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「再開発」が岐路に立たされている。3月11日、東京都中野区は「中野サンプラザ」再開発の新しい計画プランを認めないことを発表。これにより、中野サンプラザの再開発は事実上「白紙」になった。
同施設は老朽化にともなって再開発が決定され、2021年に中野区と野村不動産などの間で協定を締結した。2023年には工事を担当する施工者が清水建設に決まったものの、当初計画よりも工事費が900億円も増加することが判明した。そこで、コストの回収性を高めた修正案を野村不動産が提出していたが、それが却下され、計画が頓挫した形だ。
近年、こうした「再開発計画の白紙化や中断」が目立ってきている。3月27日には高輪ゲートウェイにJR東日本による「高輪ゲートウェイシティ」が誕生し、大規模再開発は各所で進んでいるが、同時に「頓挫する再開発」も生まれているのだ。
では、どうしてこれらの計画は頓挫してしまうのか。そして、そんな時代の再開発の姿はどのようであるべきなのか。具体的な事例を参照しながら考えたい。
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●建築資材や人件費の高騰で工事が中止に
中野サンプラザの件に限って言えば、その計画が頓挫した大きな理由は「建設費の上振れ」だ。より詳細に見ていくと、そこには建築資材と人件費の高騰という2つの要因がある。
日本建設業連合会が毎年出している資料に、その詳細が書かれている。
同資料によれば、2021年から2025年にかけて建築資材は約34%も値上がりをしている。世界中で原材料や原油などのエネルギーが不足していることが背景にあると考えられている。2021年に発生した世界的な木材不足である「ウッドショック」の余波がまだ続いていることや、鉄鉱石の不足から起こった「アイアンショック」、さらにウクライナ情勢の悪化による物流網の混乱に加え、日本特有の事情として円安が重なっている。
また、人件費高騰の影響も大きい。
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そもそも賃金水準が低いために、人手不足に悩まされていた建築業界。これを問題とした政府は業界の賃上げ方針を打ち立て、公共事業を行う建設労働者の賃金単価である「労務単価」は2021年から22.9%引き上げられている。
工事の中で材料費の割合が50〜60%、人件費が30%だと仮定した場合、これらを総合して考えると、この4年ほどで全建設コストが24〜27%も上昇した計算になる。インフレが叫ばれている日本であるが、この数値は物価上昇指数よりも高い。
●広がる「選別受注」の影響は
実はこうした建設費の上昇は、思わぬ副産物を生み出している。それが「選別受注」だ。
簡単に言えば、建設会社側が請け負う案件を選択して受注することである。受注する側が、建設費の上昇に耐えられるような発注者やリスクが少ない安全な工事を選ぶようになっている。今後が不透明な状況が続いているため、より安定して利益を上げられる工事を選択しているのだ。
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この背景には、AIなどの需要増加によるデータセンターの相次ぐ建設や、半導体工場の建設ラッシュもある。日経ビジネスの報道によると、鹿島建設は原発やデータセンターなどの大型工事を受注し、大林組も製薬や自動車関連などの工場案件の受注を増やしたという。比較的構造が簡単で納期が早いデータセンターや、価格転嫁をしやすい工場などを選別するようになっていることが見て取れる。
筆者がある事業者から聞いた話では、建設会社の発言力が高まっており、デベロッパーとのすり合わせがうまくいかないケースが増えているという。
そこで思い出すのが、新宿西南口再開発だ。
京王電鉄は、2028年に工事完了を見込んでいた新宿駅西南口の再開発について、建設完了時期を「未定」とすることを発表した。建物を施工する建設会社が、いまだに決まっていないためだ。つまり、少なくとも現時点では、建設各社の「選別受注」で選ばれなかった案件だということになる。新宿駅前という人通りが多い場所で、工事の難易度が高いことなどが敬遠された理由だと言われているが、最悪の場合、建設業者が決まらないまま、新宿駅前に巨大な空き地が残る可能性もある。
●PFI方式も、再開発の頓挫を加速させる
こうした再開発の頓挫がさらに加速する要因になり得ると筆者が思っているのが、PFI方式の普及だ。
PFI方式とは、簡単に言うと公共事業を民間の資本を使って進める手法だ。民間事業者が建設・運営にも関与し、事業として利益を上げることを前提とした仕組みであり、自治体の財政難などにより近年注目が高まっている。しかし、民間企業はどうしても事業収益性を考えざるを得ないため、採算が合わない案件に手を出さなくなるデメリットもある。
この例として挙げられるのが、国立劇場だ。大きな再開発案件に隠れて意外と知られていないが、国立劇場も現在、その建て替え工事がストップしている。
日本の伝統芸能の中心として長く公演を続けてきた同劇場は、2023年10月に施設の老朽化の影響などから一時閉鎖。その後、建て替えも含めたリニューアル工事を行う予定だったが、いまだにその請負業者が決まっていない。二度の入札を行ったが、一度目はどの事業者も手を挙げず、二度目は応募した事業者はあったものの辞退してしまった。要するに、建物だけ閉館して、そのままの状態になっているということだ。
すでに説明したような建築費の高騰に加え、「半蔵門」という立地で伝統芸能を主にした公演では事業の採算が取れないと判断されたことも大きいだろう。
事業収益性を第一に考えるPFI方式が裏目に出てしまっているといえる事例だ。
それぞれ個々の事情は違うが、建設費の高騰や建設業者の選別受注、さらにPFI方式の普及などによって、一度決まった計画が頓挫してしまう例が増えているのである。
●頓挫した工事、今後どうするべき?
では、このようにして再開発が頓挫した場合、どのように対処するのが望ましいのだろうか。私は、それには主に2つの方法があると考えている。
まず考えられるのは、施設の「再利用」だ。これで思い出すのは、五反田にあるTOCビルである。同ビルは2024年3月に一度閉館したものの、建築費高騰などにより再開発の計画がストップ。同年9月に営業を再開した。一度入居していたテナントがすべて撤退していたこともあって、一時は大混乱となったが、結果的に今でもかつてと変わらない姿で営業を続けている。
多くの再開発は「施設の老朽化」が建て替えの理由となっているが、物件によっては適宜改修・補修を続けながら使用することが可能な場合もある。そのため、今後はTOCビルのような例も増えてくるかもしれない。
そもそも、地球環境に対する配慮が叫ばれている昨今、解体して建て替えるという大規模でCO2排出量も多くなる選択肢より、小規模な改修を行いながら、既存の建物を活用することは、長期的な視点でも有用だろう。
また、「緑地化」という選択肢もあるだろう。少なくとも東京では実現例がそれほどないものの、有効な手段であると考えられる。
解体費はかかるものの、巨大なビルを建てるよりも圧倒的に建設費を抑えやすい。言うまでもなく、緑地が増えることは、周辺住民や近くで働く人、観光客などの精神的な満足度を高める。
緑地化に関しては、「採算が取れないのではないか」という反応もあるだろう。もちろん、通常のように高いビルを建ててテナントを入れて収益を上げていくモデルの方が、手っ取り早く収益を上げることができるため、民間の開発であれば明らかに好まれるはずだ。
一方で、こんな研究もある。ニューヨーク州立大学の研究チームによれば、東京も含めた人口過密状態にある世界の10の巨大都市では、緑を増やすことで、大気汚染の減少や雨水の浄化、CO2排出量の削減などにより、年間5億500万ドルもの利益が出る可能性があるという。「グリーン経済」とも呼ばれる考え方だが、長期的に見れば高層ビルを作るよりも、適切に緑地帯を整備した方が経済コストという観点で見ても優れている可能性があるのだ。
大阪駅前に誕生した「グラングリーン大阪」に併設された「うめきた公園」は、こうした考え方の下で作られており、大阪駅前という一等地に巨大な緑地帯が整備された。デベロッパーからは当初、実現不可能だと言われていたが、韓国のチョンゲチョンやニューヨークのブライアントパークなど都市の緑地帯の事例を参考に、実現に至った。同公園オープンに先立って日本政策投資銀行と都市再生機構が行った試算によれば、グラングリーン大阪による大阪府への経済波及効果は、年間で639億円だという。
「緑地帯」というと、どうしても「稼げない」というイメージがあって敬遠されがちだったが、うめきた公園のような例も出てきている。大規模施設の建築の将来性が見込みづらい今こそ、こうした「緑地帯を作る」発想を広げていっても良いのではないだろうか。
●人口減少時代の再開発のあり方は
ここで挙げた方法は、まだまだ実現するには難しい部分も多いだろう。しかし、「再開発」から「再利用」、そして「緑地化」へという流れは、人口減少が今後も進み「人より建物が多い」状態が早晩訪れるであろう日本の中で、そろそろ模索されてもいい選択肢であると感じる。
各地で建設がストップしている状況は、一見すれば悲劇的で解決が難しいものと思えるかもしれない。しかし、少し視点を変えてみれば、むしろ日本の都市がより良くなるきっかけを秘めている可能性もある。
いずれにしても、現在ストップしているそれぞれの開発事案が、多くの人の納得のいく結末を迎えることを願いたい。
(谷頭和希、都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家)
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