クマタンが誕生した2009年当時のギャル写真を、最近投稿した若槻千夏(本人Instagramより)芸能人のちょっとした発言がたちまちネットで炎上するいま。言葉選びに細やかな配慮が求められる一方で、大胆なのに嫌味がなく、センスが光る話術にたびたびSNSなどで称賛が集まっているのがタレントの若槻千夏さん(42)です。
彼女の武器は、盛りすぎて「噓でしょ!?」と思わずつっこみたくなるトーク。
8月には自身の冠番組『若槻千夏のうるさい心理テスト』(テレビ朝日系)での発言、「青学の前の丸亀製麺の水が東京で1番美味しい」がバズり、これを改めてXにアップしたユーザーの投稿には10万超えの「いいね」がつきました。
そんな独自のトーク術を持つ彼女は、実は“ほぼ引退状態”まで芸能界を離れていたという苦しい過去も。これまでの“盛りすぎ発言”を振り返りつつ、現在の人気の背景となった彼女のストーリーにも迫ります。
◆「自転車に2m級の大蛇が巻き付いた」
若槻さんの出身地・埼玉県吉見町は、県の中部に位置する自然豊かな場所です。そんな故郷を舞台に語られたのが「自転車に2m級の大蛇が巻き付いた」というエピソード。
なんでも若槻さんが中学生の頃、自転車で工事現場を通りかかると、ホースらしきものを踏んでしまい、その正体はなんと……“大蛇”! 蛇は自転車の前輪にぐるぐると巻き付いてきたのだとか。
田舎道を走る少女の前に、突如大蛇が現れる――。コミカルな光景がパッと頭に浮かぶキャッチーさが秀逸です。
◆「日本で最初に糸リフトをやったのは…」
日本で最初に「糸リフト」をやったのはタレントのKABA.ちゃんである――若槻さんはそう断言しています。
この発言が飛び出したのは、若槻さんと親交の深い指原莉乃さんのYouTube動画(2024年11月公開)にゲスト出演し、美容トークを繰り広げていた最中のことです。
糸リフトとは顔のたるみを引き上げてくれる美容技術の一つ。若槻さんによると、10年ほど前にKABA.ちゃんに会った際、顔から施術後の糸が出ているのを発見したそう。それが若槻さんにとって人生で初めて目にした「糸リフトの糸」だったことから、確信したのだとか。
もちろん、本当に日本初かどうかは定かではありませんが、「日本で最初」「〇〇が一番」といった、根拠などおかまいなしの潔い断言は、若槻さんのトークの特徴でもあります。
◆「ねぇねぇ、ここ日本で一番くさい場所だよ」
指原莉乃さんが、一緒に渋谷を歩いている時に言われたというこの一言。2人が出演する『指原千夏』(フジテレビ系)で明かされたエピソードです。
具体的な場所には触れられていませんが、以来、指原さんはその道を歩くたびに若槻さんの発言を思い出して匂いをつい嗅いでしまうのだとか。しかし若槻さんはそんなクレームに対してもどこ吹く風。
「あの道で猫みたいなデカさのネズミを追っかけたことある」と、さらなるエピソードまで付け加えたのでした。
若槻さんは17歳で芸能界デビューしてから現在まで渋谷に住み続けている“渋谷住民”。そんな“渋谷を知り尽くす”彼女ならではの、真偽不明の話でした。
◆芸能活動を休止していた10年間、何をしていた?
10代でグラビアアイドルでブレイクしたのち、人気バラエティタレントとして引っ張りだこになった若槻さん。数々のテレビ現場を経験するなかで、“タレントの本心よりウケることが最重要”とされた当時の業界の体質に疲弊。神経性胃炎、潰瘍性大腸炎をはじめとする体調不良も深刻化し、22歳だった2006年から約10年間、芸能活動を休止しています。
引退も考えたものの事務所から止められたそうで、人気絶頂の中での大きな決断でした。
休止中はLAを拠点に古着のバイヤーとして活動し、目標にしていた1000着もの洋服を日本に持ち帰るとすべて完売。その大きな経験が出会いを呼び、2009年、プロデュースブランド「W♥C」の立上げに至ります。
芸能界とは異なる道を邁進していた若槻さんですが、「W♥C」のキャラクター「クマタン」が大人気になったことをきっかけに、“私ももっと有名になりたい”と芸能活動への意欲が沸き上がった――と、各所で話しています。
自身が生み出したキャラクターに火をつけられたというユニークな展開ですが、さっそく芸能界に復帰すべく行動を起こすことに。
◆芸能界に戻るために「受験勉強ぐらい頑張った」
お笑い芸人・東野幸治さんのYouTube動画(2023年9月公開)出演した際に、準備期間について「受験勉強ぐらい頑張りましたから。ここ(芸能界)に戻ってくるまで」と振り返っている若槻さん。
その頑張りのひとつ、5年間つけた「研究ノート」についても動画で語っています。
「ビジネスの人として戻ってもすぐにあきられてしまう」と考え、テレビに出ている女性タレント20人の出演番組や本数、トークや振る舞いについて徹底分析したノートを、5年間にわたって書いていたそうです。
芸能界に本格復帰したのは2015年。その後の活躍は、私たちが知る通りです。
長く愛されるバラエティタレントとして“再デビュー”するために研究し、考え抜いた答えが今のトークスタイルなのでしょう。
現在、視聴者に親しまれている若槻さんの“盛りすぎ”トーク。それは持ち前のセンスだけではなく、経験と努力によって磨かれた“プロの技術”なのかもしれません。
<文/蜜ツ冶(A4studio)>