『翔んで埼玉』に見る“ご当地自虐映画”の意外な奥深さ 埼玉、群馬の次に標的になるのはどこだ!?

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2019年03月09日 10:31  リアルサウンド

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 大作・話題作を抑え、全国映画動員ランキング初登場1位から“埼玉”を中心にその盛り上がりが全国へと広まっている『翔んで埼玉』。ご存知の方も多いだろうが、本作は埼玉を舞台とし、その埼玉をディスりまくる“ご当地自虐映画”だ。


 魔夜峰央による同名コミックを原作に、『テルマエ・ロマエ』シリーズや『今夜、ロマンス劇場で』などの武内英樹監督がメガホンを取り、二階堂ふみとGACKTが主演を務めた、豪華絢爛なコスチューム・プレイである。本作の物語は、アメリカ帰りの高校生・麻実麗(GACKT)が、東京にある架空の超名門校・白鵬堂学院に転入し、この学院のトップである壇ノ浦百美(二階堂ふみ)と出会うことからはじまる。この世界観において東京は全国民の憧れの地であり、隣接する埼玉県は、ひどい差別を受けている。百美の口からは「埼玉県人にはそこらへんの草でも食わせておけ!」というトンデモ発言まで飛び出し、それがまかり通っている異常な世界だ。ところがじつは、麗は自身の出自を隠した“隠れ埼玉県人”。“埼玉解放”という革命を起こすべくやってきた男だったのだ。


【写真】“千葉”解放戦戦員演じた伊勢谷友介


 この設定からして常軌を逸しているとしか思えないが、同じ国民、同じ人間であるにもかかわらず差別や偏見が横行するさまは、カリカチュアライズされた現代社会だとも見て取れる。上映尺である107分間、抱腹絶倒な“埼玉ディス”のナンセンス・ギャグが飛び交うが、そこで放たれる皮肉の矢は、絶えず私たちにも向けられているのだ。主演の二人だけでなく、伊勢谷友介、京本政樹、麿赤兒といった俳優陣が、あまりにバカバカしいことを生真面目にやっていることも相まり笑いを禁じ得ないが、それと同時に、差別・偏見に立ち向かう彼らの切実さに、ふいに胸を打たれてしまう。


 それはそうといまさらだが、“ディス”とはディスリスペクトの略語だ。つまり軽蔑などを意味している。埼玉県人以外の者たちからの“ディス”は、悪口以外のなにものでもないが、埼玉県人たち自身の郷土愛は傍から見れば滑稽で、これまた自ら“ディス”を行っているようにも思える。しかしそこでアピールされる、埼玉の特産品・草加せんべいや、“埼玉県民の鳥”に指定されているシラコバトの羽と埼玉の“玉”をイメージした、誇り高き埼玉を象徴する“埼玉ポーズ”。さらには敵対する千葉県との出身著名人バトルなど、その“ディス”には翻ってリスペクト精神が見出だせるのだ。


 あるコミュニティ内では当たり前のことであっても、外から見たら特殊で、それはときに尊く、ときにまた滑稽にも見えるものは多々ある。海外でなくとも同じ日本国内でさえ、そんなある種のカルチャーショックは、あちらこちらにあるだろう。この系譜に連なる作品では、2017年にドラマ化され、直後に劇場版も公開された『お前はまだグンマを知らない』(以降『おまグン』)がある。本作も『翔んで埼玉』と同様に、コミック(井田ヒロト著)を原作とした作品で、主人公を演じる間宮祥太朗が、千葉から群馬に越してくるところから物語ははじまる。とあるコミュニティーに、外部の存在が異物として混入することで物語が起動する構造は両作とも同じだが、差別を受けていた埼玉県人の革命劇である『翔んで埼玉』に対し、『おまグン』は主人公が慣れない土地・群馬での洗礼を受け、次第にその魅力に気づいていくというものだ。つまり本作は『翔んで埼玉』と違い、物語のはじめから、舞台である群馬へのリスペクトが貫徹されている。ところが、やはりそれを第三者の視点で見ると非常に滑稽であり、“自虐的リスペクト”とも呼べる面白さがあるのだ。


 ところでご当地映画とは、ある特定の地域を主として扱った作品のことであり、これまでにもそういった作品は数多く製作されてきた。本作のように地方へのリスペクトとディスリスペクトが交差する『SR サイタマノラッパー』(埼玉)や『木更津キャッツアイ』シリーズ(千葉)、また単にご当地映画という分類では、1996年に公開された小栗康平監督作『眠る男』の製作に群馬県が関わっており、地方自治体が初めて映画作品に関与したものとして大きな話題を呼んだ。現在は、映画の撮影ロケ地への誘致や、支援をする機関であるフィルム・コミッションも存在し、この結びつきは、いわゆる町おこしや、地方の魅力再発見といったものに貢献している。今月公開の作品でいえば、鹿児島を舞台としたご当地映画『きばいやんせ!私』がそれにあたるだろう。


 さて、冒頭で述べた動員ランキングにおいて、2週目はアカデミー賞受賞作『グリーンブック』を抑えて堂々2位にとどまった『翔んで埼玉』(公開館数の違いは大きいが)。2位とはいえ、これはもう、本作の筋書きとも重なる“埼玉レボリューション”を起こしつつあるといえるのではないだろうか。“自虐”という、ある意味特殊なモチベーションに支えられている本作ではあるが、ご当地映画の新たなる活路を切り拓くことになるのか、その動向から目が離せない。観光地として名高いシカ大国・奈良や、独特な文化風習を持つ沖縄を舞台にしたものなどにもぜひ期待したいところだ。


(折田侑駿)


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