ドコモ前田社長に聞くファンマーケ 「スポーツとエンタメは戦略的領域」

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2024年09月14日 11:31  ITmedia ビジネスオンライン

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Tmedia ビジネスオンラインの単独インタビューに応じたNTTドコモの前田義晃社長

 6月にNTTドコモのトップに就任した前田義晃社長が、ITmedia ビジネスオンラインの単独インタビューに応じた。前田社長は2000年にリクルートからドコモに移ってきた転職組。1992年のドコモ営業開始後、NTTグループの生え抜き社員以外が社長に就くのは初めてとなる。


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 主にdマガジン、dポイントなどの「dモノ」のビジネスの拡大やプラットフォームビジネスに取り組んできた前田社長が打ち出すのは「顧客起点の運営」だ。副社長時代には、カンパニー制を導入して組織の意思決定を速めたり、映像配信サービス「Lemino」のコンテンツを強化したりするなどドコモという巨大組織を変革するためのかじ取りに携わってきた。


 ドコモは年間で1146億円の研究開発費を有し、約1億人の会員基盤から生み出される膨大なデータも持つ。スマートフォンの競争力の源泉は、通信に加えプラットフォームをベースとしたコンテンツ力にある。その経営をどう担うのか。前田社長に展望を聞いた。


●国立競技場などスタジアム、アリーナを運営 狙いは?


 まずはドコモの2023年度の数字を見てみたい。営業収益は前年比1.3%増の6兆1400億円、営業利益は同4.6%増の1兆1444億円となり、増収増益だった。dポイントの会員数は1億人を突破。提携先は90万社、300万店舗で利用できるほか、クレジットカードとQRコードで決済された金融決済取扱高は前年比18%増の13兆1200億円に達した。


 携帯電話の契約者数は8749万件から8994万件に増加した一方、1ユーザーあたりの平均的売上を示す「モバイル通信ARPU」は前年比で70円減の年間3980円と下落傾向が続いている。


 通信事業において最も大事なのは「つながりやすさ」だ。今、ドコモは顧客から「つながりにくい」といわれていて、前田社長は就任会見で「通信品質の改善に注力する」と発言している。ただし、ある企業が画期的な技術を開発したとしても、通信を含め機械を介する技術的なものは、時間がたつほど同業他社が追い付いてくることが多いため、均質化されていくことが少なくない。例えば、5Gから6Gに切り替わるころには、すでに各社の通信品質に決定的な差はなくなっているだろう。その環境下で選ばれる携帯電話会社になるには、スマホをプラットフォームとした「コンテンツ力」が重要になる。


 「2000年代から携帯電話が盛り上がったのは多彩なコンテンツのおかげです。『着うた』を始めとした音楽配信など、昔から携帯電話とエンターテインメントとの相性はすごく良かった。エンタメのバリューチェーンとは、興行を含めたコンテンツ制作力も含まれます」


 ドコモは2023年からJリーグと組んで世界のサッカーチームを招へい。試合やイベントの興行主としてのビジネスを始めた。加えてLeminoを通じてプロボクシング4階級制覇王者である井上尚弥選手のタイトルマッチを配信。最近では、国立競技場や愛知県のIGアリーナなどの「箱モノ」の運営を始めるなど新しい試みを続けている。これらのビジネスに乗り出した理由については「魅力的なアリーナを作れば、興行をすると大勢の顧客が集まります。すると、そこに参加したいというスポンサーも出てくるというエコシステムができあがるから」と話す。


 アリーナ数カ所の運営だけでは、価値提供の場が広がらないと感じていたときに、国立競技場の運営についての話が上がってきたという。


 「東京の中心地にある日本のフラグシップスタジアムですから、価値を作り上げる拠点としても大きな可能性があります」


 メジャーリーグベースボール(MLB)では、打球速度や飛距離など、日本の野球中継では視聴者が見られないさまざまな数値も表示されてくる。米国ではこのような新技術を積極的に活用していて、実はドコモもラグビーで似たような取り組みをしているという。


 ドコモは、日本ラグビーフットボール協会、リーグワン、ソニーグループとの合弁会社「ジャパンラグビーマーケティング」に出資参画している。


 「当社とJリーグとの協業のように、海外のクラブチームや代表戦などを主催しようする会社です。ソニーグループさまには、データやモニタリング、センシングなど、技術的な側面も支援していただいています」


 ボクシング、サッカー、ラグビー、モータースポーツなどでの取り組みを見ると、ドコモはスポーツビジネスに注力しているようにみえる。


 「大事なのは、そこに集うファンとドコモとの関係性の構築です。例えば井上尚弥選手とドコモが一緒にサービスを提供することによって、彼のファンと当社との関係性も構築できます。ファンの方にドコモを利用しよう、応援しようと思ってもらえる可能性が出てくるのです。スポーツとエンタメは当社の戦略的領域なのです」


 だがエンタメビジネスは、ヒットコンテンツが出れば大きな利益をもたらす一方で、ヒットを予測する難しさから「全体としてはもうけにくい」領域でもある。


 「確かに簡単ではありませんね。配信だけでは1人あたりの利益率はどうしても低くなりがちです。川下はマージン率が低いので、規模を広げて全体額を積み上げるビジネスモデルにしています。一方、上流側はマージンが大きいものの、当たり外れのリスクも存在します。ただ、何もやらないと何の変化も起きません。着実に取り組むことが大切です」


●サイロ化を打破 カンパニー制に取り組んだ理由


 ドコモは2022年、エンタメ、ヘルスケア、メディアなどを担うスマートライフ事業を加速させるために「カンパニー制」を採用した。その中核で指揮を執ったのが当時副社長だった前田社長だ。その理由については「成長するためのフォーメーションを作り、かつ中期的に各事業の利益を上げるには、必要な時にカンパニー内で決められる体制の方が、スピーディーに成長できると考えたからです」と話す。


 この2年間で本当にスピーディーに動けるようになったかを聞くと「(スマートライフ事業が)私の管轄だったこともありますが、権限を与えられたことによって、カンパニー内で実施の可否を決められるようになり、物事の決断が速くなった実感はあります」という。カンパニー制採用前後には、どちらかというと縦割りだった組織から、組織間で横の連携ができるようになるなど良い変化が起きたようだ。


 「以前は確かに、現実としてサイロ化してしまいがちな部分もありました。しかし顧客に対応しなければならない中で、各事業がバラバラではなく一丸となって提案すべき時も出てきます。それを続けるうちに、いろんなチームの組み合わせ方や、新しい動きができるようになりました」


 この取り組みはさらに進化し、この7月には、通信事業に関して顧客への各種営業活動をしていた「営業本部」と統合して「コンシューマサービスカンパニー」とした。


 「もちろん通信事業はインフラであり重要です。ただ本来の存在意義は、各種サービスを提供して顧客に価値を提供することにあると考えています。顧客は回線サービスと、エンタメやショッピングを始めとしたスマートライフ事業を別々には見ていません。顧客起点の運営をするには、顧客が満足できる価値やサービスを提供する必要があります。通信とスマートライフの2つはセットなのです」


●銀行業に参入 決済領域を狙うワケ


 前田社長は、社長就任会見で銀行業への参入意思を示した。


 「当社のビジネスのベースにあるのは、dポイントや共通ポイントなどの会員基盤です。その会員基盤と親和性が高く、大きなビジネスになり得るのが約13兆円の金融決済取扱高がある決済領域です。この分野で確実に収益を積み上げたいのです。金融事業は前年比で18%も成長をしていて、金融という別のビジネスチャンスを作り出そうと考えています」


 銀行業に参入し、ドコモユーザーに口座を開設してもらうことによって金融サービスの提供が容易になる。


 「(同業他社はすでに銀行業に参入しており)ギリギリの参入かもしれませんが、金融サービスの本質は『お金をどのように動かすのか?』にあります。銀行口座という機能があり、他のサービスと連携をすることによって、より使いやすいサービスを提供できるはずです」


 ドコモはマネックス証券と資本提携をしたり、オリックス・クレジットをグループ会社にしたり、積極的に金融事業に取り組む。


 「当社の決済周りは、多くのパートナー企業に入ってもらう形で事業展開をしてきました。現在、国が政策を進めていることもあり、多くの人の資産形成のスタイルが貯蓄から株式、新NISAなどに変わりつつあります。その機会を提供できるかどうかが重要だと考えています。顧客にパートナー企業の金融サービスを使ってもらい、それぞれのビジネスを拡大してもらおうという狙いもあります」


●ダイバーシティの重要性 「結果的に社長になった」


 前田社長は自らの考えや会社のポリシーを組織の末端まで伝えようしている。口で言うのは簡単でも実行するのは難しい。だが前田社長は、携帯電話のつながりにくさの実態を知るため、山手線沿線を自ら回り、実態調査をしたという。


 「トップのメッセージが現場に伝わっているか。現場目線を持てているか。顧客起点ができているか。これらを常に考える必要があります。それには社員と直接コミュニケーションを取ることが大事だと考えています。全国の各ブロックに足を運び、社員ともミーティングをしました。現場に行き、何が起こっているかを理解することが重要だと考えています。これは経営陣も同じです」


 マネジメントや組織作りをする上で気を付けていることを聞くと「競合他社と比べて、ドコモが置かれている状況を、バイアスをかけずに理解しフラットに見ることです。課題解決には、立場は関係なく、オープンに意見を言い合える環境作りが必要です」と話す。


 NTTグループは、公社だったことでステレオタイプ的に“お堅い組織”というイメージで見てしまいがちだ。2020年にはドコモを完全子会社化し、NTT色が強まるとも思われた。それだけに、リクルートからの転職組である前田氏が社長に就任したことは、世間的に驚かれた部分もある。


 「私が入社した20数年前と比べれば、現在はキャリア採用によって入社した社員が数多くいます。私が社長に就任したのも、結果的にそうなっただけです。ダイバーシティの重要性がグループ全体でも叫ばれています。生え抜きか転職組かは、組織の職能とは関係ありません。今後もそのような状況にしていくべきだと考えています」


●「顧客起点で考える」意味


 実はインタビュー前、編集者がドコモの受付ロビーでWi-Fiをつなごうとした際に、ユーザー登録が複雑で接続に苦労したという。その話を前田社長にすると「それは本当に申し訳ないです。直していきたいので教えてください。不便なところはどんどん直していくしかないですし、それが競争力強化につながるはずです」と話した。


 問題が存在することを否定しない姿勢は「顧客起点で考える」という前田社長の信念なのだろう。人の意見を素直に聞ける人が強いことは、誰もが知っている。だが、実際にはなかなかできない。


 前田社長は顧客起点を実行するために組織変革までしてきた。今後、前田社長の強みがドコモの経営にどれだけ表れるか注目したい。


(アイティメディア今野大一、武田信晃)



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