結城真一郎が語る超難易度の推理小説『難問の多い料理店』。フードデリバリーには日常の謎が詰まっている!?

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2024年06月28日 18:20  週プレNEWS

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2018年に『名もなき星の哀歌』で「第5回新潮ミステリー大賞」を受賞し、2019年に同作で作家デビューした結城真一郎氏。1991年生まれの33歳

累計販売20万部を突破し、「2023年本屋大賞」にノミネートされた『#真相をお話しします』でも話題を集めた作家・結城真一郎が、新作『難問の多い料理店』を6月26日に上梓した。今作の舞台は、デリバリー用のさまざまな店を1つのキッチンに集約させた「ゴーストレストラン」で、そこに出入りするさまざまなワケあり配達員たちを描く。

配達員たちの目的は、通常のフードデリバリーに加えてオーナーのとある「指示」に従うと支払われる高額報酬。その代わりに、オーナーの元にはさまざまな事件の謎とカギが集まってくる。そうして6編の事件の謎を解いていくのが今作なのだが、解いたはずの事件が別の事件に関係していくこともあり、その難易度は前作『#真相をお話しします』をも超えるとか超えないとか。そんな推理力を試される今作について、作者の結城真一郎氏に話をうかがった。

【写真】結城真一郎氏

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■フードデリバリーは、よく見かけるけど得体の知れない要素を孕んでいる

――今回の『難問の多い料理店』は「小説すばる」での連載をまとめたものですが、そもそも連載が始まった経緯は?

結城 小説すばるの編集部から「小説を書いてください」という依頼をいただいて、その上で「連作短編みたいな形がいいんじゃないか」というお話になって。他にも進行中の原稿があったので、3か月おきぐらいのペースで定期的にやろうという話になりました。その時は、最初とラストが決まっていて、その間の展開はまだ何も決まっていませんでしたね。

――編集部から内容についてのオーダーは?

結城 特にオーダーはなかったんですけど、「何かしら今の時代を切り取るようなモチーフを入れたいですよね」っていう話は出ましたね。

というのも、少し前に「日本推理作家協会賞」で短編の賞を受賞させていただいて(『#真相をお話しします』に収録されている「#拡散希望」にて)、それはYouTuberが登場する話で。選考委員の先生方が作品の現代性みたいなものをすごく推してくださっていたので、「今回の作品もそういう現代的なモチーフを入れてやりませんか」っていう、たぶんそんな流れの話だったように記憶しています。

――今の時代を象徴するものっていくつかあると思うんですけど、その中でも「ゴーストレストラン」と「ビーバーイーツ」という、フードデリバリーの配達員を題材にしようと思った理由は?

結城 連作短編という形になると、それを受け入れられるだけの度量があるモチーフが必要になってきます。『#真相をお話しします』でも、YouTuberとかマッチングアプリといった今を象徴する題材を扱っていて、それらもいいテーマではあったんですけど、連作として使うにはちょっと器が小さい気もしていて。

そういうことを考えていたときに、実際に店舗というものが存在していて、そこにいろんな配達員が出入りする「ゴーストレストラン」の仕組みであれば、連作短編という枠組みの中にいろんなアイデアを入れられるんじゃないかなと思ったんですよね。

――今作は、探偵役でありゴーストレストランのシェフでもある、謎に包まれたオーナーが全話に共通して登場しますが、彼が主人公というわけではないですよね。

結城 そうですね。主人公はやはり、語り手の配達員たちになるんじゃないですかね。全話に共通して出てくるのはオーナーなんですけど、やっぱり彼は物語の象徴みたいな感じで主人公ではない。読者の皆さんには、作中に登場する配達員たちと一緒に謎解きを楽しんで欲しいです。

【写真】結城真一郎氏

――ミステリ作家として、フードデリバリーの配達員に魅力を感じますか?

結城 それはすごい感じますね。いつからか急速に街中で見かけるようになった一方で、副業でやられている方も多くて、実際のところ彼らって普段何してるのか結構分からないですよね。そういう、よく見かけるんだけど得体が知れない「日常の謎」みたいな要素を孕んでいるので、ミステリとフードデリバリーは親和性が高いなと思ってました。

――登場する配達員も、ライターや芸人と兼業している人や、学生、シングルマザーとさまざまな「表の顔」を持っていて、そのパーソナルな部分も意外とストーリーの重要な要素になっています。

結城 だからこそリアリティが出ると思うし、配達員をやってない身からすると、配達員の中には1パーセントぐらい、作中に出てくるような闇バイトをやってる人が本当にいるんじゃないかっていう可能性を捨てきれないんですよね。もちろん作品はフィクションだし、こんな闇バイトなんて99パーセントあり得ないんですけど。

今まで100人の配達員に会ってきたとしたら、1人ぐらいはこういうことやっててもおかしくないかも、みたいなそういう不気味さ。あるいは日常との距離感。そういうところは特に意識したポイントです。

――結城さんは配達員を経験してないんですか!?

結城 それくらいに思っていただけるのはすごい嬉しいですけど(笑)、実際は1回も配達したことはないです。基本的には、実際に配達員をされてる方のブログとか、そういう方が出されてる本を読み漁って、「配達員ってこういう仕事なんだ」「こういう問題があるんだ」「こういうところを鬱陶(うっとう)しいと思うんだ」みたいなことを集めていって、ストーリーに反映させていく感じですかね。

――先日も、テレビ番組で「芸人さんが闇バイトに誘われたら断れない説」みたいな企画がありました。実際にそういう闇バイトをやった人に取材をしたんですか?

結城 いやいや、直接ストーリーのヒントになるようなことは全くなくて、こういうことが起きてたら面白いよねっていう想像ではあるんですけど、ただ、おそらくこれまでに摂取してきたいろんな要素がこういう形にまとまったんだと思います。

特に今、闇バイトっていう言葉が市民権を得始めていて、ちょっとした拍子で高額報酬に釣られて仕事がグレーな領域に入っちゃう瞬間って実際に結構あると思いますし。

かといって、「そういう世間に警鐘を鳴らしたい」とかそういう思いは1ミリもなかったんです。でも、そういうことが身近になってきて、結果的にすごく現代的な作品になったなと思いますね。

【写真】結城真一郎氏

■シェフなのか探偵なのか、善人なのか悪人なのか、解釈の余白を多くしたかった

――さっきもお話にあったように、探偵役としてシェフ兼オーナーという人がいて、彼は基本的に現場には行かず、配達員たちに事件の情報を集めてきてもらって謎を推理していく。この形式にも新しさを感じました。

結城 そういう形式の探偵モノはよく「安楽椅子探偵」って呼ばれるんですけど、スタイルで言うと多分それに近いですよね。探偵は椅子から動かず、助手が情報を集める。

ただ、ミステリの探偵役と助手役ってたいてい師弟関係とか友達とか、ツーカーな関係が多いですよね。その点、今作は料理人と配達員という一期一会の間柄で、そこにまったく深い関係性はない。

配達員も最初は高額報酬が欲しいだけなのに、ちょっとずつ「このオーナーって何者なんだろう」って気になっていく存在で。探偵役と助手役のそういう距離感こそが現代的を象徴するものだと思いますし、それによって過去にあまり例がないミステリ作品になったんじゃないかもと思っています。

――なぜ探偵役と助手役のそういう距離感を選んだんですか?

結城 僕が最初に思い描いていたのは、名探偵が唯一無二の解答を叩きつけるものではなくて、依頼人に一番耳障りのいい解釈をくれる存在がいるような作品で。そういうスタイルの推理小説って珍しいだろうなって思ったんです。そこに、現代的な要素としてフードデリバリーを取り入れて、いろいろ肉付けをしていったら、さっきも言ったような独特の距離感になったんです。

配達員側の視点で見ると、やっぱりブログなどを読む限り、配達員にもいろんな事情があるみたいなんです。当然、前向きに配達員をやってる人もいれば、やむなくやらざるを得ない人も結構いるらしい。そういういろんな事情を抱えてる人たちを複数、作品に登場させた方が面白くなるだろうし、リアルだし、わざわざそう設定した意味があるなと思ったんです。

オーナー側からの視点でいうと、実はこの作品自体の「最終的な謎の答え」というのはあえて明らかにしたくなかったんです。最後の謎がどういう意味なのか、オーナーというのは何者なのか。それって結局誰かの解釈に過ぎないし、そこも読者たちに委ねようと思ったんです。

彼がシェフなのか探偵なのか、善人なのか悪人なのか。そういういろんな解釈ができる余白を極力多くするために、彼自身のパーソナリティーはほぼ描かないという形に落ち着いたんですね。

【写真】結城真一郎氏

――これまで話してきた現代性の取り入れ方や、登場人物やストーリーの組み立て方については、何かの影響があったんですか?

結城 これはよく聞かれるんですけど......好きな作家さんはもちろんいますけど、「この方のこの部分がすごく気に入ってる」みたいなことは全くないんです。

――そんな中でも、あえて影響を受けた作品をお聞きするなら...?

結城 (笑)。それで言うと、映画『バタフライ・エフェクト』や『スラムドッグ$ミリオネア』は好きですね。いろんな要素が作品の中に登場するけど、それらがひとつの結末に向かって収束していって、最後は「なるほど」と思える。ああいう作品が自分は心地いいなと思いますね。

他にも『ユージュアル・サスペクツ』とか、いわゆるどんでん返しがある作品は好きで、そういう意味では影響を受けているのかもしれません。

――今回は事前に書店向けに行っていた告知に「謎解き難易度上昇」と書かれていましたが、これから謎解きを楽しむ読者にはどういう期待をしていますか?

結城 それは読者のみなさま次第だと思っていて、純粋に何も考えずにオチまでストーリーを楽しみたい人もいれば、自分なりに推理したい人もいるでしょうし、どういう風に読んでいただいても構わないです。

ただ、この物語の設定上、今作のオーナーの元に持ち込まれる事件というのは、誰かが10万円支払ってでも解いてほしい謎ということになっています。そうなってくると、一般の人がすぐ解けるような謎ではダメなわけで、それ相応の難問にしたつもりです。......って自分でハードルを上げて、毎回ヒーヒー言ってるんですけど。

――そういう時はどうしてるんですか?

結城 何かが降ってくるのを信じて考え続けるだけですね(笑)。机とかパソコンに向かうんじゃなく、よく街を散歩しながら考えてます。意外と体育会系なんですよ。

――今作『難問の多い料理店』が刊行されて、結城さんの今後の展望は?

結城 引き続き、この今の時代を切り取って、同時代の人たちを楽しませる路線はもちろん維持していくつもりなんですけど、それだけをやり続けるとやはり食傷気味になりますし、そんなにネタも多いわけじゃないので。それらを走らせながらも、やっぱり普及の名作的な路線のものを書いていきたいと思ってます。

秋から「小説新潮」で、そういった路線に近い作品を始めると思います。これまでとちょっと違った路線の作品というのは、楽しみ半分、残り半分は「ちょっと心してかからないとな」という感じです。

――では、また街を歩きまくる日々ですかね。

結城 そうですね。足を血まみれにして書きたいと思います(笑)。

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■結城真一郎(Shinichiro YUKI)
1991年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒。2018年に『名もなき星の哀歌』で「第5回新潮ミステリー大賞」を受賞し、2019年に同作で作家デビュー。2021年、『小説新潮』に掲載された『#拡散希望』で「第74回日本推理作家協会賞(短編部門)」受賞。同作品を含む単行本『#真相をお話しします』(新潮社)は累計売上20万部を突破し、「2023年本屋大賞」にノミネート

『難問の多い料理店』特設サイト:https://lp.shueisha.co.jp/the_ghost_restaurant/

取材・文/酒井優考 撮影/山添 太

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  • つい先ほど読了しました。まったく新しい新時代のミステリーで、才能は本物です。シェフのミステリアスさが何とも魅力でした。
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