BTSはなぜ人の心を本質的に揺さぶるのかーー『BTSとARMY』著者イ・ジヘンに訊く【前編】

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2021年04月04日 12:01  リアルサウンド

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BTSはなぜ人の心を本質的に揺さぶるのか

 社会学者であり、自身もARMY(BTSのファン)であるイ・ジヘン氏が執筆した『BTSとARMY わたしたちは連帯する』が今年2月、日本で翻訳・出版された。昨年、Black Lives MatterでBTSとともに100万ドルの寄付をしたりと、社会奉仕的な活動にも意欲的なARMY。様々な人種、年齢、性別の人々が、ただBTSが好きということだけを拠りどころにして連帯し、社会に働きかけようとするのはなぜなのか。ARMYという存在を社会学的な見地から分析・考察したイ・ジヘン氏に、本書を執筆したきっかけを訊いた。(尹秀姫)


関連:イ・ジヘン氏近影


■韓国の文化がなぜ各国で受容され、拡散されたのか


ーーまずBTSを知ったきっかけとARMYになるに至った経緯を教えてください。


 2017年のことでしたが、AMA(アメリカン・ミュージック・アワード)でBTSが受賞しました。その時、客席にはたくさんのARMYがいて、「DNA」を歌うBTSに対して一糸乱れぬ声援を送っていました。それは韓国ではよく見かける場面でしたが、言語の違う人たちが一拍も遅れることなく韓国語でコールしている姿はとても不思議でした。それを見て、これはきっと1人で家で練習してできるものではないと、ある意味、組織だったものがなければあんなにも統率の取れたコールはできないと思ったんです。それがBTSとARMYに興味を持ったきっかけでした。


 その後、韓国の文化がなぜこれだけアメリカで受容され、拡散されたのか。BTSとARMYをつなぐ“ブリッジ”は何なのかについて考えていた時、いわゆる翻訳アカウントの存在を知りました。それらはBTSの曲の歌詞やインタビュー、彼らの日常を垣間見せてくれるSNSのメッセージに至るまで、大量のコンテンツのすべてを翻訳していました。今でこそ公式が英語をはじめとした各言語の字幕を用意してくれていますが、当時はまだそういった翻訳はすべてファンが自主的に行っていました。その勤勉さは驚くべきものですし、しかも彼らは責任感が強いんです。翻訳ひとつをとっても、文化的な理解がないと誤解されかねない物事について、とても慎重に訳していました。そういったファンの献身的な活動と文化的理解への慎重さに感動しましたし、またファンダムの中で起きる躍動についても非常に興味を覚えて、彼らを見守りたいと思ったのが始まりでした。


ーー先生がARMYになる前、ARMYの存在はご存知でしたか?


 私は2017年にAMAを観るまで、BTSのことを知りませんでした。なので当然、ARMYの存在も知りませんでした。これはよく誤解されることなのですが、2013年にBTSが韓国でデビューした当時、韓国人がみんな彼らのことを知っていたわけではないんです。韓国ではアイドルのファンはほとんどが10代で、私のように当時40代の人間が興味を持つ文化ではありませんでしたから。私自身、ARMYになる前は、アイドルというものは10代の若い子たちの専有文化だと思っていました。でも、面白いことに、90年代にデビューした韓国の元祖アイドルH.O.T(エイチオーティー)やSECHSKIES(ジェクスキス)のファンは、今では30代、40代になっているんですね。そのファンがBTSのおかげでまた“推す”楽しみを思い出しファンに戻ってきているんです。そのおかげもあってBTSは、特に韓国においては他に類を見ないほどファンの年齢層が幅広いですし、私もARMYになるまでこんなに多様な年齢層のファンがいるとは思いませんでした。


ーー幅広い年齢層もそうですし、男性ファンが多いのも特徴的ですよね。


 以前、ロイター通信でコンサートのチケット決済者のデータを発表したことがあるのですが、それによるとBTSの男性ファンは40%にのぼるという結果が出ました。性別、年齢、そして国籍に限りがなく、幅広いファンを持つBTSという存在は、韓国だけでなく世界的にも非常に珍しい事例なのではないかと思います。


ーー先生の書籍『BTSとARMY』ではファンダムについて社会学的観点から考察するという類のない本ですが、なぜARMYを社会学的に分析しようと思われたのでしょう?


 私は社会学者なので、今この社会がどのように変化しているかについてもともと興味がありました。先ほどお話しした通り、私もARMYになる前はファンダムというものに偏見があって、10代の女の子たちがハマるものだと思い込んでいたんです。でも自分がARMYになってみたら、ファンダムに対する社会の目があまりにも差別的だと感じたんです。韓国ではファンを「パスニ(アイドルオタク)」という蔑称で呼ぶんですよ。たしかにアイドルのファンダムには一部、よくない文化もあります。たとえば「私生(サセン・私生活まで追いかけるストーカー)」とか。でもそれはファンダム文化が未成熟だからだとは、一概には言えないと思いました。


 サッカーのファンにはフーリガンと呼ばれる人たちがいますが、フーリガンはサッカーファンの全体から見ればごく一部ですし、サッカーファンをひっくるめてフーリガンとは呼びませんよね。でも、韓国では一般的なアイドルファンを「パスニ」と呼ぶことには躊躇がないし、そのことで彼女たちを蔑視しているとすら思わない。そこには年の若い女性に対する無視、もしくは彼女たちの趣向に対する無視が社会の根底にある。つまり一種の女性嫌悪がアイドルのファンダムを見る視線に深く根ざしているんです。「若い女たちにいい音楽の何たるかがわかるはずがない」、「どうせイケメンだから好きなんだろう」といった視線は、ともすれば同じ女性たちにも作用しています。こういった社会的偏見について一度、明らかにする必要があると思っていました。


 ARMYにはあらゆる世代のファンがいるので、アイドル文化に対する誤解や社会的な偏見について検討するいい例になると思った、というのも理由のひとつです。


■BTSの魅力を一言で表現するなら「Integrity」


ーー年齢、性別、国の違いによらず、ARMYが強く連帯できる理由は何だとお考えですか?


 この質問はたびたび訊かれ、私も数年に渡って考え続けていることですが、つまりこの質問は「なぜBTSがこれほど多くの人の心を本質的に揺さぶるのか」に尽きると思います。それに対するひとつの答えが、「Integrity(インテグリティ)」です。インテグリティにはいろんなニュアンスがありますが、誠実さ、高潔さ、損なわれることのない価値、統括的、言行一致、そういった意味を持つ単語です。


 最初期のBTSは成功しているグループとは言えませんでした。2013年にデビューして、1枚目のアルバムはそんなにヒットしていません。挫折も味わったし、理不尽に攻撃されることも多かった。そういった試練や壁にぶつかると、それを乗り越えるために人は“冷笑的”になることが多いんですね。そして人を信じなくなります。でもBTSはそういった試練を経ても、自分たちの本質を曲げずに成功した。彼らがインテグリティを保ちながら成功したことを目撃したファンたちは、あるアーティストの成功物語に熱狂したというよりも、人生に対峙するひとりの人間の真摯さに胸を打たれたんだと思います。失敗や批判、他者からの攻撃やトラブルなど、あらゆる障壁を乗り越え、さらに本質を変えずに成功することは可能なんだということを、BTSは見せてくれた。


ーーBTSがなぜ10代、20代だけでなく、それ以上の世代にも愛されるのか、わかった気がします。


 10代、20代のファンはBTSが見せてくれる彼らの歩みが人生における可能性のお手本になるでしょうし、30代以上のファンは、今言ったような観点で見ている人も多いと思います。なぜなら、人生とは花道だけを行くことはできないということを知っているから。そして人生では、実は何が起きるかよりも、それに対峙する自分自身がもっとも重要だということも知っています。そんなふうに、人生に特別な期待を抱かなくなった我々ですら、自身の運命と人生に対峙するBTSの真摯な態度には感銘を受けますし、尊敬もしています。


■ARMYはARMYになる前から“この世界に存在する”一人の人間


ーーそのせいか、ARMYは社会奉仕活動にも熱心なように思います。


 それはBTSがARMYにとって信頼の対象になっているからだと考えます。たとえば教会で、もしくは学校で寄付を募っているから、もしくは家族が寄付するから自分もそうするというように、社会奉仕というものは自分が信じる対象がやっているから自分もやろうと思うし、そうやって伝播していくものですよね。ファンダムの中で寄付が広がる理由は、ファンダムに信頼、連帯感があるから。それこそ教会に寄付をするのと同じで、そこに危機感や不信感はありません。


 もうひとつは、今やBTSがメインストリームではない人々、言語的・文化的マイノリティを象徴するようになっている、ということがあります。BTSはもともと韓国では主流とは言えない小さな事務所からデビューしています。メインストリームから外れた人間が世界に打って出たことで、多くの人に希望を与える存在になり、そういった少数の人たちに「自分たちでも成功できる」ということを見せてくれた。それは、彼らにとっては世界が180度変わったようなものです。そういったいい影響をBTSから受けたファンダムは、自分たちもBTSからもらったものを少しずつ周囲に広げていけば、少しは世界がよくなっていくのではないかと考えた。そのためにできる第一歩が、少額でもいいから寄付をすることだと考えて、自主的に寄付活動を始めたのではないかと思います。


ーーARMYが他のファンダムと比べて連帯感が強い理由は、BTSに対する信頼の強さにあるということでしょうか。


 ARMYという集団は急にどこかから現れたわけではなく、BTSがいたから誕生したファンダムだし、BTSが提示する価値観に共感して集まったコミュニティです。つまりその連帯感は、BTSへの信頼度に正比例すると考えられます。なので、ARMYは連帯感を持って奉仕活動をしたり、社会的に影響が与えられるのだと思います。


ーーBTSを語る上でARMYは外せない存在ですが、先生はこのBTSとARMYの関係性についてはどうお考えですか?


 ARMYはARMYになる前からこの世界に存在する人間です。それぞれの経験と社会的背景、人種的背景を持った人たちです。そういった多様なバックグラウンドを持つ人々がなぜBTSに惹かれて集まったのかについてこそ論議すべきだと思います。あえて言うなら、特に文化的にも距離的にも遠い場所でBTSのファンになった人たちは、文化的に寛容な人たちだと思います。自分と異なるものを受け入れ、認めて、そこに美を見出せる、文化的な視覚が開かれた人であり、そういった寛容さを兼ね備えていると思います。それは感情的な知能の高さゆえだと私は考えています。感情的な知能、つまりEQの高い人というのはいいものを素早くキャッチして、それを把握して、その影響を自分のものにすることができる。そして先ほどもお話ししたように、世界の変化の可能性を信じる人たち、こういった人たちがARMYを形作っているのではないかと考えます。


<インタビューは後半へ続く(後半:https://realsound.jp/book/2021/04/post-734822.html)>


(取材・文=尹秀姫)


このニュースに関するつぶやき

  • 以前にも呟いたと思うが、こちとらそれなりに世界と繋がっていてね。ARMYだって奴、なかなか出会えないんだけどwww
    • イイネ!9
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