若者が今、経験していることは私たちが経験したものとは違っている

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2024年05月10日 08:11  @IT

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アンドリューさんの近影

 国境を越えて活躍するエンジニアにお話を伺う「Go Global!」シリーズ。今回もClarisでプロダクトマーケティングとエバンジェリズム担当ディレクターとして活躍するAndrew LeCates(アンドリュー・ルケイツ)さんにお話を伺った。超ベテランのエンジニアでもあるアンドリューさんがデベロッパーに伝えたいアドバイスとは。


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 聞き手は、AppleやDisneyなどの外資系企業でマーケティングを担当し、グローバルでのビジネス展開に深い知見を持つ阿部川“Go”久広。


●世界を飛び回るアンドリューさん


阿部川 “Go”久広(以降、阿部川) 現在のClarisでのお仕事はどんな内容でしょうか。


Andrew LeCates(アンドリュー・ルケイツ 以下、アンドリューさん) 今も開発にかなり携わっていますし、将来的なプラットフォームに向けたトレーニングも実施しています。多くのイベントでスピーカーとしてお話しする機会も増えてきました。世界中の顧客のところに行ってお話を聞くのも大切な仕事ですから。


 本社はシリコンバレーですので、年に数回はジョージア州のアトランタとサンフランシスコ州のサンタ・クララを往復します。日本にもよく行きます。今までに6、7回は訪れていると思います。最近も東京に行きましたよ。東京は世界中で私が大好きな都市の一つで、久しぶりに多くの友人たちや、ビジネスの関係者たちと会えて大変うれしかったです。


阿部川 それはよかったですね。少し話は変わりますが「Claris FileMaker」は、当初の「データベース」から、何度かその位置付けを変えてきたのではないかと思います。その変遷がどのようなものだったか教えていただけますか。


アンドリューさん 1990年ごろのFileMakerはGUI(グラフィカルユーザーインタフェース)で操作できるシンプルなデータベースでした。その後、リレーショナルデータベースや、クライアントサーバへと進化し、Webやモバイル開発に対応したプラットフォームへと変化しました。現在でも多くのビジネスにおいて必要な「問題解決のための開発環境」を提供できるように変化を続けています。


阿部川 アンドリューさんは、これまでその変化の一部始終をご自身が大学生の時代からずっとご覧になってきたわけですね。恐らくそれに合わせて、アンドリューさんに求められる役割やスキルも変化してきたと思います。


アンドリューさん そうですね、最初は単にプログラムや開発の仕方を覚えることに注力していて、「自分の携わったソフトウェアでどのような価値を提供できるか」ということが焦点だったと思います。プラットフォーム全体のエバンジェリストという立場になった後は、自分ではなく他の開発者(デベロッパー)に視点が移りました。つまり「デベロッパーは、どのようにすれば価値あるソフトウェアを提供できるようになるか」ということを理解させることが重要になりました。


 Clarisのマーケティング部門に異動したときには「顧客がどのように問題を解決したか」「顧客がわれわれのテクノロジーを使ってどのようにイノベーティブな方法で解決策を作り出したか」などのストーリーを伝えることが主眼になってきました。マーケティングの活動が加わったことはとても楽しく、意義のある役割だと思っています。


 製品を最終的に仕上げる、という仕事以外は、ほぼ全ての仕事を経験してきていると思います。もしかしたら、この次の仕事はそれ(製品の仕上げ)になるのかもしれません(笑)。


阿部川 可能性はありますね(笑)。


立場が変わると見える景色、いわば価値観も変わるものですが、アンドリューさんの場合は「価値を提供するにはどうすればいいか」という点で一貫していますね。自分の手の届く範囲から徐々に広がり、今ではある意味、世界中のユーザーをターゲットにしているわけですから、(もちろん大変だとは思いますが)きっといい景色が見えているのだろうな、と想像します。


●開発はアートである


阿部川 Appleもそうですが、Clarisはビジネスとテクノロジーとアートが融合した企業かと思います。特にFileMakerのような製品では「ルック・アンド・フィール」(画面の見栄えや使いやすさ)が大切だと思いますし、アンドリューさん自身、デザインの分野にも魅了されたのではないでしょうか。


アンドリューさん 私の経歴をよく調べていますね(笑)。はい、デザインの分野は大好きですし、大学時代は、デスクトップパブリッシングの分野に傾倒していましたし、子どものころ、コンピュータを好きになる前にはカメラに興味を持ちました。写真が好きですし、アートやサイエンスも好きです。


 Appleに入社したのも、デザインについて興味があったことが関係していると思いますし、Clarisでも同じ情熱を製品に対して傾けています。MBA的な論理的な思考と、MFA(Master of Fine Arts)的なアートやデザインに関する思考が必要になってきていると感じます。


 例えば、デベロッパーのコミュニティーには「自分はミュージシャンだ」という人がたくさんいます。「ソフトウェアを開発する能力」と、音楽を演奏するなど「アーティスティックな能力」には、強い相関性があるのではないでしょうか。カンファレンスなどのイベント後、気の合う連中が夜集まってギグ(バンド演奏)する、といった光景はよく見られます。


阿部川 開発はアートである、面白いですね。


エンジニアとアート。そういえば、こちらの方もアーティストを目指していたエンジニアでした。


●“はやり廃り”には慎重、しかしAIの研究は続ける


阿部川 FileMakerの話に戻りましょう。FileMakerはデータベースからプラットフォームへとその位置付けを変えてきました。では、このプラットフォームは将来どのようになっていく(どうしていく)と考えていますか。


アンドリューさん 2024年の今、プラットフォームの将来について考えようと思ったら、AI(人工知能)を抜きにしては語れないでしょう。多くの人がさまざまなレベルでそれぞれの考えを語っていますよね。ユーザーにとっては「いかにしてデータを活用するか」が目的ですが、それをセキュリティ面と倫理面も考慮した形で的確に実現するには、AIやLLM(Large Language Model)などのテクノロジーが欠かせません。これは、ユーザーだけでなく、デベロッパーにとっても有益なことです。


 ただ、それらのテクノロジーには現在まだ不確実な部分があります。Clarisとしては1年程度の時間をかけて解明していくことになると思っています。恐らくデベロッパーの多くも、そういった解明作業に着手しているのではないでしょうか。このプロセスは大変興味深く、魅力的なものですよね。


阿部川 AIと一言で言っても、単体のハードウェアやソフトウェアで実現するものではなく、多くのテクノロジーを統合する必要があると思います。FileMakerがAIを搭載する、あるいは使うといった場合、具体的にどのようなことを想定されていますか。


アンドリューさん Clarisは伝統的に、テクノロジーの“はやり廃り”に対しては保守的な姿勢を保っています。Clarisは時代の先頭を走るかどうかではなく、そのテクノロジーをどうすれば顧客の価値にできるかを第一に考えているからです。デベロッパーは、われわれのプラットフォームの上で自身のキャリアを積み上げていきますし、多くの顧客のビジネスも支えています。その環境をリスクにさらすわけにはいきません。


 現在は「顧客のベストプラクティスとは何か、何が役に立つのか」といったテーマに注力しています。それを基に顧客のデータを最適にインテグレート(統合)します。顧客は最適に統合されたデータを、AIを通してアウトプットしたいと考えていますから。


 デベロッパーの視点では、LLMをGSLM(Generative Speaking Language Model)などのモデルに入れ、それをさらにコード化して、より効率的なアプリケーションにする、といった例があります。組み込まれたデータについて、データセットを全部見るのではなく、AIを用いて確認するといった使い方もできますね。


阿部川 FileMakerで使うAIは外部のものを取り入れる形になるのか、専用のAIを開発するのかといったらどちらでしょうか。


アンドリューさん ここ数年、われわれはAppleの「Core ML」モデルを使っていますが、FileMakerはオープンなプラットフォームですので、デベロッパーそれぞれに合ったAIモデルを選んでもらえればと考えています。顧客が“選べること”が大切であり、われわれが「これを使え」と強制するものではないと思っています。


●正しいメンターを探してください


阿部川 エンジニアやデベロッパーに、何かアドバイスをいただけますか。


アンドリューさん たくさんありますが、デベロッパーをしていたときに学んだことは「メンターと呼べる人の存在がとても重要だ」ということです。私が若いときはメンターがいなくても大抵のことは自分で考えて解決できていました。ただ、時がたつに連れてその価値に気付きました。私がやるよりも前に、私と同様のことを試している人がいる。その人がやったことを安心して踏襲(とうしゅう)すればいいのだ、と。現在でもメンターと毎日話をして多くのことを学んでいます。私は非常に活動的なデベロッパーコミュニティーに属していますから、その助けも借りて、物事に早く確実な決断が下せるようになったと思います。


 「自分はシャイで内気だ」という人にはしっくりこないかもしれませんが、世の中には社交的でお話が好きな方がたくさんいます。また自分が持っていない情報を持っている人もいますから、私たちは常に周りの人を頼りにしてよいと思っています。どうぞ正しいメンターを探してください、ということです。同じことは私の子どもたちにも常に話しています。


阿部川 現在はアンドリューさんこそメンターの役割なのではないですか?


アンドリューさん そうですね、有能なメンターでありたいと思っています。このキャリアで40年近くやってきましたから、これまで先輩たちから受け継いだものを、次の世代に移していかなければなりません。子どもたちを見ていると「私の経験を、情熱を持って継承していかなければ」と強く思います。今、IT業界にいる若い人がキャリアの中で経験していることは、私たちが経験したものとは違っています。多くはよりシンプルになってきているようにも見えますが、情報が多過ぎることは、むしろ選択や実行を困難にしている面もあると思います。


すでに“超ベテラン”の域にいるアンドリューさんが、今も学びを続けているなんて驚きです。メンターの価値も自身の経験から学んだことなのでしょう。自分の力で進めることはもちろん大切ですが、変化が素早い現代においては「巨人の肩に立つ」ことも意識しないといけませんね。


●自分にとって会社とは、仕事とは何か


編集鈴木 キャリアについて教えてください。日本と比べて米国は転職を重ねることが多いと思うのですが、アンドリューさんは長い間同じ会社にいらっしゃいます。アンドリューさんにとって、Clarisはどういった場所なのでしょうか。


アンドリューさん 私も最初はここでこんなに長く仕事をするとは思っていませんでした。今ではClarisは自分のデベロッパーとしてのアイデンティティーの一部ですし、デベロッパーコミュニティーの一員でもあります。将来、仕事を引退することになったとしても、デベロッパーコミュニティーにはいつでも参加しているのではないでしょうか。


 テクノロジーの進化は本当に速いのですが、Clarisやコミュニティーでは常に新しいことを学んでいくことができるからです。加えて、メンターやチームメイトなど、素晴らしい仲間たちと一緒に好きなことができる。これは本当に幸福なことだと思っています。


編集鈴木 引退を考えることはありますか?


アンドリューさん そうですね、引退を考えてもよい年齢になってきたとは思っています。そのことを友人と話すと「(引退して)好きなことをやれば、それが生きる目的になるだろう」と。ただ私の場合は、この仕事やコミュニティーにいることが生きる目的なので、単純に仕事を辞めて何か新しいことをやるということは考えにくいです。


 もちろん仕事以外のことで情熱を持ってやれることはたくさんありますよ。写真が今でも好きですし、音楽も好きですし。ですから引退については考えてはいませんが、まあ、いつかはするかもしれません(笑)。


 特に写真を撮ることは、幼いころに祖父がカメラを買ってくれたときからずっと大好きで続けてきました。ニコンのレンズはたくさん持っていますし、アートフォトを撮影するのも好きです。私の友人の多くはキヤノンを愛用していますが、祖父はニコンのファンでしたからね。


●Go’s thinking aloud インタビューを終えて


 アンドリューさんは「Claris一筋34年」だ。


 そう書けば、あたかも変化を嫌う職人気質を連想するかもしれない。しかし、Clarisは市場に合わせるように自らを変化させている。そもそも、長年の経験と技術を持つ老舗や匠(たくみ)こそ、変化を繰り返して成長しているものだ。


 以前、「ジョブ型雇用」は英語にならないという話をした。世界中のどこでも、雇用はジョブ型でしかあり得ないからだ。今までそのようにしなくとも日本企業が成長できたのは、1つは市場が右肩上がりだったから、もう1つは国際競争が激しくなかったから、と私は考えている。社内でコストと時間をかけて社員のスキルをトレーニングする余裕がなくなってきたことが「ジョブ型雇用」という要求を産んだのだろう。


 アンドリューさんは30年以上、自らを変化させ、スキルを加え、常に進化してきた。そのような人材をClarisが手放すはずはない。


 リクルートの創業者、江副浩正氏は「自ら変化を創り出し、変化によって自らを変えよ」と言った。変化はどう起こるかは分からないが、確実なことが2つある。必ず変化は起こる。そしてそれが予測できないなら、自分から変化を創り出すのが手っ取り早い。


 現在訪れているAIの時代に、Clarisはどのように自らを変化させていくのだろうか。


阿部川久広(Hisahiro Go Abekawa)


アイティメディア 事業開発局 グローバルビジネス戦略室、情報経営イノベーション専門職大学(iU)教授、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD) 訪問教授 インタビュアー、作家、翻訳家


コンサルタントを経て、アップル、ディズニーなどでマーケティングの要職を歴任。大学在学時から通訳、翻訳も行い、CNNニュースキャスターを2年間務めた。現在情報経営イノベーション専門職大学の学部長、教授も兼務。神戸大学経営学部非常勤講師、立教大学大学院MBAコース非常勤講師、フェローアカデミー翻訳学校講師。英語やコミュニケーション、プレゼンテーションのトレーナーとして講座、講演を行う他、作家、翻訳家としても活躍中。


編集部から


「Go Global!」では、GO阿部川と対談してくださるエンジニアを募集しています。国境を越えて活躍するエンジニア(35歳まで)、グローバル企業のCEOやCTOなど、ぜひご一報ください。取材の確約はいたしかねますが、インタビュー候補として検討させていただきます。取材はオンライン、英語もしくは日本語で行います。


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