若くして子宮を摘出した20代の女性、乳房を失って結婚を躊躇(ちゅうちょ)する未婚女性、幼い子どもを残して世を去る若い母親……。乳がんや子宮がん、卵巣がんなど女性特有のがんは、女性としての生き方を根底からゆさぶってしまう。
「結婚、妊娠、出産という未来図が、ある日がらがらと崩れてしまうんです」
そう語るのは、30代で子宮頸がんと子宮体がんに罹患(りかん)した女優の原千晶さん(47歳)。10年前には婦人科がんの患者会「よつばの会」を立ち上げた。原さんは、会を通して患者どうしの交流や情報の提供を行うほか、がん予防や検診の普及などの活動を続けている。
来年2022年4月からは、国による子宮頸がんワクチンの積極的勧奨が、8年半ぶりに再開される。「これを機に“がん”を自分ごととして考えてほしい」と話す原さんに、女性のがんが招くリアルな悩みと、自分の未来と命を守る大切さについて聞いた。
結婚を前に子宮全摘「彼との赤ちゃんをもう産めない」
原さんは、2005年、30歳のときに子宮頸がんが発覚。子宮の全摘出を勧められるが、医師と両親の反対を振り切って子宮の温存をのぞみ、子宮頸がんの病変部のみを切除する子宮頸部円錐切除の手術を受ける。ところが、まもなく術後5年になるという冬、子宮体がんと診断され、子宮を全摘出。“母になる”という未来を失う。このとき原さんは、当時交際中のパートナーだった夫と、お互いに結婚を考えていた。
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「医師に子宮の全摘出が必要だといわれ、“ああ、どうしよう! これから結婚しようと思っているのに、彼の子どもを産めなくなってしまう”と、ただただ申し訳ない思いでいっぱいでした。
そして医師から、“性交渉も難しくなる。これまで多くのカップルを見てきて、はっきりいうが、そこを理解してもらえないようなら、ともに闘病生活を送るのはやめたほうがいい”と言われてしまったんです」(原さん、以下同)
厳しい事実をつきつけられた原さんは、ショックを受けながらも、パートナーにすべてを話す。すると彼は、「そんなこといっている場合じゃない。結婚はそんなものじゃない。病気もひとりで抱えないで、2人で背負っていくんだ」と、涙を流しながら答えてくれた。抗がん剤治療を終えた2010年の秋に結婚。原さんは、夫には感謝しかないという。
「私の場合は、たまたまパートナーに理解してもらえましたし、患者会でも、“性生活はなくても、手をつないで寝ています”という方や、“夫婦の絆が深まった”という方も多いです。でも一方で離婚した方もいますし、夫に理解してもらえないと悩む方もいます」
原さん自身も、最初に子宮頸がんがわかったときにつきあっていた彼とは、うまくいかなくなったという経験を持つ。
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「具合が悪いと訴えても、“オレに言われてもわからない。病院に行けよ”と突き放されたりしました。病気になった私が鬱陶しいのだと感じ、ひどく傷つきました」
“がんの女なんてムリ”心ない言葉に号泣
原さんも経験したように、恋愛や結婚に切実な悩みをもたらす女性のがん。なかでも、乳がんと子宮頸がんは、近年20代、30代の患者が増えている。一般に多くのがんは、加齢が大きな危険因子のひとつであり、患者数は50代、60代から増加傾向になる。
ところが、乳がんや子宮頸がんは50歳未満での発症が多く、結婚、子育て、仕事を直撃する。また、国立がん研究センターなどによる報告では、20〜39歳では、がん患者の約8割を女性が占めていた。それは子宮頸がんと乳がんの増加が主な原因だと考えられている。
(※国立がん研究センター・国立成育医療研究センター「院内がん登録 小児・AYA世代がん集計について〜がん診療連携拠点病院等院内がん登録2016-2017年小児AYA集計報告」より)
「よつばの会」の会員であるYさん(30歳)は、8年前、22歳のときに初期の子宮頸がんが見つかり、子宮頸部円錐切除術を受けた。彼女も、恋愛でつらい思いをしてきた。Yさんが24歳のとき、がんのことはいわずに交際していた彼がいた。そろそろ話をできる関係になったかと思い、がんで手術を受けたことを打ち明けると、“そんなの関係ないよ”との答えが返ってきた。ところが、あとで友人から、彼が陰では“がんの女なんて、ムリじゃね?”と言っていたという事実を聞かされたという。
原さんはこの話を、Yさん本人から「よつばの会」の集まりで聞いた。
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「Yさんは、ぽろぽろと涙を流しながら話してくれました。私もわかります。だれだって、健康できれいな女性として男性に愛されたい。病気のことで嫌われたくない。私も自分の病気を受け入れられず、病院から足が遠のいてしまった時期もありました」
原さんは、病気に向き合うためにはやはり「支えてくれる人が必要」だという。「ひとりで抱え込まず、パートナーや夫、家族や友人でも、自分の状況や悩みを伝えることが大事。患者会に参加すれば思いをわかちあえる仲間がいます。私も人に甘えることは不得手でしたが、“人に頼っちゃってもいいんだ”と思えたらラクになりました」
心ない言葉に傷ついてきた前出のYさんも、のちによき伴侶を得た。難しいといわれていた妊娠、出産を乗り越え、30歳のいまは1歳3か月の女の子のママだ。自分の経験が、がんに悩む女性の参考になればとブログもはじめた。Yさんの活動を夫は「えらいね」「いいことだよ」と応援してくれている。
人知れず抱く「もとの身体には戻れない」という悩み
婦人科がんの治療では、外見の変化にも悩まされる。乳がんで乳房を失い、大きな喪失感に襲われる人は多い。また、抗がん剤による脱毛は、まだまだ避けられない。
その一方で、見た目でわからない後遺症や治療の副作用を、まわりに理解してもらえずに悩むケースも、実は多い。例えばがん周辺のリンパ節を切除した場合は、リンパ浮腫にならないよう生涯にわたって注意が必要だ。リンパ節を切除するとリンパ液の流れが滞り、浮腫(=むくみ)が生じやすくなる。乳がんなら腕など上半身の、子宮がんや卵巣がんでは足や下腹部など下半身が、ひどくむくんでしまうことがあるのだ。
「リンパ浮腫は歩行が困難になったり、重症感染症などでときには命にもかかわります。発症を防ぐには、誘因となるケガや虫刺され、過度の疲労などに気をつけなくてはいけません。2年以内の発症が多いといわれますが、『よつばの会』の患者さんで、術後10年後に突然発症し、片方の足がひどくむくんでしまった方がいます。患者会で“10年たっても油断しないで”と話してくれました」
その他、手術の後遺症で排尿障害が起こることもある。なかには自己導尿が長く必要になる人もいて、鏡を見ながらカテーテルを尿道から挿入して尿を出さなくてはならず、尿意が乏しくなって時間を決めて排尿する場合もある。
また、術後のホルモン治療や分子標的薬による維持療法などは、数年間と長期にわたることが多い。いずれも脱毛にまで至らなくても一定の副作用はあり、倦怠感や食欲不振などに悩まされ続ける人も少なくない。
「患者会でよく話に出るのは、“もとの身体には戻れない”ということ。でも、はた目には元気に見えるし、“手術をして、もう治ったんでしょ”と、悩みを理解されないことも。私も以前は、悪いところを取りさえすれば元の生活に戻れると思っていましたが、現実は違ったんです」
「マザーキラー」とも呼ばれる子宮頸がん
婦人科がんのなかでも、20代、30代で増加している子宮頸がんは、子育て真っ最中の若い母親が罹患することも多いことが特徴だ。子どもを残して亡くなる患者も少なくないことから“マザーキラー”と呼ばれることもある。
原さんも「若いお母さんが亡くなるのはやりきれない」と話す。原さんがよく知るある女性は、子宮頸がんがわかったのが36歳のとき。ふたりの娘は3歳と1歳だった。不正出血(月経時以外に女性器から出血があること)はあったが育児に追われて受診が遅れ、診断時はすでにステージIV。リンパ節と骨にも転移していた。すぐに抗がん剤治療を始めたが、告知から1年半、幼い姉妹を残して亡くなった。
また、別の患者さんは、子宮頸がんを抱えながら出産を果たしたが、産まれた子どもの肺にがんが見つかってしまう。そのがんを解析した結果、原因は母親の羊水にあったがん細胞を、赤ちゃんが産声を上げたときに吸い込んだことだと考えられた。日本でもまだ他に1例しか確認されていない珍しい症例だった。彼女は手術、薬物治療と、子どもの治療に奔走する。最終的に最新の免疫療法であるオプジーボが功を奏し、子どものがんは消失したが、ほどなく彼女は自身のがんが悪化して世を去った。
「なによりも楽しみであったはずの子どもの成長を見ることなく旅立ってしまい、どんなに無念だったか。こんなに悲しいことはあってはいけない、何とか防げないかという思いを強くしました」
日本では婦人科がん検診の受診率はなかなか向上せず、患者数、死亡者数も増え続けている。その背景には、婦人科がんに対する圧倒的な認識不足があると、原さんは語る。
「私自身も、患者会のみなさんの多くもそうでしたが、婦人科がんになると自分の身にどんなことが起こるのかを知らなかったし考えもしなかった。それでは、予防や検診がいかに重要かも実感できないと思うんです」
子宮頸がんは婦人科がんで唯一ワクチンで予防できるがん
原さんは、がんの予防や検診の普及活動に長く携わってきたが、とくに注目してきたのが子宮頸がんワクチンだ。子宮頸がんの95%はヒトパピローマウイルス(HPV)の感染が原因であり、HPVワクチンの接種が予防に有効だとされる。「子宮頸がんは、婦人科がんのなかでは唯一予防が可能ながんなんです」
HPVワクチンは、日本では2013年から予防接種法による定期接種の対象になっており、小学校6年生から高校1年生の間は無償で受けられる。ところが、接種した少女たちから、疼痛や歩行障害、記憶障害などの訴えが相次ぎ、テレビでその映像が繰り返し放送されるなどメディアが大きく取り上げた。その結果、厚生労働省は2か月後に積極的な接種の呼びかけを中止。7割ほどだった接種率は大きく低下し、現在も1%ほどだ。
積極的勧奨中止から8年あまり、接種を続けた諸外国の多くが子宮頸がんの罹患率、死亡率が減少傾向にある一方、日本では上昇傾向にある。そのなかで国は、HPVワクチンの安全性が確認できるエビデンスが蓄積されてきたとし、ようやく2021年秋に、積極的勧奨を来年4月から再開することを決めた。HPVワクチンについて、原さんとも交流がある宮城悦子医師(横浜市立大学医学部産婦人科学教室教授)に話を聞いた。
「HPVワクチンは、海外での大規模な臨床試験の結果、がんに進みやすい状態である中等度異形度以上の病変を70%予防する効果が証明され、その後の海外からの報告から、すでにある程度進行した浸潤子宮頸がんの減少も報告されています。
また、日本ではHPVワクチンの副作用が大きく取り上げられましたが、接種の有無にかかわらず、同様の症状の発生頻度に差はないことが、日本人を対象にした国内の調査で明らかになっています」
さらに宮城医師が強調するのは、ワクチンの予防効果は100%ではなく、「併せて早期発見のためには定期的な検診も欠かせない」ということだ。乳がんについても検診が第一。また自治体で検診が行われていない子宮体がんや卵巣がんについても、不正出血や下腹部痛など少しでも異変を感じたら、ためらわずに婦人科を受診してほしいという。
「私はがん治療医として、大切なお嬢さんをがんで亡くされた親御さんの悲しみと無念を目の当たりにしてきました。ぜひ、親御さんと娘さんで、まずワクチンに対する正しい知識を持って、接種について話し合う機会をもっていただきたいと思います」
原さんによると、患者さんの状況はそれぞれに違っても、だれしもが口にするのが、“もっと早く病院に行けばよかった”という言葉だという。「忙しかった」「つい後回しにした」、そこに落とし穴があった。
「サインがあったらすぐに受診することはもちろんですが、もっと大切なのが、症状がないうちに行動すること。コロナ禍での検診控えも問題になっていますが、がん検診は不要不急の用ではありません。ぜひワクチン接種やがん検診の機会を逃さず、安心を手に入れてください。そしてご自身と家族の未来を、何よりも命を、守ってほしいと願っています」(原さん)
(取材・文/志賀桂子)
《PROFILE》
しが・けいこ/フリーライター、エディター。健康情報誌を中心に20余年にわたり、医療、健康関連記事の取材、執筆に従事。主に認知症、がん、生活習慣病などをテーマに、医療従事者および患者のインタビューを数多く手がける。最近では『安心な認知症』(主婦と生活社)の編集・執筆に携わる。
初出:Webメディア『fumufumu news』(主婦と生活社)