悔しさと感謝に包まれた初のル・マン。耐久とスプリントの違いとレーシングギア【宮田莉朋“三刀流“コラムLAP 6】

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2024年07月05日 14:30  AUTOSPORT web

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2024年WEC第4戦ル・マン24時間 パレードに臨む宮田莉朋
 2023年にスーパーGT、スーパーフォーミュラでダブルタイトルを獲得したTOYOTA GAZOO Racing(TGR)の宮田莉朋選手。2024年は海外に拠点を移してFIA F2、ELMS(ヨーロピアン・ル・マン・シリーズ)に参戦しつつ、WEC(FIA世界耐久選手権)にテスト・リザーブドライバーとして帯同します。

 第6回目となる今回のコラムでは、LMP2クラスで挑んだ初めてのル・マン24時間レース、そして耐久レースとスプリントレースに挑む際のマインドの違いなど、莉朋選手が感じたことを徒然とお届けします。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 みなさん、こんにちは。宮田莉朋です。初挑戦となったル・マン24時間レースを終えてから、休む間もなくFIA F2の3連戦を迎え、各地を飛び回る生活を続けています。今回は初挑戦のル・マン24時間や耐久レースとスプリントレースの違いなどについてお届けしたいと思います。

 ここ最近は多忙な日々が続いていますが、実はル・マン24時間レースのテストデーを迎える前に少し休める時間があり、妻と一緒に地中海にあるスペインのマヨルカ島に小旅行に行きました。

『地中海の楽園』とか『宝石』と呼ばれるリゾート地でもあるマヨルカ島は、ELMSヨーロピアン・ル・マン・シリーズでチームメイトのロレンツォ・フルクサ選手の地元で、彼は今もマヨルカ島で生活しているんです。そこでちょうど妻が日本に戻る前のタイミングだったこともあり、一緒に4日ほどマヨルカ島に行き、ロレンツォ選手にもマヨルカ島を案内してもらって楽しい時間を過ごすことができました。

 マヨルカ島は、僕の体感ではヨーロッパのなかでも物価が高くなくて、スタバ(スターバックス)でもドイツやフランスでは5〜6ユーロ(860〜1000円)のところ、3〜4ユーロ(510円〜680円)くらいでコーヒーが飲める感覚です。それに食事も美味しかったですし、なによりも年間300日近く晴れるという天候の良さもあり、島と地中海の景色に感動しました。

 それまでレースも連戦が続いていましたが、この小旅行のおかげでしっかりとリラックスできました。気持ちもフレッシュに物事をじっくりと考える時間が作れたので、総じていい時間になったと思います。

■コンウェイの事故負傷とハイパーカーでの代役参戦の可能性

 その小旅行もあり、しっかりと気持ちも切り替えて初のル・マン24時間レースに挑むことになりましたが、テストデーの週末の木曜日か金曜日あたりにマイク・コンウェイ選手が負傷したと聞きました。

 みなさんもご存知かと思いますが、僕はTOYOTA GAZOO Racing WECチームのリザーブドライバーを務めています。そのため、コンウェイ選手に代わって、いきなりハイパーカーでル・マン24時間デビューという可能性が出てきたわけです。そのコンウェイ選手の負傷を聞いた際は彼の怪我を心配すると同時に、「これはマズイな」と不安にもなったのが正直な心境でした。

 リザーブドライバーですので、テストデーでの実走も含め、ハイパーカーのステアリングを握る準備はできていました。ただ、“ル・マン24時間の戦い方”という部分において、それまで準備してきたLMP2とハイパーカーでは大きな違いがあります。正直、不安になりましたが、コンウェイ選手の代役は昨年まで7号車のステアリングを握っていたホセ-マリア・ロペス選手が務めることになり、僕は改めてLMP2での戦いに集中することになりました。

 この件では大変恐縮なことに、モリゾウさん(豊田章男トヨタ自動車会長)からもお言葉をいただきました。『まだ先があるから今焦ってリスクを負うよりも、今取り組んでいるLMP2でしっかりと経験を積んでほしい。やがてハイパーカーでレースをするということを目標にしているからこそ、今取り組んでいるレース(LMP2)に集中させてあげるべき』という内容で、僕にとってはその言葉が本当に嬉しかったです。

 おかげで気分が晴れてLMP2に注力することができたと思います。僕がLMP2に集中できる環境を作ってくださったことに、本当に感謝しかないですね。本戦前からいろいろとあった初めてのル・マン24時間ですが、改めてさまざまな人への感謝の思いが募る一戦でした。

 僕は9歳のころに両親に連れられてル・マンを訪れたことがあります。その際はレースの行われていない週ではあったのですが、ブガッティ・サーキット(サルト・サーキットの公道を除くクローズド区間の名称)やル・マン24時間の際には公開車検やパレードが行われるル・マン市内も訪れていました。

 あれから時間が経ち、ドライバーとしてル・マン24時間のスタートを迎えたり、レース終了直後に表彰式を見るためにコース上にファンが走って詰めかける様子を目にしていると、9歳のころに訪れた際のル・マン景色や、そこから今まで支えて、背中を押してくれた両親の顔が浮かんできました。

 目標とする世界はまだまだ先にありますが、初めてル・マン24時間を戦ったことで、ひとつのスタートラインに立ったようにも感じ、改めて両親と、僕の挑戦を支えてくださるモリゾウさんをはじめとするTGRのみなさんへの感謝の気持ちが強くなったレースでした。

 レースでは終盤までLMP2クラスのトップを争っていましたが、残りは3時間というあたりから状況が変わってきました。ドライでのレースであればトップ争いをキープできる、優勝できるかもしれないという状況だったのですが、ワイパーのトラブルもあり、マルテ選手が搭乗中にコース外に飛び出して止まってしまったりと、歯車が噛み合わなくなってきました。

 その時、「これがル・マンなんだな」と感じましたね。それにチェッカー後も“やり残してしまった”、“やりきれずに終わった”という感覚が強くて、他のレースでは感じたことのないほどの悔しさ、やるせない気持ちが湧いてきました。同時に、今回優勝した各クラスのチームを見ていると、「いつかは自分も表彰台の中央に立ちたい」という思いを今まで以上に強く感じました。

 レース以外の部分では、今回のル・マンではテストデーも含めるとかなり長い期間ル・マンに滞在しました。その間は僕を含めたクール・レーシング37号車のドライバー3名、そして47号車のドライバーのフレデリック・ベスティ選手という4人が、チームが契約したアパートメントで共同生活をしていて、4人で結構わいわいしながら過ごしていましたね。

 マルテ・ヤコブセン選手はプジョーのリザーブドライバー、ベスティ選手はF1のメルセデスのリザーブドライバーという、自動車メーカーの育成プログラムに所属するドライバーで僕と近しい立場だったこともあり、将来のことやそれぞれの育成プログラムについて話したりもしました。

 それに、ル・マンのアパートメントでは猫に癒されていました。僕は日本では犬と猫を飼っていて、日本でレースをしていた時にはいつも彼らに癒されていたのですが、今回のル・マンでも癒しの存在に出会えたことが、走りにも良い影響を与えたかもしれませんね(笑)。

■耐久レースとスプリントレースの違い。レーシングギアへのこだわり

 話は変わって、今季、僕が参戦している耐久レースとスプリントレースの違いについてお伝えしたいと思います。今季はELMSで耐久レース、FIA F2でスプリントのレースを戦っていますが、実は耐久とスプリントでは、挑む際のマインドが大きく違います。ELMSとFIA F2の場合だと圧倒的に乗れる時間が違うので、それがマインドの違いにつながっています。

 昨年まで参戦していたスーパーGTや全日本スーパーフォーミュラ選手権(SF)では、セミ耐久のGTとスプリントのフォーミュラという違いこそありましたが、両カテゴリーともにフリー走行の時間が充分にあり(スーパーGT:90分/SF FP1:90分/SF FP2:30分)、予選と決勝に向けてそのフリー走行でしっかり準備していけばいいという感覚だったので、スーパーGTとSFでマインドが違うということはありませんでした。

 一方、今年参戦しているELMSはフリー走行が複数セッションあるので、予選と決勝に向けてどう使うかを逆算できる時間がたっぷりとありますが、FIA F2はフリー走行が45分間しかないため、まずは45分間の間にしっかりと走り切ること、そしてクルマとタイヤ、さらにほとんどが未経験のサーキットなので、それらをどう学ぶかを見つけなければならないのでかなり難易度が高く、挑む際のマインドはぜんぜん異なります。

 逆に言えば、ELMSのような耐久レースの場合は、日本のレースと同じマインドで挑むことができていると感じています。ですので、FIA F2の方が僕はそわそわしているかと思います(苦笑)。FIA F2は知らないコースでのレースが多く、レーシングドライバーにしか共感してもらえないかもしれないのですけど、初めてのコースでのレースは本当に簡単ではありません。

 走ることだけではなくて、たとえば、無線で言葉を発することができるポイントも実際に走らなければわかりません。知っているコースであれば、「ここはコーナリング中にも無線で話せる余裕がある」とわかります。

 でも、初めてのコースの最初の数周は、無線を使える場所と、ドライビングに集中しつつもステアリング上のダイヤルを操作できる場所を確認することに費やすことになります。それでいてレーシングスピードで、それぞれのコーナーの走り方、攻略方法を考えなければなりません。そういう小さな積み重ねを進めながら走る45分間は本当に難しいです。

 違いといえば、ELMSとFIA F2ではレーシングギアにも違いがあります。ELMSのような耐久レースとFIA F2のようなフォーミュラでは使用するヘルメットの規定も異なりますし、バイザーの開口部の広さも違いがあるため、それぞれのカテゴリーで違う仕様のヘルメットを使っています。

 ちなみに、僕はFIA F2には晴れ用と雨用の2個、ELMSには1個、WECには1個を用意しています。FIA F2用にもう1つペイントをお願いしているモデルがあるので、今季は全部で6個のヘルメットを用意していることになります。

 レーシングスーツやグローブ、シューズなどの場合、WECやELMSではチームの契約するメーカーのものを使用しますが、僕の場合、FIA F2では自分の好みのメーカーのモデルを使用しています。

 なかでも僕はレーシングシューズにこだわりがあります。最近はFIA(国際自動車連盟)の新しい規定の影響で足首がギュッと絞まったシューズが多くなりましたが、僕としては足首がフリーで、柔らかく、軽いシューズが好みですね。また、レーシンググローブはメーカーにとっては内縫い、外縫いでも違いがあるのですけど、僕は外縫いが好きです。

 さらに日本との違いで言えば、あまり知られていないことかもしれませんが、LMP2とFIA F2には走行中のマシンにドリンクが搭載されていません。

 GT500やSFではステアリング上のドリンクボタンを押せばチューブ伝いにレース中も水分補給ができましたので、ここも日本とヨーロッパの違いですね。幸い、昨年のGT500でもSFでも僕は比較的レース中にドリンクを飲むことが少なかったこともあり、そこまでの影響はありません。

 2024年シーズンも7月を迎えて暑さも本格化しつつありますが、ヨーロッパは日本ほど暑くはないので、十分に自分の体調も管理しながら今季の後半戦もしっかりと戦っていきたいと思います。それではまた次回のコラムで!

⚫︎今月の“リトモメーター”
三刀流+moreとして世界のさまざまなサーキットを訪れる2024年の宮田選手の移動距離を、フライトマイルで計測。ご本人のアプリのスクショを公開させていただきます。
今回、6月19日〜6月30日の期間で……
⚫︎6月19日〜6月30日
4回の搭乗
2,411マイル
搭乗時間:7時間30分

⚫︎2024年累計
56回の搭乗
108,003マイル
搭乗時間:264時間42分

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