Amazonファーマシー、日米でどう違う? 比較から見える「ビジネス巧者ぶり」とは

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2024年09月16日 07:21  ITmedia ビジネスオンライン

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 2024年7月、日本で「Amazonファーマシー」がサービスを開始しました。「薬局を選んで処方薬を買えるサービス」で、前回の連載記事「Amazonファーマシー体験レポート その仕組みと収益モデルは?」において、そのビジネスモデルや利用して見えてきた課題などを解説しました。


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 実は同様のサービスに、2020年に米国で始まった「Amazon Pharmacy」があります。名称だけ見れば、今回のサービスはその日本版のように思えますが、実際には大きな違いがあります。両国のサービスを比較しながら、その特徴と背景にある医療制度の違いを整理していくと、Amazonが各国の状況に合わせて、巧みにビジネスモデルを適応させている様子が見えてきます。


●著者プロフィール:郡司昇(ぐんじ・のぼる)


20代で株式会社を作りドラッグストア経営。大手ココカラファインでドラッグストア・保険調剤薬局の販社統合プロジェクト後、EC事業会社社長として事業の黒字化を達成。同時に、全社顧客戦略であるマーケティング戦略を策定・実行。


現職は小売業のDXにおいての小売業・IT企業双方のアドバイザーとして、顧客体験向上による収益向上を支援。「日本オムニチャネル協会」顧客体験(CX)部会リーダーなどを兼務する。


公式Webサイト:小売業へのIT活用アドバイザー 店舗のICT活用研究所 郡司昇


公式X:@otc_tyouzai、著書:『小売業の本質: 小売業5.0』


●サービスの本質的な違いとは?


 まず、米国と日本のサービスで最も大きな違いは、その本質にあります。米国のAmazon Pharmacyは、文字通り「Amazonの経営する薬局」です。Amazonが直接、処方箋医薬品を販売し、配送しています。日本の薬剤師である筆者としては「処方箋医薬品を販売」という表現は使いたくないのですが、ここではAmazonに合わせてそのまま表現します。


 一方、日本のAmazonファーマシーは「薬局を選んで処方薬を買えるサービス」です。つまり、日本でAmazonは薬局と患者をつなぐプラットフォームとしての役割なのです。この違いは、両国の医療制度や規制の違いから生まれています。


 なお、日本においてAmazonが直接薬局を運営することは規制の影響で難しいと解説する記事を見かけますが、ボトルネックはそこではありません。日本でもAmazon自らが薬局を出そうと思えば出すことは可能です。


●米国のオンライン薬局事情


 米国のオンライン薬局は急速な成長を見せています。2023年の927.2億ドルから2024年には1088億ドルに拡大すると予測されています。これは、薬局市場全体の約20%を占める規模となっています。


 この急成長はコロナ禍以降定着した部分が多く、CVSやWalgreenといった大手ドラッグストアが店舗を閉鎖して集約する動きをしている一因です。そもそも米国ではリフィル処方箋制度が定着しており、アプリやWebサイトを通したリピート注文は一般的なサービスです。米国でのAmazon Pharmacyはこのサービスへの後発参入です。


 ここで、リフィル処方箋制度について、少し詳しく触れたいと思います。リフィル処方箋とは、一定の定められた期間内に反復使用できる処方箋のことで、患者が医師の再診を受けることなく、処方箋1枚で繰り返し薬局において薬を受け取ることができる処方箋です。


 病状が安定した患者において医師が期限を決めて処方箋を書き、その期限内であれば薬剤師のモニタリングの元に、その都度繰り返し調剤が行われます。薬剤師はモニタリング結果を薬歴や調剤録に記録をとり、薬剤師が再受診を必要とすると判断した場合は、調剤は行われず主治医に受診勧奨を行うという、薬剤師によるモニタリングを前提とした仕組みです。


 患者にとっては医師のもとを訪れる手間が省け、医療費削減にもつながるメリットがあります。医師のメリットは治療が必要な患者に専念することができ、負担が軽減されることにあります。


 日本では、2022年4月の診療報酬改定で導入されましたが、現時点では十分に活用されていない状況です。2022年10月時点で総受付件数に対するリフィル処方箋の割合は0.102%でした。


●価格設定と保険制度


 価格設定においても、両国で大きな違いがあります。米国のAmazon Pharmacyでは競争力のある価格設定を行っています。特にPrime会員向けの送料無料サービスは、会員にとって魅力的です。


 一方、国民皆保険の日本は国が定めた保険調剤の公定価格となります。つまり、どの薬局で購入しても薬代自体は大きく変わりません。ただし、配送料に関しては薬局ごとに設定が異なるため、ここに若干の価格競争の余地があります。


●配送サービスと会員サービス


 米国のAmazon Pharmacyは、Amazon自身の経営する薬局からの出荷です。Amazonの強力な物流ネットワークを生かし、効率的で迅速な配送サービスを提供しています。この点が、日本のサービスとの大きな違いの一つとなっています。


 米国では、Amazonの既存の物流インフラを最大限に活用し、一部の都市では同日配送も実現しています。


 最も革新的なのは、テキサス州カレッジステーションで始まったドローンによる処方薬の配送です。これにより、注文から60分以内という驚異的なスピードでの薬の配達が可能になりました。また、渋滞が激しいニューヨークではeバイクを使用した配送も行っています。


 一方、日本のAmazonファーマシーでは、配送は各薬局が担当します。そのため、配送のスピードや料金は薬局によって異なり、米国のAmazonのような統一された高効率な配送システムにはなり得ません。代わりに、店頭での受け取りも選択できるのは特徴といえるでしょう。


 この配送システムの違いは、両国のサービスの本質的な違いを反映しています。米国ではAmazonが直接薬を販売・配送しているのに対し、日本ではAmazonはあくまでプラットフォームの提供者に現時点では留まっているのです。


 米国のAmazon Pharmacyでは、Prime会員向けに特別なサービスを提供しています。例えば、処方薬の割引や無料配送などがあります。これは、既存のAmazonの顧客ベースを活用して医薬品市場に参入する戦略の一環です。


 日本のAmazonファーマシーでは、現時点でPrime会員向けの特別なサービスは提供されていません。これは、前述の通り薬の価格が固定されていることや、Amazonが直接薬を販売していないことが理由として考えられます。


●データ活用とAI技術の導入


 米国のAmazon Pharmacyでは、AWS Supply Chainを用いた高精度の需要予測により、在庫管理や人員配置の最適化を図っています。処方箋受付から出荷まで、処方箋の全行程にわたっての需要を予測する精度がこれにより50%向上しました。


 需要予測精度の向上は在庫管理から顧客サービスまで、ビジネスのあらゆる面に好影響を及ぼします。また、AIアシスタントのAlexaを活用した服薬リマインダー機能なども開発しています。


 日本のAmazonファーマシーでは、現時点でこのような高度なデータ活用やAI技術の導入は見られません。ただし、オンライン服薬指導のプラットフォームとしての機能を生かし、将来的にはデータ分析やAI技術を導入する可能性があります。


 結論として、米国と日本のAmazonファーマシーは、同じ名前を冠していても、その実態は大きく異なります。これは両国の医療制度の違いによるところが大きいですが、同時にAmazonが各国の状況に合わせて柔軟にビジネスモデルを適応させていることの表れでもあります。


 今後、日本のAmazonファーマシーがどのように発展し、医療サービスの利便性向上にどのように貢献していくのか、注目していく必要があるでしょう。


 Amazonファーマシーの登場は、日本の医療サービスのDXを加速させる一つのきっかけとなるかもしれません。その行方を見守りつつ、患者にとってより良い医療サービスの在り方を考えていくことが重要です。


 (著者:郡司昇)



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