玉木宏の「愛してる」に見えたもの 『あなたには帰る家がある』あらわになったそれぞれの本音

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2018年05月19日 11:51  リアルサウンド

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「俺は……お前を……許す」


 人を許すということは、自分を殺すことだ。理不尽な状況を受け入れるのは、それくらい苦しみを伴う。浮気をした妻の綾子(木村多江)を殺すか、妻の浮気相手である佐藤秀明(玉木宏)を殺すか、それとも自分が死ぬか……茄子田太郎(ユースケ・サンタマリア)の導き出した答えは、自分の正義を殺してでも、生涯愛すると誓った綾子と生きることだった。その強く握りしめたこぶしは、本意ではない決断に耐えていくという新たな誓いの表れ。


 一方、娘・麗奈(桜田ひより)の心を、そして家族で過ごしてきた13年間を、どうにか守ろうと奔走してきた佐藤真弓(中谷美紀)は、秀明に別れを告げる。「パパ、私のこと愛してるって言える?」とは、真弓が自分自身にも問いかけた言葉だったのかもしれない。心から「おかえり」が言えるかどうか。その人といる空間を“家”だと思えるかどうか。生涯誓った愛は変わらないのだろうか。健やかなるときも、そしてどんなに傷ついたときでも……。


 真弓の問いに、秀明はドギマギしながら「愛してる」と答える。そして、「ママと麗奈だけが大事」と続けた。だが、このとき真弓が本当に聞きたかった言葉は今、真弓をどれだけ愛しているかだったはずだ。「一緒に暮らしていきたい」という言葉には、自分が壊してしまったものを元通りにしたい、なかったことにしたいという願望が見え隠れする。マイナスをゼロにするのではなく、プラスを思い描ける相手なのかどうか。これほど傷つけあった今でも、夫婦の誓いを交わし直したいと思えるほどの愛情が秀明の中にあるか、その覚悟を確認したかったのではないか。


 この世界には性愛から家族愛へとシフトする愛もある。「パパ」「ママ」と呼び合っても、愛を育み続ける夫婦もいる。それは、個人と個人で向き合い、尊重し合っていればこそ。秀明の場合は、自分が退屈な日々を過ごしているのを「ママのせい」だと思い込んでいた。たしかに真弓と結婚をしたことをきっかけに、秀明は好きな仕事を諦めた。だが、それはまぎれもなく秀明の意志だ。不本意だったとしても、理不尽に感じたとしても、自分が選んだ道。その決断の先に、うまくいかない日々が待っていたとしても、それは自分自身の問題だ。この修羅場を乗り越えて真弓との生活をやり直したとしても、綾子との浮気で満たそうとしていた穴は埋まることはないだろう。結婚生活の破綻の前に、秀明という個人の幸せに向き合うことを放棄していたのだから。


 「許さなくていいわ。あなたを愛していない。最初から、一度も」。綾子もまた個人の幸せを見失っていたひとりだ。小さな家の中から出ず、太郎に囲われた日々にこそ自分の幸せがあると思い込み、それが妻として、女としてのあるべき姿だと信じ込む。そして太郎もまた、休日のたびに家族を旅行につれて行き、マイホームを購入し、何不自由ない暮らしを家族に提供することこそ、夫としての役割であり愛情の形だと信じ切っていた。だが、心のどこかで気づいていたのだろう、本当はちっとも愛されていないことを。「“あなたのおかげです”って言えば満足なんでしょう?」という綾子の言葉に目を見開き絶句したのは、見たくなかった現実を突きつけられたから。「誰のおかげで……」というモラハラ発言を繰り返していたのは、愛されていない虚無感を必死に埋めようとした、太郎のもがきでもあった。


 みんな愛されたくて、幸せを感じたくて、必死に生きている。結婚をすれば愛と幸せに満ちた生活が待っているはずだというのは幻想だ。現実は、他人との違いを受け入れ、自分の幸せと相手の幸せのすり合わせをしていく難しい作業。夫はこうあるべき、妻はこうあるべき、というテンプレートをなぞれば「絵に描いたような幸せ」を演出できるが、自分で選びとった幸せだとは感じにくい。


 家族のために窮屈な日々に追いやられていると感じていた秀明と綾子。ふたりが「愛してる」の言葉を多用していたのは、自分が「愛されるべき存在なのだ」と確認したいだけだったのではないか。本当の「愛してる」は、「一緒に年をとる未来が見えた」という思い出話だったり、黙ってギュッと握るこぶしに隠れている。夫婦の幸せは、長い時間をともに過ごす中で見えてくる相手なりの「愛してる」を感じとれるかどうか。その受信感度は、自分の幸福度に比例するのかもしれない。(佐藤結衣)


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