元ジョッキー福永祐一氏が語る「その後の人生」。新米調教師になって変わった金銭感覚

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2024年05月24日 08:40  日刊SPA!

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写真/橋本健
 現役時代に「天才」と呼ばれた元騎手の父・福永洋一が成し遂げられなかったダービー制覇を実現した福永祐一氏。20年にコントレイルで無敗のクラシック三冠を達成。23年にまさに全盛期での引退し調教師への転身を決断。自身の厩舎を開業してセカンドキャリアをスタートさせる。
(本記事は、福永祐一著『俯瞰する力 自分と向き合い進化し続けた27年間の記録』より抜粋したものです)

◆新人調教師として身の丈に合った生活を

 そもそも、やめるにせよ、始めるにせよ、変わるにせよ、「こんなことをしたらカッコ悪いな」とか「こんなふうに見られたら嫌だな」といった、プライドを主体とした判断基準が自分にはない。

 人に話すと驚かれるのだが、調教師になったことをきっかけに、ジョッキーだった頃と比べて、泊まるホテルのランクも飛行機の座席のランクも落とした。自分はもうトップジョッキーではなく、今はまだスタートしてもいない新人調教師だからだ。

 よく、人間はそう簡単に生活レベルを落とせないというが、そのあたりは自分も妻もあまりこだわりがない。それ以前に、妻はもともと毎月決まった給料の中で生活をする人生をずっと送ってきた人であり、無駄な出費をとても嫌う。「使ったら、それ以上に稼げばいい」と思ってきた自分とは、金銭感覚を擦り合わせるのに2年近くかかった。

 ただ、何事も変わることに抵抗がない自分は、妻に「タクシーよりも電車のほうが時間の計算が立って便利だよ」と言われれば、「あ、そうか」と思い、渡された交通系ICカードを使い始めたし、街中で車を停めるときも、ジョッキーの頃は料金など気にしたことが正直なかったが、妻に「もっと安い駐車場があるよ」と言われ、今ではしっかり駐車料金を気にするようになった。

 調教師になってから家族で行った海外旅行も、飛行機は全部エコノミークラス。家族5人でネパールに行ったときには、ベッドが2つあるだけの狭い山小屋に5人で寝たことも。1泊1000円。すごく楽しかった。

 ジョッキー時代の海外への移動は、身体に違和感が少しでも生じるとレースに差し支えるからビジネスクラスを使っていたが、今はエコノミークラスでもまったく問題ない。確かに寝づらいとは思うが、もう慣れた。金銭感覚を含め、自分はそのあたりの順応も早いほうなのだと思う。

 この1年は、厩舎開業の準備などで北海道を筆頭に国内を移動することも多かったが、その際のホテル選びも便利な場所であることが最優先。「どこに泊まっているの?」と聞かれて答えると、「そんな安いホテルに泊まってるの!?」と驚かれたりもしたが、1泊5万円も10万円もするホテルに泊まったところで寝るだけなのだから、今の自分にとってはただの無駄遣いだ。

◆開業までの1年間、本業では無収入

 ちなみに、技術調教師として藤原英昭厩舎に所属しようと思っていたものの、藤原調教師に「(所属した厩舎の)色がつくから、お前はフリーで行け」と言われ、所属させてもらえなかった。1年間、藤原厩舎に所属して給料をもらおうと思っていた自分としては、完全に当てが外れた(笑)。

 そのため、開業までの1年間、本業では無収入。寝るだけのために5万円も10万円も払っていられない。高いホテルに泊まるのは、トップトレーナーになってからのお楽しみとして、とっておこうと思う。

◆「バランス感覚」が自分の強み

 ジョッキー時代、特に独身の頃は、「使ったぶんだけ稼げばいい」とばかりに自由にお金を使ってきたが、もともと見栄を張るのは好きではない。

 東京は好きだが、絶対に住まないでおこうと思ったのも、身の丈にあった選択がしづらい街だと思えたからだ。滋賀県で生まれ育った自分からすると、東京は経済力も人間力もすごい人たちが集まっているという印象で、そうした人と一緒にいると、勝手に同調圧力のようなものを感じたものだ。

 たとえば金銭感覚にしても合わせなければいけないというか、むしろ自ら合わせたくなるような怖さがあって、しんどいと思うこともあった。

 そこで本来の身の丈を見失ってしまう人もいるのだろうが、自分は絶対に勘違いしないし、そのあたりのバランス感覚は持っているつもりだ。「執着がないことが自分の強み」と書いたが、この「バランス感覚」というものも、自分のもう一つの強みだと思っている。強引に物事を進めたり、どちらか一方に振りきったりすることもなく、流れに身を委ねつつも変わってこられたのは、おそらくこのバランス感覚のおかげだ。

 人づき合いにしてもそう。「お前、うまいことやってるなぁ」と馬主さんから言われるけれど、そんなつもりはまったくなく、もちろん無理をしているわけでもない。自分が好きだと思う人、面白いと思う人と一緒にいるだけなのだが、人からは「うまいことやっている」と見えるとしたら、やはり自分の中で自然と人づき合いのバランスが取れているのかなと思う。

◆「天性の人たらし」は父親からの遺伝!?

 そういえば昔、(ノーザンファーム代表・吉田勝己氏の妻である)吉田和美さんに、「あなたは本当に天性の人たらしね」と言われたことがある。もちろん、狙ってやっているわけではないし、多くの人に受け入れられたいとか、これっぽっちも思っていないのだが。

 そこで思い出したのが、父親のことだ。現役時代の父親のエピソードを母親や周りの人たちからたくさん聞いたが、それらを聞いていて思ったのは、父親はセルフコントロールがうまく、人心掌握術に長けていたのではないかということ。

 周りからは「無口な人だ」とよく聞いていたが、母親から見た夫・福永洋一は「おしゃべり」。ということは、家の外では無口なキャラを演じていたのかなと思ったし、人間関係を円滑にするために、わざと麻雀で負けていたという話もある。自分も、波風を立てないような着地点を見つけることは得意だったりするから、そういったバランス感覚はDNAに刻まれているのかもしれない。

 あとは、当時の父親の写真はほとんどが笑顔で、どの写真からも人懐っこさが伝わってくる。あの笑顔ですべてが許されるようなタイプだったとしたら、そこも受け継いでいるのかもしれない(笑)。

 特に若手は、年中怒られている子がいるような世界で、自分は引退するまで、ほとんど人から怒られたことがなかった。生まれながらの要領の良さは自覚しているところがあり、そのあたりのバランス感覚は、もしかしたら父親譲りなのかもしれない。

【福永 祐一】
父は現役時代に「天才」と呼ばれた元騎手の福永洋一。 96年にデビューし、最多勝利新人騎手賞を受賞。 2005年にシーザリオでオークスとアメリカンオークスを制覇。 11年、 全国リーディングに輝き、JRA史上初の親子での達成となった。18年、日本ダービーをワグネリアンで優勝し、父が成し遂げられなかった福永家悲願のダービー制覇を実現。20年、コントレイルで無敗のクラシック三冠を達成。23年に全盛期での引退、調教師への転身を決断。自身の厩舎を開業してセカンドキャリアをスタートさせる

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  • なかなか興味深い記事でした。競馬好き、そうでない方も出来たらお読み下さい������
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