
AIの普及に伴い、「海外企業がAIで数万人を削減」というニュースが毎週のように流れてきます。しかし自分の職場を見渡すと、AIを導入したのに残業は減っていないし、人が減る気配もない。減ったのは作業時間のはずなのに、増えているのはAIの利用料だけ──という人も多いかもしれません。この落差が、いま多くの現場で共有されている感覚だろうと思います。
先日、ITmedia NEWSで「『生成AIで仕事が楽に』のはずが……IT現場を蝕む“AI疲れ・AIうつ”の正体」という記事を書きました。実装が速くなった分だけ意思決定の回数が増え、手を動かす疲れが考え続ける疲れに置き換わった、という話です。同様の傾向はまだありつつも、筆者の周辺では、聞こえてくる声が少し変わってきています。「疲れた」ではなく「結局、楽になっていない」になっているのです。
とはいえ、AIがもたらす業務の削減効果は今更疑うべくもありません。となると「効果がない」のではなく「効果がどこかに消えている・吸収されている」と考えるのが自然でしょう。いったいAIによる効率化の成果はどこに消えているのでしょうか。
●効果が“測定”で消えている
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最初に疑うべきは、業務ではなく測定の問題です。
あるセミナーで、AIによる業務効率化の成果として「1年で6時間の削減をしました」「年に1度ある15日かかっていた作業が、15分で終わるようになった」といった事例を聞いたことがあります。
どちらも削減自体には成功してはいます。特に後者は数字としては劇的にも見えますが、頻度としては年に1度。開発にかけた金額と時間で考えれば、担当者の負担軽減効果は誤差の範囲に収まります。
こうした「実はあまり負担軽減できていない」数字が出てくるのは、導入前のベースラインを誰も測っておらず、導入後に「何か測れるものはないか」と探した結果に過ぎないためです。本来は事前に工数を棚卸しし、削減効果を比較するべきですが、とりあえず導入だけした結果、たまたま測れた小さな業務の数字が報告書に載る……とった具合に、手順が逆になっているわけです。
さらに致命的なのは、浮いた時間の“行き先”が定義されないこと。仮にAIで1日30分が浮いたとして、その時間をどうするか──例えば残業の削減に充てるなど、事前に決まっていなければ、担当者には別の業務が静かに流れ込みます。
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経営側も、時間削減の“その先”が決まっていなければ、効果が実感できないのは同様です。特に悲惨なのは、経営と現場、それぞれが考える“効果の単位”のズレが表出するケース。経営が期待しているのは人数や金額の改善ですが、現場が出せるのは時間をどれだけ削減できたか。要するに双方の“換算ルール”が決まっていないので、いくら現場が成果を積み上げても経営層の「で、いくらもうかったのか」で話が進まなくなります。
時間削減はコスト削減そのものではありません。業務削減の結果として人が減らず残業も減らなければ、損益計算書には1円も現れません。
●「ツールを解約できた」の危うさ
AI活用の成果として、独自ツールの内製が容易になり、結果としてSaaSなどのツールを解約できた、という報告も目にしますが、こうした例も注意が必要です。
そのツールが法制度の改変に追従する必要がある領域を扱っていたり、周辺サービスとの調整コストが高かったり、セキュリティ要件がシビアだったりする場合、内製に切り替えることで対応に人員が張り付くことになります。積み上げれば、SaaSを使い続けた方が低コストだったという結論は十分にあり得ます。
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ライセンス費用は請求書として目に見えますが、内製の保守工数は誰かの残業時間に紛れて見えません。慣れたツールからのUI/UXの変化が利用者の不満を招く点も見落とされがちです。
そして、ツールを解約した先に待っているのは自前で面倒を見る仕事です。これはSaaSに限りません。利用ガイドラインの策定、ガードレールとログの整備、シャドーAI・シャドーITの検知、情報漏えい時の対応手順、社内からの問い合わせ窓口、そしてトークン従量課金という予測しづらい変動費の管理……いずれもAIを導入しなければ存在しなかった業務です。
効果測定に当たって、こうした増加分が削減分から引かれないこともしばしばあるでしょう。その場合、本来は効率化の推進役であるはずの情報システム部門が、効率化によって最も業務が増えた部署になるかもしれません。
●ボトルネックが消えたのではなく、移っただけ
もう一つは、業務のボトルネックをAIで解消したと思いきや、実は場所を変えただけだった、というケースです。
AIの登場により、メンバー層の作業速度は明らかに速くなりました。しかし、そのレビューはヒトが担っています。依頼が届くペースは上がったのに、レビューできる人数と時間は変わらない。ここも「楽にならない」の原因です。
特に悩ましいのは、メンバー層が盲目的にAIを使っているケース。依頼は早く上がってくるのですが、なぜその設計にしたのかを本人が説明できない。レビューをAIに任せるにも、AIの挙動を制御する“ガードレール”や“ハーネス”といった仕組みの整備が追いついていないため、結局ヒトが主軸から降りられません。
ここで起きているのは削減ではなく、負荷の移転です。組織全体の総工数は減っておらず、最も代替の効かないシニア層に負荷が集中している。個人の生産性で見れば改善なのに、組織のスループットで見ると悪化している。この単位のズレが「現場は速くなったと言うのに成果物が出てこない」という状況を生みます。
これは一部の現場だけの話ではありません。米Googleなどによる調査でも、生成AI導入によって生産性が一時的に低下する理由として、(1)ツール習熟の学習コスト、(2)生成コード量の増加に伴う品質検証の負担、(3)テストやレビューといったパイプラインの適応遅れ──が挙げられ、導入初期に生産性が落ち込む「J字カーブ」として整理されています。
ただし留意しておくべきなのが「効かない」と「まだ効いていない」は別だということ。J字の底で効果測定をしてそのまま撤退判断をしている組織は少なくないはずです。ただし、パイプラインの詰まりを直さない限り、時間が経っても底に留まり続けます。
「上流」と「制度」は速くならない
同様の事態は、上司部下やシニア・ジュニアの関係だけでなく、部門間や制度の問題でも起こり得ます。筆者自身の経験談にはなりますが、社内向けの管理画面を開発していた際、利用部門が4部門にまたがっていたことがあります。この4部門がそれぞれ競合するリクエストを、4部門とも「優先度高」で出してくる。取りまとめだけで時間が溶けていきました。
仕様が固まらなければヒトも動けませんし、AIも動けません。AIに優先順位を付けさせるアプローチはありますが、問題は精度ではなく受け入れです。誰かの要望が後回しになるという政治的な決定を、AIの判断だからという理由で関係部署が飲めるとは限りません。
社内の制度側も同様です。仮にAIで開発や作業が速くなっても、稟議も決裁も変更管理も、証跡の取得も監査対応も速くなるわけではありません。むしろAI生成物が増えるほど、その判断の根拠を説明する責任は重くなります。
●AIで効率化する業務が間違っている
最後は、AIを活用する対象の選定です。
AIでの効率化や業務改善・刷新を実施するからには、極端に言えば派遣社員やアルバイトの稼働を減らせるくらいのインパクトがなければ、現場に実感は生まれません。AI投資に息巻いていた経営者もがっかりするでしょう。
特に根が深いのは、ボトルネックではない工程を速くしてしまったケース。プロジェクト全体のリードタイムは最も遅い工程で決まるため、見積書の作成が3日から3時間になっても、その後の承認に2週間かかるなら顧客から見た速さはほとんど変わりません。
厄介なのは、この失敗が報告書の上では成功に見えることです。各部署が個別最適でAIを導入し、それぞれの削減時間を報告する。足し算すれば立派な数字になりますが、その合計は事業のリードタイムにも人員にも収益にも現れない。「現場は削減できたと言っているのに、経営には何も見えない」という状態の正体は、大抵がこの現象です。
●人手不足の常態化が、浮いた工数を吸っていく
一連の課題をまとめると、日本企業で起きているのは「人手不足が常態化しているため、削減できた工数が未充足の仕事に吸収されている」という見方が最も実態に近いと言えるでしょう。採用できていないポジションの仕事が、浮いた時間に静かに流れ込む。だから雇用も残業も変わらず、体感だけが「楽になっていない」になります。
ただし、冒頭で述べたような海外勢が先行し、人員削減で成功を手にしているかと言えば……必ずしもそうとは言い切れません。
英RationalFXの集計によれば、2025年にテクノロジー業界で発生したレイオフは、全世界で約24万4851人でした。うち米国が約17万人で全体の69.7%、日本は約1万1608人で4.7%程度。企業別では米Intelが3万4000人、米Amazonが1万4000人でした。なお集計は各社の公表ベースで定義に幅があるため、桁感として読むのが適切でしょう。
ただし米国では、AIが本当の理由なのかどうかが疑われています。ITmedia AI+の解説記事は、コロナ禍の過剰採用の巻き戻し(Microsoftの従業員数は15年の12万8000人から24年に22万8000人まで増えました)や税制改正による負担増、出社回帰に伴う需要の落ち着きを挙げ、生成AIの影響は限定的だと整理しています。「今のレイオフはAIがスケープゴートになっている」とする調査会社もあります。
日本で人員削減が進みにくい背景に、整理解雇に厳しい要件が求められる法制度があるのは事実です。一方で、日本でも1万人を超える削減自体は発生しています。ゼロではないにもかかわらず、それがAIと結び付けて語られることはほとんどない──要するに日本の人員削減は業績不振や事業構造改革として報じられ、AIは理由として掲げられないのです。
つまり日米の差は、AIの効果の差ではなく、AIを削減理由として掲げるインセンティブの差ではないか、という見方もできます。米国では株式市場が「AIによって筋肉質になった」という説明を評価します。“AIリストラ”は経営判断であると同時に、IR上のナラティブでもあります
一方で日本では現状、AIリストラを評価する理由が弱く、そもそも簡単にはヒトを減らせないため、掲げる動機自体がない……というわけです。「日本はAI活用が遅れているからリストラが起きない」という単純な読みは成り立ちにくいとも考えられます。
レイオフしている企業も、ROI向上はできていない?
また米Gartnerの調査では、自律型テクノロジーを導入した企業の約8割が人員削減を実施したものの、高いROIを達成している企業と成果がわずかまたはマイナスの企業とで、人員削減率にほとんど差がなかったと報告されています。
同社のアナリストは「多くの経営幹部がROIを示すためにレイオフへ走るが、この考え方には誤りがある」と述べています。顧客サービス部門では、AIを理由に人員を削減した企業の約半数が27年までに類似業務で再雇用すると予測されてもいます。
つまり先行しているように見える側でも、人員削減はROIに結び付いていないわけです。同社によれば、ROI向上に成功している企業の共通点は人を減らすことではなく、人がAIシステムを導き拡大するためのスキルとオペレーティングモデルへの投資にありました。
●「人を減らせない」日本はどうするべきか
では日本のように、そもそも人員を減らせない国はどうするべきか。筆者は「減らせないから効果が出ない」で止まらず、「減らせないからこそ、再配置の設計が唯一の回収手段になる」と考えます。
まずは導入前に現状の工数を測り、何がどれだけ変わったら成功と見なすかを経営と現場で合意すること。AIで速くする前に、その業務をやめられないかを先に判断すること。検証が安い領域から着手すること。
そして、負荷の移転先と再配置先を先に手当てしていること。メンバー層の生産性を上げるならレビュー体制の増強を同時に計画し、浮いた工数を新規事業や採用できていないポジションの穴埋めに充てると決めている──成功の十分条件ではありませんが、これらを決めずに始めた組織が後から効果を説明できているケースには、筆者はまだ出会っていません。
●成果を決めるのは「浮いた時間の行き先」
「AIを導入したけれど、楽になっていない」という声の多くは、AIが期待外れだったという話ではないように思います。効果の出口を決めないまま始めた結果、効果が測れず、他の業務に吸収され、別の担当者に移転され、新しく増えた運用業務に相殺されて消えていったという顛末です。削減できた工数をコスト削減としてだけ回収しようとすれば、組織の選択肢は縮小以外にありません。
しかし、生成AIが抱える、業務効率化の成功が省人化に至るという構造的な緊張も無視できないでしょう。筆者の見解にはなりますが、現在の生成AIブームは、17年4月に滋賀大学へ日本初のデータサイエンス学部が設置され、機械学習や深層学習の流れが民間へ広がった延長線上にもあると考えています。
しかし20年ごろ、データサイエンティストの中には「自分たちの墓を掘っているような感覚になることがある。リリースして運用に乗ってしまえば、自分の仕事は大幅に減ってしまう」とこぼす人たちがいました。いま同じ不安が、ホワイトカラー全般に広がり始めているように見えます。華やかに見える一方で、根っこのところは殺伐としているわけです。
今は全国的に「AIをとにかく使え」という話になっていて、利用料金も拡大しています。AIで爆速で事業を立ち上げ、その結果として雇用が生まれ、給与も上がった──そういう話にしていかない限り、“ジリ貧感”からは抜けられないのだろうと思います。
いま起きているのは技術の問題ではなく、効果の“出口”を経営が定義しているかどうかの問題です。浮いた時間を何に使うかが決まっていない組織で効果が乏しく見えるのは、むしろ当然のことです。そして残念ながら、その答えまではAIはまだ出してくれません。
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「空いてる号車」床面投影の実験(写真:ITmedia NEWS)27

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