菊地凛子演じる呉羽はなぜ魅力的だったのか 『けもなれ』が問いかけた“自分の人生を生きる”こと

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2018年12月19日 06:12  リアルサウンド

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 『獣になれない私たち』(日本テレビ系)が幕を閉じて1週間。印象的なセリフが多かった本作だが、筆者の中ではこの言葉に鐘が鳴った。


「自分以外の何者にもなれない」


 このセリフは、呉羽(菊地凛子)が自分の過去によって、夫・橘カイジ(飯尾和樹)にこれ以上迷惑をかけまいと記者会見に臨んだときのもの。呉羽は自分の直感に素直に生きる、本作においては“獣代表”ともいえる女性。人の期待に応えようとするあまり、“獣になれない”と悩む主人公・晶(新垣結衣)や恒星(松田龍平)から見ると、羨ましい存在でもある。だが、そんな呉羽であっても、バッシングからカイジとの日常を守りたいと、自らの牙や爪を黒いワンピースで隠し、世間の期待に応えようとするのだ。


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 だが、呉羽は呉羽だった。「世間を騒がせたことを反省してるんですか?」と問いかける取材陣に、「ここに、こんなカッコで、のこのこ出てきたことに反省してます」と切り返す。さらに「橘呉羽は、橘カイジの妻である前に呉羽です。これからも好きに生きようと思います、カイジと一緒に」とも。立ち去ろうとする呉羽に、「あんた、何しに来たんだ?」と問い詰める記者たちに向けて飛び出したのが「自分以外の何者にもなれないってことを、確かめに」の言葉だった。


 そんな呉羽を見て、カイジは嬉しそうな表情を浮かべ、晶と恒星も思わず頬が緩んでしまう。これでこそ自分たちが愛している呉羽だ、と言わんばかりに。いつだって本音で語り、本能で行動している呉羽が愛されキャラなのは、もしかしたら呉羽自身が自分のことを愛しているからかもしれない。自分のことを好きだ、という強さ。晶が呉羽のブランドに求めた“強そうな服”は、そんな自己肯定感の象徴だったのかもしれない。


 強そうな服を着て会社に業務改善要求を突きつけた晶と、コンサバティブな服で会見に挑み事態の収拾を図ろうとした呉羽。方向性は異なれど、外見から内面を奮い立たせて、自分の正義を守るために闘う姿に変わりはない。いつだって私たちは、自分なりの正義という爆弾を持って行動している。今日この瞬間も、どこかで小さな爆弾が落とされ、破壊と再生を繰り返しながら、どうしたら共生していけるのかを模索していく。


 その爆弾を投げた人は、ヒーローか、テロリストか。それは投げてみないとわからない。晶のように社長に吠えたとしても孤軍奮闘、誰もついてこない悲しさに打ちひしがれるかもしれない。恒星のように、一度感情に流されて手を貸したことが、ずっと自由意志を縛る鎖になるかもしれない。後悔したり、落胆したり……それでも、私たちは自分以外の何者にもなれない。どんな選択をした自分とも付き合って生きていくのだ。


 「リスクは冒したくない」と、思いを語らず、周囲の期待に応え続けていくのも、ひとつの選択肢。それで守られるものも、きっとある。だが、「それでも人に支配される人生はごめんだ」となれば、何もかもを失う覚悟で、自分なりの正義を主張するしかない。きっと「自分を殺して、本当に死んでしまう」というのは、自分自身が自分で愛せなくなること。自分以外の人生を歩めないのに、自分が自分を肯定できなければ、その人生は誰のものなのか。


 社会が進化するほど、様々なことが合理化されてきた。0から商売を始めるよりも、軌道に乗った会社に入ったほうが安定しているし、長いものには巻かれた方が何かと面倒は起きにくい。“これが幸せだ”と定義づけられたレールを走るほうが、文字通り無難だ。だが、ひとつの成功をなぞっていくだけでは満足しない人、挑戦し続けることに“自分の人生を生きている”と感じる人もいるのだ。例えば、リアルすぎてくるしくて苦いドラマを作る人がいるように。


 「そんなリスクを追うなんてバカだ」という人がいる一方で、「いいんじゃない? バカで」と笑い合える人もいる。ビールだって「飲みやすいのがでいい」という人もいるし、「もっと苦いのを味わってみたい」という人もいるのだから。もちろん「そんなの認めへん!」と大きな声を出す人もいるだろう。それぞれの正義が完全一致する日なんてない。


 だからこそ、様々な味のビールが作られるし、その中で「これは!」と自分が求めていたものと出会える喜びがある。それこそが人生の醍醐味というもの。日常は遅々として進まないように見えて、長い目で見れば確実に変化していく。誰かと共に生きても、自分の人生は自分のものであること。自分の中の正義を見失わず、誰かのためにすり減ることなく、ときには傷ついた友に肩を貸し、一緒に美味しいもので英気を養っていけたら。もっと自分を、そして誰かを“好き”だと告げる鐘の音がよく聞こえるようになるかもしれない。(佐藤結衣)


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