3連覇に貢献した石川亮[写真=北野正樹]◆ 猛牛ストーリー【第95回:石川亮】
リーグ3連覇を果たし、2年連続の日本一を目指すオリックス。監督、コーチ、選手、スタッフらの思いを、「猛牛ストーリー」として随時紹介していきます。
第95回は、昨年のオフに日本ハムから移籍してきた石川亮捕手(28)。1995年生まれ、高校卒業後同年入団の森友哉、若月健矢に続く「第3の捕手」ですが、ベンチでは誰よりも声を出し、味方の安打を誰よりも喜び、先頭に立って選手を出迎えるなど、声と姿でチームの雰囲気を変えるムードメーカー的存在です。
移籍して分かったオリックスの強さの秘密は、中嶋聡監督を中心とした首脳陣の「バランスの良さと一体感」だといいます。
◆ 「コーチ一人ひとりの存在がでかい」
「僕が生意気に言うことではありませんが、コーチ陣のバランスがメチャクチャ取れていて、監督を軸にみんな同じ方向を向いているので一体感が出ます。だから強いんです」
石川が言葉を選びながら語ってくれた、オリックスの強さの一端だ。
中嶋聡監督とは、日本ハム時代に指導者(兼任コーチ)と選手の間柄で、小谷野栄一打撃コーチとも日本ハムで面識がある。
首脳陣の雰囲気が良いのは相手ベンチにいても分かってはいたが、「やっぱり、中に入らないとどういう人なのかは分かりませんから」と石川。
「ヘッド(水本勝己ヘッドコーチ)の存在がめちゃくちゃでかいと思います。監督もヘッドがいないと多分、ダメだと思います(笑)。でも、ヘッドだけでなく、コーチ一人ひとりの存在がでかいです。俊雄さん(齋藤俊雄バッテリーコーチ)にしてもそうだし、梵さん(英心内野守備走塁コーチ)、田口さん(壮外野守備走塁コーチ)、竜さん(辻竜太郎打撃コーチ)も。あのメンバーの中で、欠けていい人は誰もいません」
他球団の首脳陣に、一体感がないという意味ではない。中嶋監督を支える水本ヘッドをはじめ、厚澤和幸、平井正史両投手コーチも含めて、誠実に自分の役割を果たすコーチ陣がバランスよく配置されているからこそ、同じ方向を向いて進んでいける。もちろん、コーチとしての能力や人間力も見逃せないということなのだろう。
◆ 「出た試合は0点に抑えたい」
さらに続けたのは森と若月、両捕手の存在だ。
「投手陣が低い防御率で、ロースコアのゲームを勝って来ているというのはもちろんピッチャーの人もすごいと思うんですが、僕は一概にそれだけじゃないと思っていて。本当に、同級生としても、いち野球人としても尊敬しています。(若月は昨季まで)オリックスで連覇をして日本一になっているキャッチャーですし、もう一方(の森)は西武で連覇を達成している時のキャッチャー。そういうところで僕が勉強になることはすごくありますし、より近くなって2人のすごさというのを痛感する部分はすごくあります」
ただ、同じポジションを争う石川にとって、この2人は大きな“壁”になる。
帝京高校から2014年にドラフト8位で日本ハムに入団。2年目に開幕一軍をつかみ、27試合に出場。しかし、16年は1試合で17年は肩の故障などで出場機会はゼロ。21年にキャリアハイの60試合に出場したものの、22年は23試合にとどまり、オフにトレードでオリックス入りした。
新天地で迎えた10年目の今季。「トモヤ(森)が(FAで)来るのも分かっていましたし、ケンヤ(若月)がいるのも分かっていました。同級生3人ですが、今の時代に(1人が)143試合すべてでマスクを被ることはないし、とくにオリックスは育成と休養がチーム作りの方針と聞いていたので、僕にもチャンスはあると思っていました」というが、出場したのは12試合にとどまる。
それでも、石川が自己研鑽を怠ることはない。
「キャッチャーというポジションは、143勝するためにいろんな準備をしていかなくてはなりません。その中で自分がやるべきことは、シーズンが始まった時と前半戦や後半戦では変わってきます。2人の軸(の捕手)がいますが、いつ何が起こるか分からないので気を抜くことは一度もないですし、常に出られる準備をしておくことが控えに回る人の大事なことだと思っています」
今季の出場12試合のうち、先発でマスクを被ったのは2度。あとの10試合は、大差のついた終盤での出番がほとんど。それでも、いつ出番が来てもいいように、相手チームのデータ分析や味方投手の調整具合など、準備することは先発する捕手と変わらない。
「ひとつの気の緩みで一気に流れが変わってしまうことは自分も経験していますし、痛感しています。監督さんが捕手出身の方なので、そういうものを一つ一つ大事にしているからこそ、今の順位があると思います。だから『なんで俺を使わないんだ』という気持ちには一切なりません。143試合のうち、出場できるのが10試合か5試合であっても、出た試合は0点に抑えたい。そこに僕の存在意義があると思っています。今日よりも明日、明日より明後日、ちょっとでも気付くことが増えるのが楽しみでもありますし、それをやり甲斐だと考えてやっていかないと、キャッチャーとしての成長は絶対にないと思っています」
◆ 「ベンチにいる人は、試合に出ていないのではありません」
目配り、気配りの人だ。
試合開始直前、ベンチ前でのキャッチボール。ボールボーイとグータッチする石川の姿があった。
「京セラでの試合前には毎回、しています。『今日も勝つよ』という時もありますし、『今日もよろしく』という時もあります。彼らもグラウンドで一緒に戦ってくれていますし、アルバイトさんかもしれませんが言っちゃえばプロなんで。彼らは、誰がどの席に座っているのかを100%理解していて、野球道具がその選手のもとに返ってこないことはないんです。ということは、選手は次の準備にいけるじゃないですか。彼らにとっては当たり前のことなんですが、そういうことに対して感謝する気持ちを持っていれば、『もっとサポートしてやろう』と思ってくれるかもしれません。直接伝えることはありませんが、通じるものがあればそういう見えない力は絶対に働くと僕は思っていますし、そういうことを大事にしています」
8月16日に行われた、小中学生を対象にした球団と日刊スポーツ新聞社の合同企画「ジュニア記者1日体験」でのこと。開場前に大商大シートで練習を見学していたジュニア記者たちに、石川は気さくに声を掛けていた。
練習メニューは分刻み。子供たちに気付いても、わざわざフェンス際まで来てくれる選手は少なく、参加者は大感激だったという。
ベンチではこんな場面もあった。9月16日、初回の守備を終えた安達了一選手が備え付けの扇風機に手を伸ばし、何かを操作しようとして苦戦していた。その姿を見た石川はすぐに駆け寄り、何やらアドバイス。先発出場しているベテラン野手に、試合に集中させたいという思いがあったのだろう。
ベンチでの定位置にも、石川なりの考えがある。
味方の攻撃中はベンチに座らず、右端のテレビカメラの横。味方が守備につくと、今度は首脳陣がいる左端の最前列へ移動する。
「守備の時には、基本的に監督の近くにいます。見る角度によって野球の見方も変わってきますし、自分が試合に出ている気持ちになったら、身体が勝手にそのように動いていくんです」
後方から聞こえる首脳陣の会話などから、今、チームにとって何が必要なのかを知りたいという思いもあるのだろうが、すべては準備につながる。
「自分の中で吸収していくものが、グラウンドには転がっているんです。それに目を光らせるか、光らせないか。試合に出たからよかったとか、試合でミスをしたから反省することができたたということではありません。ベンチにいても感じて、自分に置き換えることができるものがたくさんあります。それをやり続けることで、キャッチャーとしての厚みも増しますし、出番が来た時に自分が思い切ってピッチャーにサインを出せるかどうかにも関わってきます。それがすべてだと思います」
ベンチで喜怒哀楽を前面に出して選手を鼓舞し、先頭に立って守備から戻る選手を出迎える。
「試合に出ていなくてもできることはたくさんあります。ベンチにいる人は、試合に出ていないのではありません。常に一緒に戦って、みんな試合に出ていると思っているんです。僕も、意識してやっている段階ではなくなっています。勝ちたければそうなっていくものなんです」
存在をアピールするパフォーマンスではなく、一緒に戦っているからこその気持ちの発露なのだ。
◆ “オリックスでプレーしてよかったこと”を尋ねると…?
そんな石川を、周囲はどう見ているのだろう。
「僕らを、プロとして見て下さっているんですか」。石川の考えを伝えると、大学3年というボールボーイは目を輝かせ、誇らしげな表情になった。
5歳年上の小田裕也は、「監督とは日本ハムで一緒にやっているので、監督の考えなどを言われなくても若い子たちに伝えていく役割をしてくれているのだと僕は思っています。うちのキャッチャー陣は、ロッカーで『あの場面、どうだった』とか、しっかりと共有していますし、ベンチで座る位置を変えたり、攻撃の時に『一緒に盛り上がろうぜ』みたいな感じでやったりしているのも亮(石川)なりの準備なのでしょう」という。
齋藤バッテリーコーチは「頓宮(裕真)は別として捕手が3人いて、メインでいくのは森と若月になっていますが、彼(石川)がいるから2人も思い切って試合に出ることができるんです。チームでいうと、いろんなタイミングで声を出す石川がいるから勇気が出ます。アイツがいるからこそ成り立つんで、逆にベンチにいなかったらどうなるのか、というところはありますね」と、ベンチ内での石川の存在を評価する。
さらに「アイツ自身も『もっと試合に出たい』という気持ちはいろいろあると思いますが、そこを我慢してというか自分の役割を分かって、ちゃんと全うしてくれています。いつ出番が来てもいいように、腐らず淡々と毎日、同じルーティーンでチームのことを考えながらやってくれています」と語る。
「まあ、元気はありますし、的確な声も出ています。誰よりも(水本)ヘッドが評価しているんじゃないですか。僕はそんなに(笑)。邪魔なんですよ、アイツは。前が見えん時があるんですよ、ホントに(笑)」とは中嶋監督だ。
立ち上がったり派手なジェスチャーで視界が遮られることがあるというが、中嶋監督の「的確な声も出ています」というコメントは石川にとって最大の評価だろう。
「一番は、このような取材を受けることです。僕は勝手に自分の中でそういうのが必要だと思ってやってきましたが、取材に来られるということは、(僕に)何かを感じているからじゃないですか。それが、やってきたことが間違っていなかったという証明になります。ああ、間違っていなかったんだ、ブレずにやってきてよかったと」
オリックスでプレーしてよかったことを尋ねると、即座にこう返って来た。
2年連続日本一に向け、クライマックスシリーズ、日本シリーズと厳しい戦いが待ち受けるが、勝利のためのピースの一つに徹する覚悟だ。
取材・文=北野正樹(きたの・まさき)