
学校給食を愛してやまない中学教師の甘利田幸男(あまりだ・ゆきお)が、生徒と「どちらが給食をおいしく食べるか」を競う学園グルメコメディ『おいしい給食』。
2019年にオリジナルドラマとして始まってから熱狂的ファンを生み続けている人気シリーズが劇場版で帰ってくる! 主演を務める市原隼人さんに今作に懸ける思いを聞いた!
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■甘利田が相手に顔を近づけるワケ
――給食をテーマにした作品のオファーを最初に受けたとき、どんな心境でしたか?
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市原 台本を読ませていただいたら、コメディにもできるし、自然体で演じることもできるし、振り幅が大きくて、いろんな可能性を持った作品だなと思いました。その瞬間に「ぜひ、やらせてください」と、ふたつ返事でオファーを受けました。
――初めてタイトルを見たときは「なんだこれ!?」と驚いたんですが、市原さんは脚本を読んでふに落ちたんですね。
市原 「なんだこれ!?」は、僕も同じ思いでした(笑)。でも、脚本を読むと社会派の内容に思えたんです。すべての人間が忘れてはならないメッセージを訴えることができる作品になると思いました。
第1話のクランクイン前日には監督と長電話で「マンガ風のオーバーなキャラクターにするのか、感情を出さない静かなトーンの作品にするのか、どうしましょうか?」「メガネをかけたほうがいいかな? やっぱり、ないほうがいいかな?」とディスカッションを重ねて、主人公・甘利田幸男というキャラクターを作るために悩みに悩みました。
原作のないオリジナル作品なので、甘利田幸男という男、ならびに『おいしい給食』の世界観を手探りで生み出すためにとにかく必死でした。
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そうして生まれたコンセプトは、シーズン1から今作に至るまでずっと変わっていません。滑稽な姿を見せて笑われながらも「好きなものは好きだ!」と胸を張り、子供に対しても負けを素直に認められるキャラクター。
この作品は1980年代が舞台なんですが、日本人が忘れかけている古き良き心、わびさび、道徳心がたくさん詰まっているんです。
今はSNSが主流となり、人と人が顔を合わせる機会がどんどんなくなってきている。皆と輪になり、対面で討論しながら物事を進めていく時代ではなくなりつつある。そんな現代に寂しさを感じていた気持ちを象徴する芝居として、甘利田は相手に思いっきり顔を近づけるんです。
――あれはそういうことだったんですか!(笑)
市原 はい(笑)。「やっぱり、こういう生々しさが人間ですよね」と訴えかけていくために奮闘してまいりました。
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■子供たちには『リリイ・シュシュ』と同じ体験をしてほしい
――劇場版第4作の製作が決まったときの感想は?
市原 すべて、作品を愛してくださる皆さまのお気持ちのたまものです。『おいしい給食』はキー局ではなく地方局が連携して製作した作品です。正直、ドラマのシーズン2を作れたことも奇跡だったんです。
そして、『おいしい給食』は子供たちがメインの作品だと私は思っています。本来であれば、仕事なんかしなくていい年代じゃないですか。そんな10代の貴重な青春の時間をいただくので、成長過程のすてきな経験として持ち帰っていただきたい。
そのために、役者として目の前の作品にどう向き合うべきか、何を届けるべきか、どんな意義を見いだすべきかを考えながら、「真剣になる」ということを子供たちに見せて伝えたかった。
それと同時に、全力で楽しんでもらいたかった。だから、撮影のない日はバスを借りて「(ロケ地の北海道の)函館山に行って皆で観光しよう」と登ったり(笑)。そういう時間も大切だと思うんです。カットがかかったら、皆がリラックスして子供に戻るのですが、「この現場ではそれでいいんだよ。メリハリをつければ、どんなに騒いで楽しんでもいい」と思っています。
――市原さんも10代だった頃のご自身がよぎるのでは?
市原 そうなんです。この作品で一番心がけていたのは芝居の仕方を伝えることではなく、皆が撮影現場に来て自発的に何かしたくなるような環境づくりでした。
私も13、14歳のときに家族のような映画のチームに恵まれ、現場に行くのが毎日楽しくて仕方なかった。プロデューサーの家に泊まったり、スタッフさんたちと健康ランドでお風呂に入ってごはんを食べて翌日の撮影に備えたり。そういう愛にあふれている現場だったんですね。
――それは『リリイ・シュシュのすべて』(2001年)の現場ですか?
市原 まさに、『リリイ・シュシュのすべて』です。岩井俊二監督も私の母とよくメールをしていたし(笑)、本当に家族のようなチームでした。その現場が好きで好きで仕方なかったんです。
だから、『おいしい給食』に出ている子供たちにも現場を好きで好きで仕方なくなってほしい。その先に芝居やものづくりというものがあってほしい。やらされているのではなく、好きで現場に入って楽しんでいる。その熱量は、見ているお客さまに必ず映ると思っているので。
■『男はつらいよ』を意識している
――今作で市原さんはハードなお芝居をされていらっしゃいます。予告編でも見られる、せんべい汁を食べるシーンのアイデアなどは市原さんから出されたのでしょうか?
市原 台本には何も書かれていないので、すべて自分のアドリブです。「ラッセーラー」と踊るのも、なんかよくわからないけど、その場で頭に浮かんできて(笑)。こんな辱めはないと思うぐらい長回しで撮るんです。まあ、大部分はカットされるんですけど(笑)。
――アドリブとはいえ、アフレコと合わせるように計算しているのでしょうか?
市原 はい。前日に「ここはこう動いて、モノローグの抑揚はこうつけよう」「動きとモノローグはこうやって合わせよう」と、いくつものパターンを考えていくんです。
現場では、考えた段取りをプレゼンします。それが終わるとモノローグをその場で録音・編集し、その音源を助監督が僕の動きに合わせて流してくれる。こんな手法の作品はほかにないだろうなと思うくらい、アナログな作り方をしているんです(笑)。
――あと、ファンとしてうれしかったのは、かつて同僚だった御園ひとみ先生(演:武田玲奈)の再登場です。
市原 私も台本を見て初めて知ったんです。「あれから6年もたったのに、本当に御園先生が出てくださるんですか!?」って(笑)。シリーズを続けていくとこんな醍醐味(だいごみ)があるんですね。
――『おいしい給食』は作品ごとにヒロインが変わりますが、いつも恋愛が成就しそうでしません。どことなく、『男はつらいよ』に似ているなと思います(笑)。
市原 似てますね。実際、寅さんを意識しているところはあります。そんな人間くさい男でいてほしいし、その不器用さがまたいいんですよ(笑)。
甘利田は下戸なのに、毎回お酒を飲んで失態を犯してしまいます。そんな酔った状態で御園先生と会うと、『おいしい給食』ならではの、ラブシーンにもならない男女が寄り添うシーンに発展する。
ここの動きもすべてアドリブでした。「どうすればいいかな」と思っていたのですが、気がついたら御園先生の上に......。あんな芝居、もう二度とやれないでしょうね(笑)。
――長い付き合いとなった甘利田幸男という役柄は、ご自身と似ていると思いますか?
市原 そうありたいと思っています。現代において、変わらないでいることって難しいと思うのですが、どんな場所に行っても甘利田は甘利田なんです。
常に中立で、人道的で、物事の本質をとらえたメッセージを訴える。集団に入ると、建前とか同調圧力があるけれど、そんなものをまったく感じさせない甘利田の姿に私自身もホレているんです。
私たちは夢とビジネスが混沌(こんとん)とする世界で生きていますが、そんな中で「夢をつかみたい」と思うのが役者の性(さが)です。
システムの中で妥協しなければならないことは多々あるけれど、最後までエンターテインメントというものを信じたい。自分が嫌われ者になっても信じたものに突き進む。そういう気持ちを甘利田から学んでいる部分はたくさんあります。
――『おいしい給食』は、市原さんのライフワークとしてこれからも続いていくのでしょうか?
市原 もちろんお客さまのお声次第ですが、続けていきたいです。心配なのは体力ですが(笑)、「現場で尽き果てることができたら本望」と思うくらいすべてを注いでいる作品なので、できる限り務めてまいりたいと思っています。
ヘア&メイク/大森裕行(VANITES) スタイリング/小野和美
●市原隼人 Hayato ICHIHARA
1987年2月6日生まれ、神奈川県出身。2001年、主演映画『リリイ・シュシュのすべて』でデビュー。03年公開の映画『偶然にも最悪な少年』で、第27回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作にドラマ『ROOKIES』(08年)、NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』(17年)、『鎌倉殿の13人』(22年)、『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(25年)など
●『おいしい給食 炎の修学旅行』
©2025「おいしい給食」製作委員会
2025年10月24日新宿ピカデリーほか全国公開
配給:AMGエンタテインメント
甘利田幸男(演:市原隼人)と生徒たちが2泊3日で青森、岩手への修学旅行に出発。学校を離れても、やはり食には目がない甘利田。東北郷土料理のせんべい汁、わんこそばなどを味わい、舌鼓を打ってはしゃぐ甘利田だったが、常節中学校で指導していた御園ひとみ先生(演:武田玲奈)と偶然再会することに。給食交流会で、御園先生の先輩教員・樺沢輝夫(演:片桐仁)のスパルタ指導に甘利田のボルテージが高まっていく。甘利田が修学旅行先でたどり着いた究極の給食愛とは!? そして、ティザービジュアルで確認できる「満腹戦線」とは!? 給食愛に対してまったくブレない男、甘利田幸男。青森、岩手を舞台にいまだかつてない食の旅が始まる
取材・文/寺西ジャジューカ 撮影/佐々木里菜

