羊文学という「庭」を守る「庭師」たちの企画展。haru.を核にクリエイター陣が世界観を拡張

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2024年06月18日 18:10  CINRA.NET

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Text by 今川彩香

ロックバンド、羊文学のアートワークをめぐる展覧会『"ひみつの庭" inspired by 羊文学 - 12 hugs(like butterflies)』が、東京・神保町のNew Galleryで開催中だ。

羊文学は、昨年12月にメジャー3rdフルアルバム『12 hugs (like butterflies)』をリリース。この展覧会では、同アルバムのアートワークを担当したクリエイティブチームHUGが、クリエイターたちとともに楽曲や世界観を再解釈して空間をつくりあげている。

New Gallery主催。当初6月23日までとされていた会期は延長され、7月7日まで。展示をレポートする。

羊文学は、塩塚モエカ(Vo,Gt)、河西ゆりか(Ba)、フクダヒロア(Dr)からなるオルタナティブロックバンド。この展覧会では、変化し続けるバンドそのものを「庭」、スタッフやクリエイターらはその庭を守り、手入れをする「庭師」として考える。また、庭が公共空間と私的空間の中間地点にあることから、リスナーがライブ会場以外で羊文学を感じることができる場所、としても位置付けた。

HUGのクリエイティブディレクター、haru.は、「庭」の構想をフランスの庭師ジル・クレマンの著書『動いている庭』からインスピレーションを受けたと話す。

「庭師は庭を耕すけれど、庭の植物たちは自由に育っていきますよね。そして庭は、生きものだから変化を続け、たくさんの可能性を秘めている。羊文学の揺れ動くイメージと、さまざまな可能性を表現できれば、と思いました」

クリエイティブディレクター、haru.。展示スタッフは、庭師それぞれの物語をイメージして制作したジャンプスーツを着用している。

haru.
クリエイティブディレクター。1995年生まれ。学生時代にインディペンデント雑誌『HIGH(er)magazine』を編集長として創刊。2019年に株式会社HUGを立ち上げ、クリエイティブディレクションやコンテンツプロデュースの事業を展開。羊文学のアルバム『若者たちへ』(2018)、『our hope』(2022)、に続き『12hugs (like butterflies) 』(2023)のアートワークを手がける。

今回の展覧会で「庭師」とされるのは、haru.をはじめ、フォトグラファーのNico Perez、衣装を手掛けたAva、フラワーアーティストのfinaleflwr、アーティストのChristopher Loden、ウイッグアーティストの河野富広とフォトグラファー / ビジュアルアーティストの丸山サヤカによるクリエイティブプラットフォーム konomadら。

展示空間の設計は、デザインスタジオDODI™といけばな草月流師範のアレキサンダー・ジュリアンが担当。植木が空間を覆い、室内ながら庭のよう。会期中はジュリアンによって植物に手が加えられ、少しずつ表情も変わっていくのだという。

植木から生えてきたかのように、楽曲を再解釈して制作されたモニュメントが顔を出していた。

切り株や植物が絡まっているスマートフォンから、”Hug.m4a”が繰り返し再生される。塩塚が、友人から聞いたある出来事をきっかけにふと歌ってみたというこの曲は、スマートフォンで録音されたものだという。

このように、空間のあちこちに『12 hugs (like butterflies)』の各楽曲をイメージした展示物が散りばめられていた。また耳をすませば、”Hug.m4a”だけでなく、ほかの楽曲や、haru.と羊文学が展示や衣装などについて語る対談も聞こえてきた。

植木のなかには、”人魚”をイメージした「人魚の涙に濡れた蜘蛛の巣」も

庭の中心にある白い小屋。その扉は、”GO!!!”を再解釈したものだ。haru.が塩塚との対話から、かたちも大きさもさまざまな取っ手がついた扉を想像したのだという。また、小屋の壁面も一枚の壁ではなく、複数の扉をつなげて構築されている。

足元の「GO!!!」の文字は、メンバー直筆だという

小屋のなかには、『12 hugs (like butterflies)』のアルバムジャケットがつくられる過程の資料も展示されていた。通常盤のジャケットでは、塩塚が自らを抱きしめるような素振りをしている。

『若者たちへ』(2018)、『our hope』(2022)に続いてアートワークを手がけたharu.が振り返る。「『12 hugs (like butterflies)』のジャケットについては、羊文学から『女性が素肌でハグしているような感じ』という具体的なイメージがありました」「羊文学の注目度が上がるにつれて、大衆からビジュアルについて言及されるシーンも増えたように感じていて。素肌ということで、受け取る側へ、意図しない方向の解釈を与えたくなかった。だから素肌っぽくあることを意識しながら、ビーズを散りばめた衣装を台湾のアーティストに依頼したんです」

ジャケット撮影時の衣装も展示されている

塩塚が着用した白い衣装も、河西が着用した黒い衣装も、心臓の位置に赤いビーズが散りばめられている。

「心臓に位置する赤は、情熱を表しています。モエカさんが着た白い衣装には、その情熱がじわじわと広がるように赤いビーズが全体に混ざっている。また、ビーズのように小さなカケラが集まって、音楽をはじめとした羊文学の世界がつくられている、そういったイメージも込められています」とharu.。「(羊文学とクリエイティブチームは)お互いがつくり合うことで、守り合っているような感覚があるんです」とも話した。

赤いビーズは心臓から全体に広がるように配置されている

“深呼吸”からイメージしてつくられた「心地のよい風になびく、大きな布」

小屋のなかでいっそうの存在感を放つのは、”Addiction”と”honestly”からつくられた「おばけ」。”honestly”の<透明に変わって この部屋で一人でいたいの>という歌詞から連想したという。キャプションには「たとえ自分を見失って(おばけになって)も、鏡と対峙し、まだ見ぬ自分を想像(創造)し続ける姿を表現できたらと思いました」と説明されていた。

楽曲を再解釈してつくられた制作物のなかには、購入して、家に持ち帰ることができるものもあった。

例えば、”FOOL”からつくられたマッチボックス。haru.は、歌詞から「強い決意を感じる」として、「会場内で何かを燃やしたいくらいだったのですがそれは難しいので、大きなマッチボックスをつくりました」とキャプションにて説明している。破壊と創造、浄化と再生などの意味を込めているのだという。

これまで記事内でも引用してきたキャプションは、はじめに来場者へ「手紙」として渡される。「庭師」であるクリエイターがどう解釈し、どう表現しようとしたかが記されるとともに、「庭を歩く際の道しるべになれば嬉しいです」というメッセージが添えられていた。

haru.は展示について、「はじめは、すでにアルバムとして完成しているものを展示してもいいのか? という葛藤がありました。けれど、空間で再構築して、違うものとして見せることはできるのではないか、と」と振り返り、「一つずつ、つくられた過程を感じとれる場所になればいいなと思っています」と話していた。

haru.は手紙のなかで、ステートメントの最後にこう綴った。

「さまざまな可能性を秘めている羊文学が、そしてメンバーの一人ひとりが、自由に表現を模索し続けていけることを願って」
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