BAD HOPの「解散ライブマーケティング」は何がすごかった? SNS専門家が解説

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2024年07月05日 16:40  ITmedia ビジネスオンライン

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BAD HOPの「解散ライブマーケティング」がスゴかった

 今回は、筆者が敬愛する、BAD HOPの東京ドームでの解散ライブをSNSマーケティングの視点から論じてみたいと思います。


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 若年層を中心に人気を博し、2010年代後半以降の日本のHipHopシーンを代表する存在となったBAD HOP。双子のT-PablowとYZERRを中心に2014年に神奈川県川崎市で結成され、Tiji Jojo、Benjazzy、Yellow Pato、G-k.i.d、Vingo、Barkといった個性的なメンバーからなる8人ユニットです。


 惜しまれつつも、2024年2月19日に開催された『BAD HOP THE FINAL at TOKYO DOME』をもって解散してしまいましたが、その輝かしい功績は今後も日本のHipHop史に残る金字塔として語られ続けるでしょう。


●解散マーケの裏に、舌を巻くSNS活用


 彼らは日本のHipHopアーティストとして、さまざまな偉業を成し遂げました。大手レーベルの楽曲プロモーションなどがない中でのチャート上位達成、HipHopフェスのヘッドライナー、数々のメディア出演に加えてApple Musicとのタイアップ番組制作、そして先述の東京ドームライブなど、多岐に渡ります。


 しかし、そんな人気絶頂の彼らでさえ、東京ドーム公演は賭けだったようです。だからこそ、公演成功のためにも「解散」という注目度がスパイクする瞬間を味方につける必要があったのだと思います。


 タイトルの「解散ライブマーケティング」には、その過程において日本全体を巻き込むほどのポジティブで大きなモメンタム(勢い・熱気)を生んだ彼らのアイデアへの筆者なりの賛辞を込めました。


 本稿では、日本のHipHopアーティストとしては初となる単独東京ドームコンサートを実現するに至るまでの軌跡と、その実現にSNSがいかに有効に機能したかを考察します。


 いわゆるビジネスメディアやマーケティング界隈では正面切って採り上げられることが少ないテーマかもしれませんが、広くマーケティングに関心を持つ読者に有益な示唆となるでしょう。


●HipHopの世界はストリートワイズなアイデアの宝庫


 BAD HOPの解散マーケティングをSNS活用の観点から解説する前に、HipHop業界や彼らの取り組みについて紹介します。


 HipHopに対する印象は世代によって大きく異なると思われますが、現代では音楽産業の中心を占めるに至っています。Chart Dataによると、2023年にヒップホップは米国内でナンバーワンのジャンルとなり、アルバム相当枚数にして2億7727万枚を販売。これは市場の25.3%に当たります(以降ロック、ポップスが続く)。


 現代のHipHopは、80〜90年代の「オールドスクールなHipHop」から相貌を一変させました。出で立ちは、ダボダボなB-BOYファッションからハイブランドを中心としたストリートラグジュアリーに、そして音楽も太いドラムがループする「ブーム・バップ」からクラブやアリーナで音映えする「トラップ」ないしは「ドリル」などに移行。若年層からの憧れを獲得し、先端的に進化し続けているジャンルの一つだといえるでしょう。


(※)HipHopは音楽ジャンルの呼称ではなく、「ラップ(MC)」「DJ」「グラフィティ」「ブレイクダンス」からなるいわゆる「四大要素」を指します。したがって、HipHopを音楽のジャンルとして捉えるのは慣用的には成立しているものの定義上は不完全です(あくまでもDJとそこに言葉を載せるラップが該当する)。


 今日では、著名なラッパーはSNS上でも圧倒的な存在感を放ち、曲を出せばバズり、ファッションや飲料・お酒などさまざまなコラボレーションを展開し、コンシューマーグッズの領域でも大きな経済的インパクトをもたらすようになっています。


 日本でも若年層を中心にHipHop(ラップミュージック)の存在感は高まっており、上記のような展開が見られるようになっていますが、その熱狂は若年層を中心としており、世代差があるのかもしれません。


 一方で、音楽というジャンル全体の趣味嗜好については、世代間の差異は縮小しているようです。2023年の紅白歌合戦では、各世代共にYOASOBIをベストアクトに挙げているのがその証左です。にもかかわらず、HipHopのファン層が特定の世代から広がらないのは、なぜなのでしょうか。


 その理由の一つに、大手レーベルに所属するアーティストが多くないことが挙げられます。大々的なコマーシャルを伴わないため、知名度や話題の広がり方がどうしてもやや局地的にならざるを得ないのです。


 もう一つに、HipHopの核にある価値観として、自分や仲間、そしてそのコミュニティを誇ること(レぺゼンすること)──これは2024年上半期のスマッシュヒット「チーム友達」に表れている──、そして持たざる者が成り上がるという文化様式を若者が特に支持する傾向にあるためです。


 不遇の時代を乗り越えて、経済的に成功して自由を得るという図式はHipHop特有のものではないですが、重要なのはそれがストリートに根差しているということです。そこで時にはグレーなことも含めて「上手くやる」ことが求められます。いわば地元や先輩達から継承される「ストリートワイズ」なセンスが重要な知的資質であり、それは教育機関や学問体系に則って構築される「ブックワイズ」な知性と対をなします。


 そして、マーケティングという営みこそ、ブックワイズな範囲に閉じこもるのではなく、ストリートワイズな世界から大いに学ぶべきものではないか、と筆者は考えています。


●BAD HOPの来歴 川崎からの躍進


 そのHipHop的な「成り上がり」を2010年代以降のシーンで最も体現したのが、神奈川県川崎市出身のBAD HOPです。彼らは、川崎市東部の川崎区、さらに川崎区の工業地帯に存在する池上町出身。さまざまな歴史的背景が交錯するエリアで、その逆境的な生い立ちはVICE Japanがドキュメンタリー番組に収めています。


 彼らのリリックには、その川崎の原風景が何度も登場します。


俺らBayside出身 潮風で錆びる夕日


高く並んでるビルより 工場の方遠くを見る


(Bayside Dream, 2021)


North Side South Side 夢を見据えてる All Night


俺ら未だSouth Sideの住民票 書いたリリックが謄本


(KAWASAKI SONG, 2024)


 また彼らの楽曲を聴いていると、それまでの苦難を成功に結び付けるための思考法がリアリティを持って迫ってきます。特にYZERRのパートからそうした感銘を受けることが多いと感じます。


感謝している過去のPain、痛みすらも金にChange


(FRIENDS, 2021)


 そして、それと同時に音楽の力で成り上がり成功を手中に収めたとしても、仲間との絆を最上位に置く姿勢はぶれません。ギャングスタラップの要素を強調しつつも、その根幹には太く濃い人間関係への希求がある。その姿勢こそが、若年層を中心に支持を集める主要な理由ではないでしょうか。


奴がいくら捻じ曲げてもこれは切れない誰にも 錆びたChainでここに残ったよ友達と


(FRIENDS, 2021)


商売なら繁盛だぜ 仲間と巻くBAND


才能より愛情だけ ここまできたちゃんと


(IKEGAMI BOYZ, 2024)


 ここからは、国内のHipHopアーティストとしてさまざまな功績を積み上げてきた彼らが、どのようにSNSを活用し、東京ドームでの解散ライブまで走り抜けたのかについて詳しく解説します。


●「解散ライブマーケティング」の設計から学べること


 BAD HOPは、ヘッドライナーとして出演した2023年5月27日の「POP YOURS」(日本のHipHopフェスイベント)で、突如解散を発表しました。


 そして解散までのプロセスとして、今後ラストアルバムをリリースし、6月から始まる最後の全国ツアーを終えた後、1日限りの解散ライブを行うとアナウンス。公式Xにて最後のライブをどこで見たいかファンに呼びかけました。


 大事な決断のタイミングでは、ユーザーとのインタラクションの機会を設けるということ。それによりファンとの絆を示しつつ、意見を募集することで期待感を高めつつ熱量を保持するやり方が巧みです。


 またこの解散発表と同時に、YouTubeで解散への想いを語ったインタビュー動画を公開。突然の出来事をユーザーが深く受け止め理解するための足場を準備している点も配慮が行き届いていると感じました。


 そして、2023年9月の「THE HOPE」(POP YOURSと並ぶ国内最大級HipHopフェス)にて、ラストライブの会場が東京ドームとなることを明らかにしました。フェスはさまざまなアーティストのファンが集まる場であり、いわばHipHopシーン全体の注目度が高まるタイミングにあたります。そのピーク時に発表することによって、PRバリューを高めることに成功しました。


 ここまでの情報発信の流れがすでにお見事ですが、怒涛の展開は続きます。まず2023年末にかけては、他のHipHopアーティストとのビーフ(抗争)が勃発し、双方が互いをディスりあう楽曲をリリースしたことでシーンを盛り上げました。


 やや不穏な空気を伴ってしまうところが難点ですが、「対決」は人々のアテンションを集める最も強い物語装置の一つです。特にSNSでは両陣営のファンがスクラムを組むことで非常に大きなバズを生み出します。広告キャンペーンの世界においても、米国では、王者マクドナルドに対して、バーガーキングが挑戦的なキャンペーンを仕掛け話題を創出する例が知られています──まさに「ビーフ(牛肉)」の構図に他なりません。


 このビーフは偶発的な要素が強かったであろうものの、その後は勢いを生かすかたちで、2月9日にラストアルバム「BAD HOP」を配信リリースし、同日にテレビ朝日系「ミュージックステーション」へ出演。注目度が高まったタイミングで、毎日ミュージックビデオを公開しYouTubeの急上昇ランキングを彼らの曲が占領しました。


 しかも公開されるミュージックビデオには、新人から大御所までHipHopファン大歓喜のコラボレーションが続き、BAD HOP以外のファンも巻き込むかたちで、カウントダウンお祭り状態になっていました。


 圧倒的な情報過多の時代、コラボレーションは注目を集める有力な手法です。また、コンテンツをまばらに発信するのではなく、「山」のタイミングに向けて集中投下することでアテンションの波を生み出すことに成功したのは、見習うべき点が多いと感じます。


 また年末から2月にかけては、ABEMAが『BADHOP 1000万1週間生活』と題した密着ドキュメンタリー・バラエティー番組を放送。毎週の新エピソード公開とともに一人のパーソナリティが深く分かる内容で、グループ全体への親しみやすさや共感性を高める契機となりました。


 さらに同時期にInterFMで「#リバトーク TO THE DOME」を毎週生放送するなど、コンテンツの集中投下に加えて、リアルタイムな接点を継続的に設けることで、「ともにゴールまで疾走しよう」というメタメッセージをファンやオーディエンスに伝え続けました。


 このように、解散ライブ当日までの全方位な話題喚起の波状設計が完璧に作り上げられていたと、筆者は評価しています。結果として、チケットはソールドアウトとなり、当日の東京ドームは日本のHipHop史に残る出来事となりました。


 YouTubeで公開された数々のコラボレーション曲を収めた『BAD HOP (THE FINAL Edition)』 はApple Music ランキング総合1位を獲得し、現時点で日本のHIP HOP史上最も聴かれているアルバムとなっています。


 振り返ると、BAD HOPの「解散ライブマーケティング」には、普遍的に通用する知恵と当為が含まれていました。


・彼らの生き様に裏打ちされた困難に挑む姿勢とファンを固く結束させるアティチュードの提示(はやりの言い方をするなら、「Purpose(パーパス)」に近い)


・クライマックスに向けて間髪いれず波状的な盛り上がりをもたらす情報発信の設計


・予想外のアクシデント(ビーフ)をも味方につけアンチも飲み込みながら、HipHopシーン全体を巻き込むコンテクストの創造


 まさに、マーケターにとっても貴重な学びになるストリートワイズな実践だったといえるでしょう。


●著者紹介:天野 彬(あまの あきら)


1986年生まれ。東京大学大学院学際情報学府修了(M.A.)。SNSのトレンドやマーケティング活用に関するリサーチ・コンサルティングが専門。電通デジタル プラットフォーム部門ソーシャルプラットフォーム部 兼 ソーシャルコネクトグループ所属。日経Think! エキスパートコメンテーター、明治学院大学社会学部非常勤講師。TikTok for Business Japan Awards 2024 Creative Category審査員。主著に『新世代のビジネスはスマホの中から生まれる―ショートムービー時代のSNSマーケティング―』(2022年、世界文化社)。その他、『情報メディア白書』(共著)、『広告白書』(共著)など。


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