※写真はイメージです(画像生成にAIを利用しています)朝の通勤時間帯の駅。ホームやコンビニの前で、スーツ姿の会社員らしき人が缶チューハイやビールを手にしている光景を目にしたことがあるだろう。「朝からなぜ?」と疑問に思いながらも、大半の人はそのまま通り過ぎていく。しかし、彼らは一体、何者なのだろうか……?
「自分だけではありませんでした」
都内の不動産会社で営業職をしていた佐々木俊史さん(仮名・40代)が、出勤前に新宿駅周辺で飲酒していた当時を振り返る。彼の目に映っていたのは、夜勤明けらしき人物だけでなく、これから出社するような雰囲気をまとった“同類”たちだった。
◆過酷なノルマがもたらす「朝の一杯」
法人営業として働いていた佐々木さんには、厳しい営業ノルマが課されていた。毎朝、始業前に営業成績の確認が行われ、数字が足りない社員は徹底的に詰められる環境だったという。
「昨日何件回ったのか」「なぜ契約が決まらないのか」「今日は何件取れるのか」。そういった言葉を朝から浴びせられ、時には別室でさらに厳しい叱責を受けることもあった。
「出社時間が近づくだけで胃が痛くなり、会社へ向かう途中で動悸がすることもありました。当初は喫煙やコーヒーで気持ちを落ち着かせていましたが、ある朝、なんとなく缶チューハイを飲んでみたら、緊張がすっと和らぐ感覚があったんです」
それ以来、出社前に駅付近で飲むことが習慣化した。コンビニ前のときもあれば、高架下のときもある。それは「酔いたいわけじゃなく、会社へ入る前に神経を“鈍らせる”ため」だった。
「当時は深夜まで上司や取引先から連絡が来ることが多く、休日も数字が頭から離れなかった。常に追い詰められている感覚で、朝お酒を飲まないと、会社に行く気力がわかなかったんです」
◆不安をかき消すための“恒例行事”
そんな佐々木さんと同様に、佐藤健一さん(仮名・30代)もまた、「数字が足りない」という理由で強い叱責を受ける日々を送っていた。
朝のミーティングが近づくと胸が重くなり、「今日も詰められるかもしれない」という不安から、新宿駅に着く頃には動悸が激しくなっていたという。気まぐれで飲んだ缶チューハイで胸のざわつきが収まったことをきっかけに、朝の駅ホームで350ml缶を1本飲むことが、出社前の“恒例行事”になっていった。
「ある日、同じ部署の後輩に偶然その姿を見られたんです。驚いた表情で『佐藤さん、大丈夫ですか?』と声をかけられました。その言葉を聞いた瞬間、“自分は普通じゃないことをしている”と強く自覚しました。後輩は誰にも言わなかったようですが、その出来事から、“このままでは良くない”と思うようになりました」
その後、佐藤さんは思い切って環境を変える決断をする。
「いまは会社を辞めて、フリーランスに転身しました。働き方を自分で選べるようになったことで、朝にお酒を飲む習慣は完全になくなりましたね。朝から駅で飲んでいる人を見かけると、“何か深い事情があるのかもしれない”と、他人事とは思えなくなります」
◆夜勤明けのストレス発散
もちろん、多くの人が想像するような“夜勤明け”のストレス発散というケースもある。
大手小売店で働いていた木下ひろあきさん(仮名)は、22時から翌朝までの勤務で、商品の仕入れや品出し、清掃業務に追われる日々を送っていた。
慢性的な人手不足のなか、アルバイトスタッフは外国人ばかり。コミュニケーションの難しさもあり、ストレスは相当なものだったという。そこに追い打ちをかけたのが、毎朝の交代時に出勤してくる40代の男性店長の存在だった。
店長は、一晩中働いて疲弊した木下さんに対し、「あれが出来ていない」「これが出来ていない」と執拗に文句を言い続けた。
「この上司は女性には優しく、男性にはきつく当たるタイプで、実際に彼の言動が原因で辞めた男性スタッフも多数いました」
この理不尽な環境から逃れるように、木下さんは勤務終了後、さいたま新都心駅近くのコンビニで缶チューハイを買い、喫煙所で飲むのが日課となった。周囲からの冷たい視線は気にならなかった。それほど、その一杯は彼にとって、張り詰めた糸をほどく「至福のひととき」だったのだ。
現在、木下さんはプログラミングを学び、別の業界へ転職を果たしている。
「スーツ姿で朝からお酒を飲んでいたあの頃の自分。あれは廃人の一歩手前だったのかなあ、と。振り返ると、とても怖くなります」
◆壊れる前の防衛手段
彼らは職場環境を変えることで、なんとかその“悪習”を断ち切ることができた。
朝の駅で、スーツ姿のまま酒を飲む人々。一見すれば不謹慎で不可解な光景に映るかもしれない。しかしそれは、精神的に限界を迎えつつある会社員が、壊れそうな心を麻痺させ、何とか今日一日を生き延びるためにすがった「最後の防衛手段」なのかもしれない。
<取材・文/日刊SPA!編集部、藤山ムツキ>
【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。X(旧Twitter):@gold_gogogo