広島市の平和記念資料館に寄贈された女学生の日記帳=6月9日、同市 広島市の平和記念資料館(原爆資料館)には、近年でも年間50件前後の被爆資料が寄贈される。「生きていた証しを残したい」「人類共有の記憶に」。資料館では寄贈者から託された思いを丁寧に聞き取り、展示などに活用している。今年で戦後80年となり、証言できる体験者が少なくなる中、被爆の惨状や当時の生活を後世に伝える貴重な資料となっている。
「被爆80年の節目に、家族の記憶から社会的なメモリーボックスに移したい」。同市の細川洋さん(66)は6月、13歳で亡くなった叔母の日記帳など約40点を資料館に寄贈した。日記には、1945年4月の高等女学校入学から、被爆して亡くなった前日の8月5日までの日常がつづられている。
細川さんによると、いずれも爆心地から離れた宮島(広島県廿日市市)の実家で被爆を免れ、日記帳は仏壇の引き出しで守られてきた。祖父母から父、自分へと引き継がれてきたが、2023年に父が亡くなり、叔母を直接知る親族がいなくなったことなどから寄贈を決めたという。
資料館によると、こうした寄贈資料は学芸員が整理し、2年後をめどに「新着資料展」として展示するほか、常設展や企画展に活用することもある。展示しているのは300点ほどだが、地下の収蔵庫を合わせると約2万1000点の資料が保管されている。
統計を取り始めた1996年ごろは、原爆で犠牲になった子どもの親世代からの寄贈があった。近年では高齢になった被爆者自身が寄贈を決めたり、親世代から引き継いできた人が「手元に置いておきたいが、さらに子や孫に引き継ぐことへのためらいがある」と資料館に託したりするケースもあるという。
資料館には国内外から年間約200万人が訪れ、各国の指導者も足を運ぶ。同館は「亡くなった方の姿を思い浮かべることで惨状が伝わる。資料から人となりや遺族の思いを身近に感じ、『命を奪う』ことについて考えてもらいたい」としている。