DIYで作ったトレーニング機材が、何よりも心強い相棒だ 2024年12月25日に放送された『SASUKE2024 〜第42回大会〜』(TBS系)。パリオリンピックの金メダリストを筆頭とした有名アスリートや、肉体自慢のタレント、さらには“SASUKEオールスターズ”といったおなじみの面々が登場するも、最もインパクトを残したのは、伏兵と言っていい人物だ。
史上初の初出場から2大会連続の最優秀成績をおさめた宮岡良丞氏(31歳)である。普段は愛媛銀行に勤める同氏。練習時間が確保しにくい会社員という時点でハンディを感じてしまうが、それをもろともしないパフォーマンスで視聴者を驚かせた。番組内でもパーソナルな部分は紹介されたものの、さらに深掘りして話を聞くべく、本人を直撃した。
◆超難関エリアを“人類で初めて”クリア
第42回大会の注目エリアの一つは、後半に君臨する「バーティカルリミット.BURST」だ。頭上に吊るされたパネルの下部にあるわずか1センチの突起に指だけでぶら下がり、横に移動する。複数枚あるパネルは、次のパネルに乗り移った際に回転する仕組みになっており、指だけでは支え切ることができず落水する挑戦者が続出しているエリアだ。前回の大会では到達した挑戦者全員を退けている。
難攻不落のこのエリアを人類で最初にクリアし、雄叫びをあげたのが宮岡氏だった。攻略の背景には過去の失敗を分析し、活かす姿勢にあったようだ。
「課題はバーティカルリミット.BURSTに至るまでに蓄積した疲労です。そこで行ったのは、あえて『腕を疲れた状態』にしてのトレーニングでした」
◆うしろに潜んでいた罠と、クリアできたワケ
同エリアをクリアし、出場者で唯一FINALステージまで到達。最優秀成績を納めた宮岡氏だが、バーティカルリミット.BURST以降にも“見えない難関”があったのだと話す。
「パイプスライダーです。最後のエリアなので当然疲労もありますし、バーティカルリミット.BURSTという最強の相手を倒したあとなので、『ここで脱落しても十分活躍できたな』みたいな満足感が出てきそうになってしまいました」
指先だけで自重を支えるバーティカルリミット.BURSTに比べると、両手でしっかり捕まることもできる。これまでクリアして来た出場者も多いパイプスライダーは、一見すると難易度が高くないようにも見えるが。
「実は、このエリアのクリア率は高くないんですよ。僕は初めて経験しましたが、過去に同じような感覚に陥り、落水した方もいたんじゃないでしょうか。やっぱり、心が重要なんだなと感じます。僕も飲み込まれそうになったんですか、ほかの出場者からの『いつも通り!』という声が聞こえたおかげで、気持ちをもう一度入れ直すことができました」
◆一躍人気選手になるも、過去には出場さえできなかった時期が
いち視聴者としてSASUKEファンだった学生時代を経て、出場を意識したきっかけは、あるスター選手の存在だった。
「2013年の大会で、当時は前人未踏だったクレイジークリフハンガーというエリアを森本裕介さんがクリアしたんです。これを見て、『自分に近い世代の人が活躍しているんだ』と大きな刺激を受けたんです」
しかし、人気番組ゆえ応募を繰り返すも落選が続く。その期間は足掛け10年にも及んだが、決して諦めなかった。
「SASUKEが好きだという一心ですね。トレーニングの手を抜いていると、万が一合格できて出場した時に後悔することになるので、そうはならないべく鍛え続けていました」
SASUKE出場を目指すうえで大変なのは、出場が未確定の時点でもトレーニングし続けなければならないこと。宮岡氏も苦悩していた。
「目標が確定していないのは辛かったですね。出場できるのは次の大会かもしれないし、10年後かもしれないし、あるいは来ないかもしれない……。精神的に追い込まれましたね」
SASUKE出場は主に書類での審査で決められる。落選が続くなか、宮岡氏はトレーニングだけでなく応募する際のアピールについても工夫を凝らすようになった。
「トレーニングや他の競技での成績など、ほかの応募者と似たような書き方になると思ったので、違うことを書こうと思っていました。例えば、『20代で取得している人の少ない産業カウンセラーの資格を持ってます』とか、『銀行員として10年近くやってきました』など、別の視点からのアプローチです」
◆「SASUKEに出たい」意思を支店長が後押し
そうして念願の出場を手にした宮岡氏。しかし、会社員でもある彼は、務める銀行にも出場の許可を取らなければならない。出場が決まったあとにNGが出て辞退になることは避けたい。あらかじめ許可をとっていたのだという。
「一応、“おかたい”業種ではあるので、バラエティ番組に出ることを最初から全員が応援してくれるという状況ではありませんでしたね。ただ、当時私が配属されていた支店の支店長がSASUKEのファンで、許諾を得るための戦略を一緒に考えてくれました。SASUKEにうつつを抜かしているわけではなく、銀行員としても頑張っていることを見せるために『この資格をとって稟議しよう』と、筋道を立ててくれたんです」
理解者の協力を追い風に努力を重ね、さらには銀行の許可も得たうえで出場し、大健闘。その結果、愛媛銀行は宮岡氏に「特別表彰」を送った。
「行内では優秀賞などがあって、それは社内規定によって業績の数字などが定められています。頭取賞は、その規定とは別で銀行に貢献した人に送られているみたいです。喜んでもらえたことがわかって嬉しかったですね」
◆銀行員と“SASUKE選手”を両立する生活を送る
銀行員でありながら、これほど際立った成績を残す宮岡氏の私生活は気になるところである。
「だいたい毎朝7時に起き、8時ごろ銀行に到着します。そこから、住宅ローンや融資に関するお客様の対応や事務の仕事をしています。日によって多少変わりますが、遅くても18:30までには退社できるかなという感じです」
休憩時にもトレーニングをしているのかと思いきや、起床から退社までいわゆる普通の会社員のような生活を送っていたのは意外の一言。
「僕には『SASUKE以外の運動をしない』というポリシーがあって(笑)。退社したあとの19時ごろから、自分で作ったSASUKE専用の練習器具で1時間半ほどトレーニングをするのが日課ですね。一度もジムには行っていません。総合的な能力が求められるので、曜日によって練習メニューは変えていて、たとえば今日(水曜)は10kmのランニングをします」
休日はどのように過ごしているのか。
「朝の9時から13時くらいまでのトレーニングです。平日のトレーニングは夜なので、明るい時にしかできない“走る系”ですかね。SASUKEでいうとファーストステージ用のトレーニングをやっています。そして午後はひたすら休みます」
◆“広くない”自室でトレーニングするメリットは?
日々の練習の中心は、自宅に自作したSASUKEトレーニング専用コースで、自室に所狭しとコースを設置している。これに対して、SASUKEファンを公言するアンガールズ・田中卓志氏は、自身のPODCAST番組『アンガールズのジャンピン』で「宮岡さんは、家が狭いのがデメリット」と意見していた。その点を本人はどう受け止めているのか。
「もちろん、家は広い方がいいですけどね(笑)。その点ではデメリットとも言えますが、その中でもやりたいことはできているので、大きなデメリットとは感じていません。なにより室内で完結していることがいちばんのメリットです。気温や天候にも左右されませんから。また、いつでも手の届くところに器具があるので、取り組むハードルも下がるし、はかどりますよ」
さらにアンガールズ田中氏は、「宮岡さんは体重が重いのがネック」とも指摘していたが。
「ステージが進むにつれてぶら下がるエリアが増えるので、僕もそう思います。しかし身長がある分、体重が増えるのは仕方ないとも思っています。毎日体重計に乗るような管理をしてはいなくて、自分がぶら下がった感じで減らすかどうかを決めています。体重計を見てしまうと、どうしてもそれに左右されてしまうので、あくまで感覚を大切にしています」
◆SASUKEと銀行業務に相乗効果が?
一介の銀行員が全国ネットの人気番組で大いに躍動したわけだが、周囲の反応はどうだったのだろう。
「初出場した2023年末も、愛媛県内ではたくさん話題にしていただき、業務中に『見たよ』と声をかけていただけることがありました。ただ、今回(2024年末)の放送の方が、反響が大きかったように感じます。僕が窓口にいなくても、別の行員が『SASUKEの子、頑張ってたね』という声をもらっているみたいで」
趣味の領域を超えてSASUKEと向き合いながら、仕事として銀行業務に従事する日々。ふたつの生活が、共鳴する部分はあるのだろうか。
「職場には申し訳ないんですが、僕は仕事よりもSASUKEのほうが好きです(笑)。だからなのか、SASUKE制覇のために考えていたことが、銀行業務にも使えると感じることが多いですね。たとえばSASUKEで『このエリアをクリアしたい』と思った場合は、逆算して計画を立ててやってきました。必要なタスクや、途中段階でクリアしておくべきことなどを洗い出して、期日に間に合うようスケジューリングする作業は、僕が担当している住宅ローンの業務ではよくあります。その点は、綺麗事ではなく役に立っていると実感しています」
◆“完全制覇”を見据えて研鑽を続ける
話しぶりからも、大好きなSASUKEだけでなく仕事にも真摯に向き合っている様子が伝わってくる宮岡氏。“銀行員としての夢”を聞いた。
「もうすぐ勤続10年になり、ようやく銀行業務の全体が見えてきました。ただ、僕の性格は『ひとつのスペシャリストになる』だと思います。ですから、全体が見えるようになった上で、これからは自分の得意分野を突き詰めていきたいと思っています」
一方でSASUKEに対して、どのように先を見据えているのか。
「次の大会に向けては、『完全制覇ができる力を持って大会にのぞむ』のが目標です。もちろん、完全制覇が目標ですが、実力があっても何が起こるかわからないのがSASUKEです。新しいエリアが出てくる可能性もありますし、1センチの誤差で成功/失敗が決まるエリアもあるので、結果は仕方ないとしか言えない部分もあります。結果以上に大会までに自分を満足できる状態にしておくということですね」
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相撲道・空手道・柔道・剣道など「道」のつくものは、試合結果よりも過程で鍛えられる精神と肉体を大事にしている。宮岡氏が歩んでいるのは、「SASUKE道」ではないか。銀行員としてもSASUKE選手としても大きな飛躍を期待したい。
<取材・文/Mr.tsubaking>
【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。