Corneliusが語る、レコーディング環境30年の変遷。AI時代でも「自分にフィットするやり方を選ぶだけ」

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2024年07月05日 21:10  CINRA.NET

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Text by 金子厚武
Text by 佐伯享介
Text by 渡邉隼

今年ソロ活動30周年を迎えたCorneliusが、近年発表してきたアンビエント色の強い作品を中心に再構築したアルバム『Ethereal Essence』をリリースし、7月に東京と京都でアニバーサリーライブを開催する。

Corneliusの30年の歴史は、レコーディング環境の進化とともにあったと言っていいだろう。外部のスタジオから事務所内の簡易的なスタジオへと場を変え、Pro Toolsを用いたDTMベースの制作へと移行して、現在ではハードウェアは用いず、楽器もごく一部でしか使われず、レコーディングのほとんどがプラグインで完結。そんな変化と呼応しながら年代ごとにサウンドデザインを突き詰めたことにより、現在では世界中にファンを持つCornelius独自の音楽性が形成されてきた。

今回のインタビューではそんなレコーディング環境の変化を軸にして、30年の歩みを振り返ってもらうとともに、『Ethereal Essence』とも少なからず関係している生成AIの話題も含め、2020年代におけるテクノロジーと音楽の関係性について幅広く語ってもらった。

―今日は30年の活動をレコーディング環境の変化を軸に振り返っていただきたいと思うのですが、新作『Ethereal Essence』と1stアルバム『The First Question Award』(1994年リリース)のレコーディングではきっと何もかもが違いますよね。

小山田:『The First Question Award』制作当時はレコーディングスタジオで、打ち込みも少しは使ってたけど、基本的にはミュージシャンを呼んで、ほぼ全部生で「せーの」で録音してちょっとダビングして、みたいな感じでした。

小山田:2ndアルバム(1995年リリースの『69 /96』)からはハードディスクレコーディングを始めたんですけど、使えるチャンネル数とかいろいろ制限が多かったですね。あとは事務所の一室をプリプロルームにして、当時だとADATっていう、録音できるテープを使って、レコーディングの半分ぐらいはそこでできるような感じになったんですけど、最終的には外のスタジオで楽器の録音やミックスをやってましたね。

Cornelius(こーねりあす)

1969年東京都生まれ。1989年、フリッパーズギターのメンバーとしてデビュー。バンド解散後1993年、Cornelius(コーネリアス)として活動開始。現在まで7枚のオリジナルアルバムをリリース。自身の活動以外にも、国内外多数のアーティストとのコラボレーションやREMIX。プロデュースなど 幅広く活動中。

―『FANTASMA』(1997年リリース)のときはどうでしたか?

小山田:『FANTASMA』もわりと似たような感じでした。ただ、当時は48チャンネルのデジタルレコーダーを使ってたんですけど、『FANTASMA』は音が多すぎて48チャンネルに収まらなくて、レコーダーを2台同期して、シンクロして作業してたんです。スタジオの1階と地下1階のレコーダーを同期して、48チャンネルの卓にアディショナルで卓を組んでミックスしたりとか……本当にめちゃくちゃなことやってたなって。

―当時はどこのスタジオをよく使っていましたか?

小山田:中目黒にある青葉台スタジオです。事務所から近かったんですよ。たまにそこが取れないときは違うスタジオも使ってましたけど、その頃は自分が住んでるのも中目黒だったから、「ほぼ中目黒から出ない」みたいな感じの生活でしたね。

―フリッパーズ時代から使ってたんですか?

小山田:フリッパーズのときは代々木のミュージックインっていうスタジオがあって、たぶんもうないと思うんだけど……そこに高山徹さんがいて、当時高山さんはまだ入ったばっかりでアシスタントをやってたんだけど、その頃からいろいろ作業を手伝ってもらってて、その後もずっと一緒にやらせてもらってますね。

―Corneliusのレコーディングに高山さんと美島豊明さん(プログラミング)は欠かせないですよね。でも、きっと当時使ってたスタジオの数はかなり減ってますよね。

小山田:もうほとんどないんじゃないかな。レコード会社が持ってるスタジオとかはあるけど……でももうほとんど行かなくなっちゃったから。当時はいろんなところに行きましたよ。1990年前後はバブルがすごかったから、いろんなスタジオができて、ミュージックイン以外で言うと、TOKYU FUN(現Bunkamuraスタジオ)は豪華なスタジオでしたね。あとは演歌の大御所も昔から録ってるコロムビアのスタジオとか、いろんなスタジオがありました。

―懐かしくなったりしないですか。「たまには広いスタジオで録りたい」みたいな。

小山田:たまに他の人のスタジオとかに行くとね、そういう気持ちになることもありますよ。でもやっぱり外部のスタジオを使うのは単純にお金がかかるし、自分のペースでできないじゃないですか。「今日は眠いからちょっと始める時間を遅くしよう」みたいなことはできないので。

―何時までに何曲終わらせなきゃとか、どうしても追われる感じが出てしまう。

小山田:それがものすごいストレスだったんですよね。やっぱり1990年代から2000年代はレコーディング技術に大きな進化があって、その前まではチャンネル数が増えるとか、それくらいの感じだったけど、その頃から家で全部できる環境になった。それはやっぱりつくる音楽に対してすごく影響がありましたよね。

―『POINT』(2001年リリース)の制作タイミングで中目黒内で事務所を移転して、この頃から外部のスタジオを使わなくなり、事務所内のスタジオですべて完結するようになるわけですよね。当時の「from Nakameguro to Everywhere」というコピーもすごく印象的でした。

小山田:ごくたまに外のスタジオに行くこともあったんですけど、『POINT』からはほぼ9割以上が自分のスタジオですね。その移転した中目黒の事務所は前のところよりも広かったので、レコーディング用のブースもつくれて、アンプも鳴らせたし、ちょっとドラムも叩けたりして、自分で叩いた音をサンプリングして使うことも多かったです。

―マンションの一室でも、しっかり音出しができる環境だったんですか?

小山田:夜はちょっと気を使って、アンプのレベルを下げようとか、ドラムを叩くのはちょっと怖いかなとかありましたけど、でも昼間は普通に叩いてました。軽い防音はしつつ……まあ漏れ漏れなんですけど(笑)。

―それが許される環境ではあったと。『POINT』からはPro Toolsによって音が視覚化されたこともあり、これまでのレイヤー的なつくりから、点や配置を意識したつくりに変わったのは、レコーディング環境の変化が大きく反映されていますよね。ただ、いまのようにプラグインを使うのではなく、アンプを鳴らして録ったり、ドラムも生で録って、それをサンプリングして使ったり、まだ楽器が重要な役割を果たしている時代でした。

小山田:バンドでライブをやったりとかもするので、アンサンブル自体はギター、ベース、ドラムに、プラスちょっとキーボードっていう感じで。『POINT』のリリース当時は「エレクトロニカ」とか言われたけど、全然ロックというか、普通にバンドサウンドなんですよね。

―実際に生で叩いたドラムをサンプリングして使うという手法だったのは、どんな意図がありましたか?

小山田:ドラムが叩ける環境だったし……叩きたかったんです(笑)。ここ(現在の事務所)はドラムが叩けないから、もう叩くことはほぼないんですけど、その頃はドラムを叩くのが結構好きで、よく録ってましたね。

―バンドメンバーのあらきゆうこさんではなく、小山田さんが叩いてたんですか?

小山田:『POINT』は全部僕が叩いて、その次の『SENSUOUS』(2006年リリース)のときはあらきさんに最初に来てもらって、スネアとかバスドラとか、そういう各パーツを全部録音して、あらきさんのドラムキット(編註:ドラムサンプラーなどに読み込ませて使用するソース音源のセット)をつくって、それを使ってました。『POINT』のときはもうちょっと普通に、叩いたやつを2chにして編集して、みたいなことをやってたんです。単発で叩いてるものを打ち込んだりもしてたんだけど、もうちょっとフレーズで録ってた感じですね。

―むしろパーツで録るなら小山田さんでも良さそうな気がしてしまいますが……。

小山田:まあ……どっちでもよかったのかもしれないけど(笑)、うちのドラムセットがあんまりいいのじゃなくて、あらきさんのドラムセットで録ったほうがライブで再現するときに近いものになるなと思って。

―なるほど。じゃあそれは中目黒じゃない場所で録った?

小山田:いや、ドラムセットを持ってきてもらって、中目黒で録りました。あと『SENSUOUS』の頃になると24bit/96khzっていう、ハイビットで録れるようになったので、フレーズサンプリングとかよりも単発の音がよりハイファイに聴こえるようにもなって。なので、『POINT』よりも『SENSUOUS』の音のほうがもっとハイファイで、すごく響きが聴こえる音像になってるんです。

―当時のレコーディングの思い出としては、他にどんなことが思い浮かびますか?

小山田:中目黒は結構長くいたから、いろんな人とレコーディングをした記憶がありますよ。坂本(龍一)さんとも一緒にレコーディングをしたりとか。

―どの作品ですか?

小山田:『CHASM』(2004年リリース)と『アウト・オブ・ノイズ』(2009年リリース)は中目黒で録ってます。『アウト・オブ・ノイズ』は素材を録って送っただけだけど、『CHASM』のときは坂本さんが2〜3日うちのスタジオに来て、一緒にセッションをして録りました。アート・リンゼイが来て一緒にやったり、いろんな思い出があります。

小山田:いまの事務所は前よりも狭いし、あんまり人が呼べないんですよ。レコーディングで使ってるのも作業部屋みたいな感じだから、最近は滞在時間もすごく短いんです。週1日か2日くらい、ちょっと寄って作業する感じだけど、昔はほぼ毎日ずっと事務所にいて、朝まで作業とか全然やってたんだけど……もう体力的に無理ですね(笑)。やっぱり外部のスタジオを使うプレッシャーから逃れられたのが大きくて、より集中できるようになったのもあるし、単純に時間がかけられますよね。「できるまでやってみよう」みたいなことができるっていうか。

―その集中した作業によって、現在に至る小山田さんの作風の基盤をつくった『POINT』であり、その発展系である『SENSUOUS』が生まれたと。

小山田:その変化はめちゃくちゃ大きかったと思います。

―2012年に中目黒から現在の桜新町の事務所に移転したのはどういったタイミングだったのでしょうか?

小山田:中目黒の家賃がめちゃくちゃ上がったんですよ。僕らが引っ越した頃の中目黒はいまみたいににぎやかな場所じゃなくて、すごく静かな場所だったんです。でもある時期から中目黒に人がめちゃめちゃ増えて、家賃もめちゃくちゃ高くなって、もううるさいし、やだねっていう感じになって、僕の家もこっちのほうに引っ越してきて、それで事務所も引っ越しました。

―たしかに一時期からにぎやかになりましたよね。ドン・キホーテができたり……。

小山田:あと花見とか。

―いまの事務所にも簡易的な作業場はあるけど、もうアンプも鳴らさないし、ドラムも叩いてないわけですよね。

小山田:歌やアコギを録るブースはあって、アンプも別に鳴らそうと思えば鳴らせるけど……面倒くさいから鳴らしてない(笑)。

―『Mellow Waves』(2017年リリース)以降はほぼプラグインで、アンプシミュレーターだし、ドラムもリズムマシンだし、ミックスももうプラグインなんですよね。

小山田:そうですね。アウトボードは使ってないです。アンプシミュレーターを使うようになったのは、設定をずっと覚えてくれるのが大きくて。音自体はね、やっぱりアンプで鳴らしたほうがいいなと思うんだけど、例えばレコーディングした1か月後に「やっぱりここだけ録り直したい」ってなったときに、アンプだと元通りの設定に戻せないけど、シミュレーターだと戻せるのが大きくて。僕結構そういうことをよくやるので。

―プラグインで完結するようになったことと、音楽性には何らかの関係があると思いますか?

小山田:どうなんですかね……プラグインでできるようになると効率的というか、作業が早くなって、アイデアを形にするまでの時間が短縮できると、いろんなトライアンドエラーもできるようになるし、そこがいいところかなと思ってますけどね。ただ音楽性にまで影響してるかというと、プラグインだからっていうのはあんまりないかな。

最近の変化で言うと、『Mellow Waves』あたりからベースもプログラムでやり始めたんです。弦楽器は再現性が難しいから、それまでは一応弾いてたんですけど、ベースのプラグインはかなりいい感じのやつが出てきて。でもエレキギターはまだ再現性が低いんですよね。アコギとかはちょっといい感じのが出てきてるけど、エレキギターはまだちゃんと弾いて録るのとはだいぶ違う。

―そう感じるのは小山田さんがギタリストでもあることと関係してるんですかね?

小山田:それもあるかもしれないけど、ギターは指がダイレクトに音に影響するっていうか、インターフェースとして体と直につながってるじゃないですか。それですごく繊細なニュアンスが出るんだと思うんですよね。ピアノとかは打鍵だから、人間とは直接つながってないので、指の微細な動きまでは音にそこまで影響しないけど、ギターは指の微細な動きが直接音に影響するので、そういうことも関係があるんじゃないかな。

―現在はプラグインじゃないのは歌とギターくらい……でもボーカロイドをはじめ、合成音声のソフトウェアの進化もすごいですよね。

小山田:いまはもう歌のシミュレーションもかなり進化してますよ。AIボーカルと実際のボーカルの区別ももうわからない(編註:たとえばDreamtonics社の「Synthesizer V」といった歌声合成ソフトには、自然な歌唱を合成可能なAIが搭載されている。また既存のアーティストらの音声をシミュレートして歌唱させることが可能なサービスも複数公開されているが、著作権の問題や倫理的な問題は現在も議論されている)。

AIに関しては、レコーディング環境の変化とかっていう次元じゃない変化だと思うんですよね。もう誰でも音楽がつくれちゃうし、僕も最近、いろんな音楽生成AIツールを試してるんですけど、もうブラインドテストしてもわからないぐらいまで音楽が普通に生成されちゃう。CMのBGMとか、お金のないインディーズ映画の音楽とか、ミュージシャンに発注しなくても簡単につくれちゃうと思うんです。音楽制作環境の変化とか、録音がいい音でできるようになったとか、人間に近づいたとか、そういうことじゃなくて、本当に誰でも音楽がつくれちゃうし、AIがヒット曲をつくるみたいなこともこの先は当たり前のように出てくると思うし、もうすでにサブスクのなかにAIのつくった曲があっておかしくないでしょうしね。AIがつくったって明かしてなくても。

―それこそアンビエントとか、チル〜ローファイ系は多そうですよね。

小山田:それもあるし、普通にもう歌ものとかでも全然あると思うんですよ。シンガーソングライター的な作家性みたいなものも、AIは真似ることができると思うし。

―そういう状況に対しては、危機感を感じているのか、それとも面白いと捉えているのか、小山田さんとしてはどちらが近いですか?

小山田:まあ両方ですよね。この先いつAIに支配される世の中になるのかわからないけど、AIに支配されるまではAIと一緒にやっていく時間が結構あるんじゃないかな。それはそれで、また何か面白いものが生まれる可能性もある。ただやっぱりその変化はいままでの変化とは全然違うものだと思いますね。

いまのAIは画像にしろ音声にしろ、まだちょっと不自然で怖い感じがあるけど、ああいうのは初期のバグだから、もうあと2〜3年ぐらいしたらまったくわからないぐらいのクオリティになるわけじゃないですか。そうなったとき、いろんなもののアイデンティティがめちゃくちゃ揺らぎますよね。

―かつてのSF的な世界観がどんどん現実になっているのはワクワクもするけど、やはり怖いものでもありますよね。新作『Ethereal Essence』の曲タイトルを見ても、特に新曲群にSF的なニュアンスを感じさせますが、このアルバム自体もここまで話してきたテクノロジーの進化と関連があると言えますか?

小山田:曲のタイトルはAIが考えたというか、AIに候補を出してもらったのもあって。


Cornelius『Ethereal Essence』ジャケット(Spotifyで聴く)

―え、そうなんですか!

小山田:音に関してはまだAIを自分の楽曲には使ってないけど、曲のタイトルに関しては、「こんな雰囲気のアルバムなんだけど、いい感じの考えて」って言って、出てきたのにダメ出ししたりして(笑)。

―ちなみにAIから決まったのはどれですか?

小山田:“Step Into Exovera”がそうですね。これ、元は(坂本龍一の)“Steppin’ Into Asia”から来てるんだけど、「もっとよくわからない架空の都市の名前を考えて」って言って、そうしたら何個か出てきて、これがいいかなって。

―そう、事前に曲タイトルの意味を調べてたら「Exovera」っていう正式な単語は出てこなかったんですよ。

小山田:AIが適当に考えたやつです(笑)。

―もうこのアルバムにもAIは忍び寄ってるんですね……ちなみに、“Steppin’ Into Asia”の話があったので、アルバムの最後に収録されている“Thatness and Thereness - Cornelius Remodel”について聞かせてください。もともと坂本さんのトリビュートアルバム(2022年リリースの『A TRIBUTE TO RYUICHI SAKAMOTO – TO THE MOON AND BACK』)に提供されていた楽曲ですね。

小山田:トリビュートをするときこの曲を選んだのは、原曲が本当に大好きだったこともあるし、坂本さんのボーカルのものをやりたいなっていうのもあったんですよ。坂本さんの歌のイメージって世の中の人はあんまりないと思うんですけど、歌ものもいいのがたくさんあるし、きっと他の人は選曲しないだろうなと思って。

―今日は30年間のレコーディング環境の変化について駆け足で振り返っていただきましたが、最後にここから先への予測や期待についても聞かせていただけますか?

小山田:最近だとスマホで曲をつくってる人もたくさんいますよね。楽器や機材が買えない人やお金のない若い子が、手元にあるスマホで全部やっちゃうみたいなやり方もかっこいいなと思います。パンクっぽいっていうか、ヒップホップっぽいっていうか、いまっぽいし。僕自身はまだあんまりやったことないけど、面白そうだなとは思う。

僕は世代的には普通に演奏していた時代も知ってるし、そこからのテクノロジーの進化もずっと見てきていて、その両方がわかるから、これからもそのときの自分にフィットするやり方を選ぶだけです。きっとハイブリッドな感じでやっていくのかなと思いますね。
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