96歳の元少年兵、苦しみ今も=周囲から「幽霊」、心病み入院―「戦争ほどばかなことはない」・沖縄

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2025年06月23日 15:02  時事通信社

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戦争体験を語る瑞慶山良光さん=5月7日、沖縄県大宜味村
 太平洋戦争末期の沖縄戦で、少年兵として旧日本軍に駆り出された瑞慶山良光さん(96)=沖縄県大宜味村=は、戦後80年となった今でもトラウマに苦しんでいる。「戦争ほどばかなことはない」。少年の心に焼き付いた過酷な戦争体験を若い世代に向け語り続けている。

 1945年3月、青年学校1年生で16歳だった瑞慶山さんは、村の少年らと共に役場前に集められ、そのままゲリラ戦を展開する「護郷隊」に組み入れられた。米軍の上陸に備えて編成されたが、訓練期間はわずか3週間足らずだった。

 米軍の上陸で戦闘が本格化した4月以降、部隊は本島北部の恩納岳を拠点に、米軍に対する攻撃や偵察などの作戦を展開。瑞慶山さんは、敵の戦車の下に潜り込んで自爆する「切り込み隊」に選ばれた。「いよいよ、父と母を悲しませることになった」。小さな箱に爪と髪を入れるように言われ、覚悟を決めた。しかし、直前になって戦況が変わり作戦は中止となった。「常に生死の境目にあり、恐怖を感じる余裕もなかった」

 その後、米軍司令部へ攻撃を仕掛けようと夜の山中を進む途中、照明弾が上がり、投げ込まれた手りゅう弾がさく裂。破片が頬を貫き、奥歯が4本折れた。「顎がなくなったと思った」と瑞慶山さんは振り返る。

 顔に大けがをしたため、「野戦病院」のような建物へ移されたが、薬もなく十分な治療は受けられなかった。運び込まれる負傷兵は、みな次々と息を引き取った。重傷を負いながら、けが人の搬送や遺体の埋葬に従事させられた。「あの時の光景は今でも脳裏に焼き付いている」。そして、戦後も「幻覚」となって現れ、瑞慶山さんを苦しめた。

 沖縄戦の組織的戦闘が終結したとされる6月23日の約1カ月後、部隊は解散した。ようやく帰宅できたが、瑞慶山さんを待ち受けていたのは周囲から向けられる冷たい視線だった。護郷隊は、敵の侵攻を防ぐ目的で橋や民家を破壊することもあり、反感を持つ住民も多かった。戦場での過酷な体験で疲弊しきった心身には、耐えがたい対応だった。

 次第に心を病み、数年後には、感情が抑えきれなくなり暴れ回るようになった。周囲からは「兵隊幽霊」と呼ばれ、精神科病院への入院も経験した。

 瑞慶山さんは、今でも戦時中に山で寝ていた時と同じように、布団を重ねるなどして傾斜を作り、その上で眠るという。「その方が安心感があり、心が落ち着く」

 今でも苦しみは癒えないが、自らが経験した過酷な体験を語り続けている瑞慶山さん。「そのために生かされたのではないか」との思いがある。世界では今も紛争が続いている。「世界が悪い方向に向かっている」と感じる。そして断言する。「人を人とも思わない、戦争ほどばかなことはないよ」。 

戦争体験を語る瑞慶山良光さん=5月7日、沖縄県大宜味村
戦争体験を語る瑞慶山良光さん=5月7日、沖縄県大宜味村

このニュースに関するつぶやき

  • 昔話にしちゃダメなんだよ。今もイスラムのテロ組織なんかが少年兵やら女の子には爆弾巻きつけてのブービートラップとか平気でやらかしてるんだからさ・・
    • イイネ!16
    • コメント 2件

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