『虎に翼』©︎NHK『虎に翼』(NHK総合)に、何だかすごい人物が登場した。最高裁判所長官の息子で判事のその人。
本作史上もっとも風変わりなひとりを演じるのは、岡田将生。これが絶妙に気味悪さ漂う演技なのだ。
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、“現在熟成中”だと感じる本作の岡田将生の演技を解説する。
◆“困惑”に近い初登場
今期の朝ドラ『虎に翼』には、困ってしまう。もちろんいい意味で。ほんと楽しみなことを毎週どんだけ用意したら気が済むんだよという……。物語自体の強固な素晴らしさは言うまでもないが、男性俳優陣の豪華なこと(!)。
第14週第66回からは、はい待ってましたよ、岡田将生が満を持しての登場。朝ドラ出演は、『なつぞら』(2019年)以来、5年ぶり。同作では、広瀬すず演じる主人公の兄役として、ストリップ劇場の幕間でタップダンス。それはそれは麗しかった。
5年の歳月で34歳になった岡田は、さらに滋味深く再登場。わずか数秒で視聴者をすぐさま魅了する。いや、魅了なんてもんじゃない。もはや“困惑”に近いくらい。
◆長官室の前で出会った長身の彼は……
どう困惑なのかと言うと、初登場の瞬間が明らかに他の登場人物たちとは異なるからである。じゃあ、何がどう異なるのか? 初登場場面を見てみよう。休日出勤した主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)がノックするのは、最高裁判所初代長官・星朋彦(平田満)の長官室。
寅子は、長官の著書『日常生活と民法』を新民法に合わせて改訂するための改稿作業の手伝いをライアンこと秘書課長・久藤頼安(沢村一樹)から頼まれたのだ。でも部屋には誰もいない。ドアの前に立つ寅子がなにやら視線を感じる。廊下のかなり先、角を曲ってすぐのところにひとりの男性が立って、こちらを眼差している。
かなりの長身。ちょっと素敵そうな雰囲気。ライアンか? ライアンよりもっと背が高く見える。長身の彼は、星長官の息子・星航一(岡田将生)だった。
◆不思議と心地いい気味悪さ
寅子のことを遠くからじっと見つめるということでは、過去に明律大学の本科に上がってきた女子部の面々を冷笑する花岡悟(岩田剛典)の視線を思い出す。だけど、航一の場合は、どこかにうっすら気味悪さを感じる。
でも不思議と心地よくもある気味悪さだ。航一の視線に寅子が気づく。ゾクッ。割と長めの間があってから、航一は、「なるほど」とその場から動かずに第一声を発する。彼の後ろ姿から肩越しの寅子、顔のアップが次々写る。
細かい5カットのカット割りで印象づけられるのは、星航一という人物の捉えどころのない独特の空気感。そのあと、寅子と航一は長官室に入り、ソファに腰掛ける。対面場面で、彼の風変わりな感じは、さらに強調される。
◆星航一のテーマ曲?
星長官に代わって航一が相手をする。長官は急用で不在。そのため、改稿作業は寅子と航一で着手することを説明される。自分のテンポ感で話を展開する航一に対して、寅子は困り気味の表情。
これまで聴き馴染みのない不思議なムードの音楽まで流れる。ひょっとしてこれは星航一のテーマ曲なのか(?)。初登場からまだ数分しか経っていないというのに、この人のキャラクターをどう掴み、理解すべきか。寅子同様に困惑している視聴者も少なくないだろう。
すると、尾野真千子によるナレーションが、寅子の心の内を代弁する。「この人、何だか」、「とっても」、「すんごく」と続き、「やりづらい」。そう、困惑の正体は、この「やりづらい」にあるのだ。
航一は、長官の息子というだけでなく、横浜地裁の判事だというから、それなりの実力の持ち主ではあるのだろうけれど、でも、いかんせん捉えどころがない。ミステリアスというか、ファンタジーっぽいホラー的雰囲気の人というか。その辺りの複雑な、でも軽やかに曖昧な人となりを岡田将生が実にうまく表現している。
◆岡田将生、“現在熟成中”
第67回冒頭場面は、長官室での会話の続き。いきなり航一が深めのため息。この岡田将生がすごくいい。気まずい寅子は、翻って長官の著書を出して、絶賛する。航一は静かにニヤリ。
またしても独特の間を置いから、ただ「なるほど」と一言。含みがありそうな言い方だし、やっぱり気味悪い。でも何かいい。もう完全に星マジックにかかっているということだろうか。そうだ、マクドナルドのCMひとくちチュロス「なめらかになった」篇で岡田は、激キモカワなくねくねダンスを披露していた。
しかもその相手は偶然にも伊藤沙莉(!)。やたらと気味の悪い航一の雰囲気は、たぶんくねくねの延長にありながら、もっと踏み込んで、もっと発酵した何かを表現した演技ではないかと思う。
岡田将生、“現在熟成中”(?)。とにかく十分な熟成を待つとしよう。星ワールドは、さらに想像を超えてすごいことになりそうな気がするから。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu