ロングセラーという言葉がある。長期間にわたって売れ続けている商品のことになるが、どのようなモノがあるのか。大正製薬の「パブロン」は1927年、永谷園の「お茶づけ」は1952年、明治の「きのこの山」は1975年にそれぞれ産声をあげている。
まだまだほかにもたくさんある中で、個人的に気になっている商品がある。1987年に登場した、アサヒビールの「スーパードライ」だ。発売するやいなや「辛口の生ビール」が評判を呼んで、売り上げがどんどん伸びていく。他社からもドライビールが登場し「ドライ戦争」とも呼ばれていたが、アサヒビールの優位は揺るがず。その後も人気が続いたので、ロングセラーの仲間入りしているわけだが、会社としてはある課題を感じている。若返りだ。
スーパードライのメインユーザーは40〜50代である。ビールを購入するのは年配の人が多い傾向があるが、会社としては若い人にもファンになってもらいたいという思いがある。スーパーやコンビニの棚に商品を並べて、「はい、どうぞ」という待ちの姿勢だと、なかなか振り向いてくれない。ということもあって、ここ数年を振り返るだけでも、20〜30代のファンを増やすために、あの手・この手を打っているのだ。
2021年にはアルコール度数4%の「ザ・クール」(現在は発売していない)を、2023年には同3.5%の「ドライクリスタル」を、それぞれ投入。2022年には発売以来36年目で初となるフルリニューアルして、2年後にも一部を変更している。また、今年の2月には縦長の容器を使った「スマート缶」を数量限定で発売。スーパードライの350mlの高さは12.3センチだが、スマート缶は15.5センチである。
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なぜ縦長の商品を投入したのかというと、20〜30代の人に手に取ってもらいたいから。若い人はエナジードリンクが好き→エナジードリンクで使われている缶を使用→手に取ってくれるのではないか。という仮説を立てたところ、見事に的中。好評だったことを受け、ミュージシャンとのコラボ企画を次々に企画しているようだ。
●ゴーライドを設置した2つの理由
若者に手に取ってもらいたい作戦はまだまだ続く。コンセプトショップ「SUPER DRY Immersive experience」を銀座にオープンしたところ、1カ月で目標来場者数(3万人)の3割以上となる1万人を突破したのだ。
コンセプトショップの期間は4月25日〜9月30日、営業時間は午前11時30分〜午後10時まで。入場料はゴーライド体験+ビール1杯+ペペロンチーノポップコーンのセットで700円となっている。
「Immersive=没入」という言葉どおり、店の特徴はちょっとしたテーマパークのような気分を味わえること。「ははーん。イマーシブとか没入って言葉をよく耳にするようになったよね。流行にうまくのって、来場者を増やしたってわけ?」などと思われたかもしれないが、半分正解といったところ。
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というのも、同社がこうした施設を始めたのは2021年のことである。まだイマーシブという言葉が広まっていないころに、茨城県の工場内に没入をウリにした施設を導入したところ、多くの人が詰めかけているのだ(大阪の工場にも、2022年に導入)。
銀座のコンセプトショップや工場に導入した施設名は「スーパードライ ゴーライド」。自らがビールの缶に乗っている設定で、「振動」「風」を感じるというもの。なぜ工場でこのようなモノを設置したのかというと、2つの理由があった。
1つは、差別化である。ビール工場の見学といえば、だいたいパターンが決まっている。会社の歴史やビールのつくり方などを紹介して、最後にできたての一杯を提供する。アサヒビールも同じような施設を運営してきたわけだが、このままだと競合他社との違いを出せない。こうした課題を感じていたので、エッジの効いたコンテンツを企画したのだ。
2つめは、若い人の獲得である。ビール工場を見学するのは年配の人が多く、もっと若い人にも来てもらいたいという思いがあった。会社の説明やビールのつくり方だけではなく、なにか没入できる仕掛けはできないか。ワクワクするようなコンテンツを用意すれば、若い人が来てくれるかもしれない。
こうした議論があって「ゴーライド」を始めたところ、どのような結果が出たのか。導入前、20〜30代は2割ほどだったが、導入後は4割に増加。以前は年齢をカウントしていなかったので正確な数字ではないというが、肌感覚として若い人は圧倒的に少なかった。しかし、「いまでは『ゴーライドを体験したい』という目的で、多くの若年層が工場見学を訪れています」(マーケティング本部の山田祐介さん)という。
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●ゴーライドを体験するために、3時間待ち
工場で人気に火がついたのであれば、銀座のコンセプトショップに設置しても盛り上がるのではないか。スーパードライの世界感を体験し、よりその世界に没入するための打ち手として導入した。
店に入ると、まず2階に上がってゴーライドを体験する(飲食のみも可能)。座席は8席あって、4Kの大画面スクリーンから映像が流れてくるといった仕組みだ。体験時間は5分ほど。映像に合わせて風が吹いたり、揺れたり、間近で音が鳴ったり。没入感を味わいながら、ビールの作業工程を五感で楽しめるようにしている。
1階はビールを楽しむスペースになっていて、自分でビールを注ぐ「マイスター体験」や、機械でビールの泡に文字や画像を描く「泡アート」を用意。地下1階はタイアップエリアとなっていて、4〜5月は人気ロックバンド「ONE OK ROCK」、6〜7月は「Spotify」の最新の話題曲を集めた人気プレイリスト「J-Rock ON!!」とタイアップして、オリジナルグッズなどを販売している
冒頭で紹介したように、コンセプトショップには想定以上の人が詰めかけているわけだが、オペレーションはうまくいっているのだろうか。GW中にオープンしたこともあって、多くの人が押し寄せることに。ゴーライドを体験するために、3時間待ち――。そんな日もあって、運営の担当者は「さすがにマズい」と感じて、急きょ整理券を用意することに。
その後も、平日の夜に行列ができることがしばしば。週末は入場制限を設けるほどの事態になっているのだ。
●問題は“その後”である
コンセプトショップを利用しているのは、どのような人なのか。正確に測り切れていない部分もあるとした上で「20〜30代の人が40%ほど。外国人が15%ほど」(山田さん)だという。銀座という土地柄もあって、外国人観光客の利用が目立っているが、若い人の利用は工場とほぼ同じ。どうやら当初の狙い通りに話が進んでいるようである。が、しかしである。
予想以上の人が詰めかけているにもかかわらず、山田さんは「もっと多くの人にゴーライドを体験してもらいたいですね」とつぶやく。「ぜ、ぜいたくな、まだ足りないのか」といった声が飛んできそうであるが、理由を尋ねると納得である。
ゴーライドを楽しむために多くの人が訪れることはうれしいわけだが、問題は“その後”である。先ほど紹介したように、まず2階で没入を体験して、その後は1階または地下で飲食を楽しむという流れだ。ゴーライドは5分ほどで終わって、その人たちがどっと降りてくる。となると、どうなるか。飲食スペースは50席ほどしかないので、ごった返してしまうのだ。
工場の場合は施設がいくつもあるので、順路に従って人がどんどん流れていく。しかし、コンセプトショップの場合は渋滞が起きてしまう。このことは大きな課題として受け止めていて、席を増やしたり、ゴーライドの説明を短くしたり、さまざまな手を打っているものの、決定打はまだ見つかっていない。
「1人2杯まで」「飲食は30分まで」といった条件を設定することもありかもしれないが、コンセプトショップという特性を踏まえると、お客にはできるだけ気分よく帰ってもらいたい。「辛口のおいしさ」を体験してもらうために始めたのに、お客から「辛口の言葉」が返ってきたら……笑えない話である。
ビール会社が没入感を体験できるコンセプトショップを運営するのは、初めてのこと。うまくいくこともあれば、うまくいかないことがあっても当然である。お客がスムーズに流れないという「循環」に悩みがあるわけだが、若い人がたくさん来るという世代交代の「循環」には、ちょっぴり手応えを感じているようだ。
(土肥義則)
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