
演技経験のほとんどない88歳の男性が主演の自主制作映画『米寿の伝言』が話題を呼んでいる。東京でのヒットを皮切りに全国上映がスタート。6月6日からは大阪・TOHOシネマズ、6月20日からは北海道のサツゲキでの上映が決定している。
主演は元教員の西本匡克(まさかつ)さん。娘の浩子さんが映画のプロデューサーを務め、俳優としても活躍する孫の健太朗さんと銀二郎さんが助演するなど、家族3世代で作り上げた作品だ。
物語は、発明好きの祖父が誕生日に突然亡くなり、孫と魂が入れ替わるという設定のハートフルなコメディ。この映画が作られた背景には、浩子さんの「熱い大阪の娘力」が大きく関わっている。
娘のひと言が、父の人生を動かした
若かりし頃に俳優を目指したものの、家庭の事情で断念した匡克さん。以来、教育者として人生を歩み、子や孫にも恵まれたが、ある日浩子さんは、演劇の道に進んだ孫の演技指導をする父の姿を見て「本当は演劇がやりたいんじゃないか」と気づいたという。
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「父の晴れ舞台を見たい。でも行動しなければ何も始まらない。後悔したくなかったんです」。そんな浩子さんが思わず口にしたのが「やりなよ!」のひと言だった。そして、米寿を目前にした父に舞台の主役を打診。匡克さんは「いつや?夏なら歯の治療も終わってんな」と前向きに応じたという。
稽古中の挫折、母の言葉で再び動き出す
ところが稽古が始まると、セリフが覚えられないことに自信を失い「できないから稽古行きたくない」と口にするようになった匡克さん。落胆する父の姿に「とんでもないことをしてしまったと悩みました」(浩子さん)。
だが、ここでも大阪の娘力が炸裂する。実家に役者仲間を集め、家族一丸となって読み合わせの練習を決行。その結果、「男が一回やると決めたら、やり!」という妻の言葉に背中を押され、匡克さんはセリフが言えるようになったという。
それからの匡克さんは水を得た魚のように生き生きとし、2018年大阪公演、翌年は東京公演を見事成功に導いた。
そして映画化へ…「父を主演にした映画を撮りたい」
その後、浩子さんは「父を主演にした映画を撮りたい」と再び決断。2022年にはクラウドファンディングを立ち上げ、映画『米寿の伝言』の制作が始動した。
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撮影が進む中、話題は口コミで広がり、次々と新聞やテレビに取り上げられるように。2025年5月には、池袋で2週間の劇場公開が実現。5月15日、匡克さんは88歳(米寿)の誕生日を迎えた。
言葉にできない家族愛「宝物をありがとう」
娘力が導いた父の銀幕デビュー。映画の収録後、台本の最後のページに、浩子さんはある文字を見つけた。
「宝物をありがとうって書いてあったんです。父がそんなことをするなんて驚いたし、嬉しかった…」と浩子さんは振り返る。
舞台挨拶では、得意げにジョークを交えながら話す匡克さん。「どや顔で話すんですよ。私はその顔を見ているのがものすごく好きなんです」(浩子さん)
主題歌にもこだわり 映画の余韻を残す
主題歌はシンガーソングライターkiroさんが歌う『Like a bird in a cage』。kiroさんと親交があった浩子さんは、曲を聴いたとき、「これだ!」と直感したという。作品の世界観や父への想いを表現するかのような調べに、心をつかまれた。
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現在は全国での上映を目指し、親子で各地を巡る構想も進行中。「なるべく元気なうちに父と全国を回って、88歳の今を見てもらいたい。みんなが『何か始めよう』と思えるきっかけにしてもらえたら」と浩子さんは語る。
「親がもうそろそろという私たち世代の人たちに、こう言いたいんです。親とは生きている間しか絶対に関われない。だから後悔しないように、今、親孝行を」
“米寿の伝言”ならぬ“娘の伝言”だ。
(まいどなニュース特約・おおのなおみ)