに彼女は、誰もが共感できるキャラクターではないかもしれません。しかし、そもそも万人に共感される人間など、この世に存在するのでしょうか。そのリアリティには強く惹きつけられるものがあります。

そして何より、その矛盾を納得させてしまうのが主演・杉咲花の圧倒的な表現力です。

象徴的だったのは、第1話の後半、山田線とお互いの感情を探り合うシーン。文菜は途中から、山田の問いかけに対し「うん」としか返しません。しかし、その「うん」の一言一言のトーン、わずかに揺れる表情——。それは、具体的な言葉を重ねるよりもはるかに雄弁に、文菜の心の機微を物語っていました。

だからこそ文菜は、単なる善悪の物差しを超え、体温を持った“生身の人間”として立ち上がってくるのです。共感できないはずなのに、なぜか分かってしまう。そのジレンマを成立させている点に、俳優・杉咲花の底知れぬ凄みを感じずにはいられません。

◆「優しさだけでは満たされない」文菜の独白が暴く“人間の業”

本作が決して恋愛の“正解探し”ではなく、もっと生々しい“人間の業”を描いているという点も見逃せません。SNSでの賛否は、文菜が特殊だから起きるのではない。むしろ、誰もが心の奥底に秘めている「人には言いたくない感情」を突かれるからではないでしょうか。

文菜は、対峙する相手によって態度も喋り方も、そして一人でいる時の表情さえも変えます。それは相手が求める姿なのか、自分がありたい姿なのか、感情をむき出しにせずには向き合えない相手なのか。第2話の終盤、彼女は自らの内面をこう吐露しました。

「ゆきおは本当に優しい。優しいのに、どうしてそれだけでは満たされないのだろう。穴が空いている。その穴が埋まらない。その埋まらなさが寂しさなのか、何なのか。その正体が、自分でも分からない。もはや、人で埋まるものではないのかもしれない」

誰かを簡単に“好き”になっても、その感情の揺れや衝動、自分のことですら分からなくなる人間のリアリティが、恐ろしいほどの解像度で描かれているのです。

一見、不誠実に見える文菜の言動。しかし、自身の矛盾を誤魔化さず、なんとなくで済ませないその姿勢は、ある種、自分に対して極めて“誠実”であるともいえます。人は矛盾を抱え、相手によって顔を変えながら生きるもの。本作が突きつけてくるのは、そんな逃れようのない人間の在り方です。だからこそ物議を醸すし、だからこそ目が離せないのではないでしょうか。

ある意味本作は、誰かと共有して盛り上がるためのエンターテインメントというより、文菜という鏡を通じて、自分自身の“埋まらない穴”と向き合わされるような作品なのかもしれません。

<文/鈴木まこと>

【鈴木まこと】
日本のドラマ・映画をこよなく愛し、年間でドラマ・映画を各100本以上鑑賞するアラフォーエンタメライター。雑誌・広告制作会社を経て、編集者/ライター/広告ディレクターとしても活動。X:@makoto12130201

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