ベッキー10年ぶりの『イッテQ』復帰に賛否…“自粛の時効”が伸び続けるワケ。昭和は数週間で復帰、令和は“年単位”に

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2026年10月01日 09:21  日刊SPA!

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2016年、スキャンダルについて会見に臨むベッキー ©産経新聞
 9月27日放送の『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)に、ベッキーがサプライズ出演し、波紋を呼んでいる。
 この日は2時間スペシャル。出演者がタスキをつなぎながら世界遺産を巡る「世界遺産駅伝」の企画で、イタリアを訪れた内村光良が宮川大輔と合流すると、「マグネット仮面」を名乗る覆面姿の人物が現れた。その正体がベッキーだった。内村とは「完全に10年ぶり」の共演だと明かすと、内村も放送前は眠れず、いろいろと考えを巡らせていたことを打ち明けた。

◆賛否両論の電撃復帰

 ロケ後の食事の席では、宮川から久々の出演の感想を問われ、感極まって涙を流す場面も。宮川と内村が、自身の番組復帰をずっと諦めずにいてくれたことにも触れ、周囲への感謝を口にした。宮川もまた涙を見せ、“イッテQファミリー”の再会は多くの視聴者の胸を打った。放送後、ベッキーは自身のInstagramで《関わってくださった全てのみなさまに心から感謝しております。ただただ、ありがたい時間でした》とつづっている。

 ベッキーは2007年の番組開始時からのレギュラーメンバー。だが2016年1月、『週刊文春』で川谷絵音との不倫が報じられ、休業とともに番組を離れた。今回は実に約10年ぶりの“帰還”となる。

 ネット上では「おかえり」と歓迎する声がある一方、やや批判的な反応も少なくない。10年という歳月を経てもなお、拒否反応は消えていなかったわけだ。

◆久米宏、森本毅郎、ビートたけしは…

 では、芸能界における“不祥事の時効”とは、いったい何年なのか。過去の事例をひもとくと、意外な事実が浮かび上がる。昭和の自粛期間は、驚くほど短かったのだ。

 まずはニュースキャスターの久米宏。すでにTBSアナを辞めてフリーとして活躍していた1981年当時、すでに家庭を持っていたが、不倫相手の女性が久米に妻との離婚を迫り、自殺未遂を図ったのだ。女性の命に別状はなかったものの、黒柳徹子と司会を務めていた『ザ・ベストテン』(TBS系)を、3週間休んだ。わずか3週間である。復帰した9月17日の放送は、その動向に注目が集まったこともあり、番組史上最高の視聴率41.9%(ビデオリサーチ調べ、関東)を記録したという。

『噂の!東京マガジン』(TBS系)の司会で知られたキャスター森本毅郎も、1988年にテレビ局職員との不倫をスクープされた。このときは1か月の謹慎に伴い、打倒『ニュースステーション』をめざして始まった『JNNニュース22プライムタイム』(同系)のキャスターをしばらく休演している。結局同番組は1年で終了。それでも翌年には『東京マガジン』がスタートしている。

 ビートたけしのケースはどうか。1986年、自身のプライベートへの行き過ぎた取材に腹を立て、軍団のメンバーとともに『FRIDAY』編集部を襲撃。翌年、懲役6か月、執行猶予2年の判決が下された。判決確定まで各局は出演を見合わせ、打ち切りとなった番組もあったが、謹慎期間は約8か月だった。

◆『全員集合』放送開始1年で加藤茶が…

 逮捕からの復帰という点では、稲垣吾郎も約5か月だった。2001年8月、駐車違反の取り締まり中だった警察官に免許の提示を求められた際、車を発進させようとしたとして、道路交通法違反と公務執行妨害の疑いで現行犯逮捕。翌2002年1月14日、生放送の『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)で涙の復帰を果たし、番組への注目度はかえって高まった。

 さかのぼって1970年7月1日、加藤茶が、わき見運転で対向車と正面衝突する事故を起こしている。同乗していた交際中の女性タレントは重傷を負ったとされ、『8時だョ!全員集合』を放送しているTBSには彼の復帰を望む声から番組打ち切りを求める声まで、電話と投書が殺到した。

 それでも7月11日、いかりや長介は入院中でケガも癒えていない加藤を舞台に上げ、コントに参加させた。そのとき、客席からは拍手と声援が送られたという。本格復帰したのは事故を起こしてからわずか1か月後だった。

 注目すべきは、『全員集合』がこの時点でスタートからわずか1年足らずだったことだ。もし当時SNSがあり、批判がリアルタイムで可視化されていたら、打ち切りの判断が下されていたかもしれない。その後16年にわたって続き、今も語り継がれる国民的番組は、存在しなかった可能性すらある。

 仮に番組が打ち切られた“もうひとつの世界”があったとしたら、その後の笑いの歴史は大きく変わっていただろう。当時の視聴者の寛容さが、結果的に国民的番組を守ったともいえる。あの事故から56年、今の基準で当時の判断を裁くのは簡単だが、それで失われたかもしれないものの大きさにも目を向けるべきだろう。

◆群を抜く横山やすしの破天荒さ

 破天荒さで群を抜くのが横山やすしだ。1966年に西川きよしとコンビを結成し、1970年に第5回上方漫才大賞新人賞を受賞。ところが同年末、無免許のまま車両の接触事故を起こし、相手を殴りつける事件でレギュラー番組をすべて降板。執行猶予が明ける1973年まで謹慎した。つまり傷害事件を起こしながら、わずか3年の禊だ。そして復帰後、73年から、相方・西川きよしと司会を務めた『プロポーズ大作戦』(朝日放送)で人気は再燃する。

 その後もタクシー運転手への暴言で告訴され、生放送の『久米宏のTVスクランブル』(日本テレビ系)では飲酒出演や無断欠席の末に降板。これだけ騒動を重ねても、吉本興業がついに解雇に踏み切ったのは、1989年のことだった。1996年1月、アルコール性肝硬変でこの世を去っている。

 現在のコンプライアンス基準なら、1970年の事件の時点で完全にアウトだろう。

 翻って令和はどうか。2020年6月、アンジャッシュ渡部建は複数女性との不倫が報じられ、無期限の活動自粛に入った。テレビ復帰は2022年2月の『白黒アンジャッシュ』(千葉テレビ)で、約1年8か月を要している。ただ、ここでいう「復帰」は、以前の仕事やイメージを取り戻したことと同じではない。渡部が最初に戻ったのは、相方の児嶋一哉と続けてきた地元局の冠番組。芸能活動を再開できても、全国放送の番組にはいまだに受け入れられていない。

◆ベッキーの復帰が10年かかったワケ

 そしてベッキーの場合、芸能活動自体は2016年のうちに再開していたものの、古巣への帰還には10年という長い歳月がかかったことになる。

 昭和の「数週間、数か月」から、令和の「年単位」へ。自粛期間が長期化した背景には、ネットの存在が大きい。かつては局に届く電話や投書でしか見えなかった批判が、今はSNSでリアルタイムに可視化され、拡散される。変わったのは批判の“見え方”にすぎない。

 それでもスポンサーへの配慮もあり、テレビ局は目に見える声に過敏に反応し、起用の判断を先送りし続けてきた。

 その結果、謝罪を終え、別の場所で活動を続けていても、“古巣”への復帰となると再び批判が噴き出す。今回のベッキーをめぐる賛否は、まさにその構図を映し出している。

 もちろん、不倫が当事者を深く傷つける行為であることに変わりはない。ただ、10年たっても過去を蒸し返されるなら、再起の道はどこにあるのか。玉虫色の対応を続けるテレビ局も含め、業界全体が向き合うべき問いだろう。

 “時効”を決めきれずにいるのは、世間ではなく、実はテレビ局のほうなのかもしれない。

<TEXT/川瀬孝雄>

【川瀬孝雄】
テレビ業界に身を置く傍ら、フリーライターとして芸能・テレビ番組を中心にコラムや分析記事を執筆。テレビ番組のトレンドやドラマの傾向、芸能人の動向などを独自の視点で読み解き、ニュースサイトを中心に寄稿している。

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