SNSで人気のドラマは本当に“良作”なのか? 大根仁監督『ハロー張りネズミ』の真価

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2017年09月30日 09:32  リアルサウンド

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 今期、もっとも楽しんだのは、TBSの金曜ドラマ(金曜夜10時)枠で放送されていた『ハロー張りネズミ』だった。


 「お節介と人情をモットーとする」七瀬五郎(瑛太)たち、あかつか探偵事務所の面々が依頼された奇妙な事件を毎回解決していくという探偵モノのドラマなのだが、毎回、工夫が凝らされていて、次はどんなことをやるのかと楽しみだった。


 全話の脚本と演出を担当したのは大根仁。近年は映画監督としての活動が多く、テレビドラマからは遠ざかっていたが、深夜ドラマ番長の異名を持ち『モテキ』を筆頭とする数々の傑作ドラマを手がけてきた大根が、深夜ドラマではなく伝統ある金曜ドラマで探偵モノのドラマを手がける。しかも全話の演出と脚本を手がけるという深夜ドラマの方法論を持ち込みつつ、万人に開かれた娯楽作品に仕上がっていたのだから毎回たまらなかった。


 金曜ドラマと言えば大根の師匠筋に当たる堤幸彦がカルト刑事ドラマ『ケイゾク』を手がけた枠。堤だけでなく山田太一、野島伸司、宮藤官九郎といった才能あるクリエイターが自由に作ることで、ドラマ史に残る傑作を生み出してきたのが金曜ドラマだ。近年は、その役割を、『逃げるは恥だが役に立つ』や『カルテット』を生み出した火10(火曜夜10時)に奪われ、かつてにくらべると存在感を失っていたが、大根が脚本と演出を一人で手がけた本作は、久々に金曜ドラマらしい作品だったと言えよう。


 ただ、こういうドラマは、今の視聴者には受け入れられにくいだろうなぁと、見ている時から思っていた。実際、視聴率も低く、SNSでもそこまで盛り上がっていなかった。


 本作は細部まで作り込まれていて、見るたびに新しい発見がある。こういうドラマはDVDなどで繰り返し見られることを前提としている。アニメの『新世紀エヴァンゲリオン』以降、テレビドラマでは『踊る大捜査線』(フジテレビ系)や『ケイゾク』を通して90年代後半以降に広がっていった作り方だ。


 この2作以降、視聴率は取れないが、録画して何度も繰り返し見る熱狂的な視聴者を生み出し、本放送終了後もレンタルや再放送で話題が再燃してDVD-BOXが売れて、その影響で、SPドラマが作られて、最後に映画化されるといった息の長い愛され方をする作品が登場するようになった。『木更津キャッツアイ』(TBS系)といった宮藤官九郎のドラマが、視聴率が低くても作られ続けたのは、ソフトを買って作品を愛好する熱狂的なファンがいたからだ。だが、こういった同じ作品を繰り返し見るようなソフト消費のされ方は、今ではあまり見受けられなくなりつつある。


 理由はやはり、視聴者がリアルタイムで一緒に楽しむというSNS消費が主流となってきたからだろう。今ヒットしているドラマは連続テレビ小説『ひよっこ』(NHK)や『やすらぎの郷』(テレビ朝日系)といった帯ドラマだ。毎日、ちょっとずつ話題を提供する作品をリアルタイムで消費できる半年の帯ドラマはSNSと相性がよく、週に一度、決まった時間に1話放送する1クール(10話)のドラマは苦戦している。そんな中で週一回のドラマでも少しずつだがSNSに対応する形で今の視聴形態に対応しようとする作品が増えている。TVer(ティーバー)などの見逃し配信もそうだが、例えば『コード・ブルー』(フジテレビ系)などは放送前から過去シリーズを再放送し、本放送中にも再放送をしていたことが、少なくない影響を与えたのではないかと思う。


 筆者もテレビを見ながらツイッターで呟くことも多く、みんなで同じものを見てコメントする楽しさはわかっているが、SNSに特化しすぎることの弊害を最近は感じる。
 SNSでの話題作りというと、多くの人々は、過激なシーンを露悪的に見せることで注目を集めようとする炎上商法的なものを想像するだろう。大ヒットした『家政婦のミタ』(日本テレビ系)や『半沢直樹』(TBS系)の盛り上がり方がそれだった。しかし、今は炎上商法的な作品は、視聴者に拒絶されてしまい、逆に見ている人が誰も傷つかない世界を展開する“優しいドラマ”が流行っている。


 厳しい世相もあって、辛い現実を見せつける作品よりも、辛い現実を遮断するためのシェルターのような作品こそが求められているのだ。極端に露悪的な作品も極端に優しい作品も視聴者の反応を伺っているようなところがあって、好きになれない。商業的な戦略としては作り手が意識するのは仕方がないことだとは思う。だが、作家性の強い映像作品を見たい立場からすると、居心地が悪い。


 『ハロー張りネズミ』が心に残ったのは、視聴者の短絡的な欲望に対して、大根が一定の距離をとって、自分が見せたい作り込んだドラマを見せてくれたからだ。こういう作品は過去の大根のドラマと同様、後世にちゃんと残り、届くべきところに最後には届く。SNSでウケることがテレビドラマの勝利条件となっているが、そこから距離をとることでしか生まれない濃密な表現というものもあるのだ。(成馬零一)


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