“文筆家”星野源の心得「彫刻して置いていく感じ」 コロナ禍で発した「生きてさえいればいい」というメッセージ

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2024年09月30日 12:00  ORICON NEWS

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星野源(撮影:池本史彦 ヘアメイク:廣瀬瑠美 スタイリスト:TEPPEI) (C)ORICON NewS inc.
 「エッセイを書く時って、自分へのセラピーみたいな瞬間があって、自分と向き合うことによって、これは本当に思っていることなのか取捨選択できる」。文筆家・星野源は、穏やかな表情を浮かべながら言葉を紡ぐ。2014年からつづってきたエッセイ集『いのちの車窓から』(KADOKAWA)の新刊『いのちの車窓から 2』が、9月30日に刊行される。同書には2017年から23年までの雑誌『ダ・ヴィンチ』の連載原稿と4篇の書き下ろしが収録されているが、この間、世の中も、そして星野にも、本当にたくさんのことが起きていた。目まぐるしく変わる“車窓”を、星野はどう眺めていたのだろう。

【撮り下ろし写真】『いのちの車窓2』について語った星野源

■書き下ろしエッセイは「残しておきたい思い」を込める

 前作から含めると約7年半という月日が経ったが「今年『いのちの車窓から 2』の書き下ろしの作業をしていたのですが、なるべく多めに書きたいなと思っていたら、4つほど書くことができました。それも、ちょっと時間をかけてやらせてもらったので、やっと出てうれしいというのがとても大きいところです」と安堵の表情を浮かべる。丁寧に、今作を作り上げていった。

 「やはり久しぶりの本ですし、大事に作りたいという思いがすごく強かったです。大事に作りたいからこそ、去年はシングル2曲のリリースと『LIGHTHOUSE』もあって、作曲をいっぱいやらないといけなかったりもありまして(星野とオードリー・若林正恭が“悩み”について語り合うNetflixのトーク番組。各回のエンディング曲はすべて星野の新曲)。本の作業は片手間でやりたくなかったので、今年に全部集中しようということでやりました」

 エッセイの書き下ろしでは、いつもとは違った書き方で書き進めていった。「僕は、普段エッセイを書く時には何を書こうと決めて書くことがあまりなくて。書き出してから決まることがほとんどなのですが、今回の書き下ろしでのお世話になった方のエピソードに関しては、書きたいと思って書きました。亡くなってしまった音楽ディレクターさんは、もっと表に出てもいいような人だったのですが、その方が自分より担当の人を押し出したいというタイプで。だから『この人の記録をもっと正式に残したい』みたいな気持ちがすごくあったんです。すごく大事に思っている人なので、それはやっぱり忘れないようにというか。自分もそうですが、世の中に残しておきたいなっていう思いがすごく強く、書きました」。

 今回の書籍に収録されている時期は、コロナ前、コロナ禍、そして今という、人々の行動様式が一気に変わったタイミングでもある。「このエッセイはもともと、自分の活動がめまぐるしく忙しくなっていく、急勾配で上がっていく最中に始まったんです。自分を機関車に見立てて、毎日いろんなところに移動して、いろんな景色を見ている車窓を描いていくみたいなコンセプトだったので、そこで出会った人のことを書くことが多かった。なので、人とのコミュニケーションや、そういうものを描くということが、このエッセイでやりたいことでもありました」と明かした上で、率直な思いを伝えた。

 「コロナ禍になって、人と会えなくなった。そこから目まぐるしい車窓じゃなくて、ずっと静止している自宅の窓に変わっていって。そうなると、描くものがないので自分の心がどんどん浮き立ってくるというか。心はどんどん変化していくし、自分の心とか内省的になっていきました。そこからさらに、社会的にも外にたくさん人が出られるようになって、また目まぐるしくなりかけるみたいなところで終わっているのですが、その中で、人と相対する時の大事さみたいなのが、自分の中で変わってきている感覚がありました」

■「自分と向き合うことによって、これは本当に思っていることなのか取捨選択できる」

 そんな中、気付いたことがある。「前は当たり前にいろんな人と会って、いろんな人と交わしたコミュニケーションの中で、自分が大事に思っているものが残っているという感じだったのですが、その一つひとつが大事なものとして、自分の中で変化していったんだと思うんです。書籍の中で『「出会い」は「未来」である』と書いたのですが、いい出会いだけじゃなくて、よくない出会いとか、どうでもいい出会いも含めて人生を作っていくのだっていうのは、すごく思っていることです。例えばこういう場でも、あの上司の方と一緒に居る部下の方が1人いないだけで、その人がいるといないのでは、たぶんこの後の僕の人生は全然違うのだろうなとか。それぐらい人との出会いというのは、いろんなものを左右していくという実感は、人と会えなかった時間がけっこう長かったので、改めて感じました」。

 コロナ禍の渦中における閉塞感をつづった「出口」では「何かあったらいつでも辞めようと思っている」「自分が生きてさえいればいい」とのメッセージを発しているが、どういった心境から出てきた言葉なのか。「あの頃は、僕もそうでしたが、今よりもっとみんなバタバタしていて慌てていましたよね。そんな中で、自分の考えとか思いみたいなものも、いろんなものがありすぎて、自分が何を考えているのかわからなくなってくる感覚があって。エッセイを書く時って、ちょっと自分のセラピーみたいな瞬間があって、自分と向き合うことによって、これは本当に思っていることなのか取捨選択できる。特にこのエッセイは、盛っていくよりも省いていくみたいな作業の方が多かったです」。人とは会えない時間に、自分の内なる声に向き合い、答えを見つけ出していった。

 「あの頃の自分と向き合って書くとなった時、例えば『死にたい』ってけっこう強く思ったな…ということを改めて向き合って考えて、でもその気持ちは、どちらかというと、もっといい状態にならないからしんどいというだけだよなとか、自分へのセラピーみたいな要素が強くて。『自分に出口はあるから、まだ判断を極端にしなくていいよ』と、文章を通して言うような感覚でした。本当に出口がないのかといえば、それぐらいみんな切羽詰まっていて、自分も切羽詰まっているのですが、本当の本当のところまでいくと出口あるよねっていう。だから、みんなを励ましたいっていうより、自分の正直なところを探っていくような作業で、結論として出口はあると思っていると書けたのでよかったです」

 同書にある『「出会い」は「未来」である』では、こう書かれている。「1公演中止するだけで数十億円の損害になる。その日をずっと前から楽しみにしていた数万人のファン一人一人の想い、その全員が空けてくれたスケジュール、仲間である約600人ものスタッフが自分のために用意してくれた場も、全てなしにしてしまう」。自分が今置かれている立場・責任を認識している星野が発する「生きてさえいればいい」というメッセージは、多くの人に届くだろう。

■「混じりっけない本音を文章にするって、たぶん不可能で。どんなに文章が上手くても無理に近い」だからこそ、エッセイを書く

 とはいえ、星野から読者に“読み方”を強要することは決してない。「『いのちの車窓から』に関しては、彫刻して置いていく感じで『どうぞ好きに見てください』みたいな気持ちです。だから、すごく自分の心が静かな時にしか書けなくて、あんまり感情を書かないようにしているんですよ。こういう感情だった、こういうことをわかってほしいんだ…みたいなものを書いてしまうと、読み手としては受け取るだけになってしまう」。星野の表現活動全体に通底している考え方のようにも感じるが、『いのちの車窓』で心がけていたことをそっと教えてくれた。

 「読み手の人が中に入れるような…というか。もちろん、自分の感情は絶対にその中にあるんだけど、言葉にしないという。でも、やっぱり自分のエゴってあるから、自分の感情を描きそうになるんですよね。例えば、伊丹十三さんの賞をいただいた時のエッセイでは、すごくうれしいことをしてもらったということが、最後の最後にわかる構成なのですが、それがわかった瞬間に文章が終わっているんです。もし、その後に自分がこう感じたんだと書くと、読み手は説明として受け取るだけになってしまうので、読む人が追体験できるように心がけました。自分のエゴをできるだけなくしたいって思いがあるのですが、それってすっごく静かな気持ちじゃないと書けなくて。自分の気持ちが凪以上の、シーンみたいになると書ける何かがある。だから、そこに遭遇した自分の心を、そのままポンって出すみたいなイメージですかね。そういうことをやりたいなと思うので、あまり読み手を意識していません」

 エッセイとは何か、というところへも話が広がっていく。「混じりっけない本音を文章にするって、たぶん不可能で。どんなに文章が上手くても無理に近い。表現として“作為”が絶対に入ってしまうんです。どんなに真に迫ったニュースでも真実までは行けないというのと同じで、真実はその場にいてその一瞬しかないというか。エッセイを書いていて、本当のことを書くというのは不可能なんだと感じたことをきっかけに、でも自分が感じた感触とか感覚みたいなものとか、心の動きみたいなのに限りなく近い体験というか感触を伝えることができるんじゃないかっていうのを、この本で突き詰めたかったんです」。

 8月末に放送されたニッポン放送『星野源のオールナイトニッポン』内で、オードリーと佐藤満春と“深夜のファミレス”から届けた際には、コンテンツ消費のペースが速くなっていると指摘していたが、書籍は時間をかけて“心に染み入る”メディアのような印象を受ける。その疑問をぶつけると、星野は「やっぱり紙って残る時間が長いなと思っていて。10数年前くらいは、インターネットに残ればずっと残るんだろうなって思っていましたし、データというものの方が強いのかなって思っていたんです。だけど、インターネットデータって消えていくというか、意外と残られないっていうことがわかってきて。それだったら紙の方が残るのではないか」と切り出した。

 「『YELLOW MAGAZINE+』というイヤーブックを作って、今はウェブマガジンにもなっているのですが、それをまだ本として出している理由としては、100年後、200年後の人も読めるからです。僕が死んだ後とか、僕のことを知っている人がひとりもいなくなっても、その本があれば、星野源がどういう活動をしていたかわかる。そういう意味では、紙って物理的な生存時間も長いですし、いいなと思います。でも、僕はものすごく電子書籍で読むことも多くて、両方あるというのがすごくいいことですよね。『いのちの車窓から2』も電子書籍でも出しますし。僕は『これ、どっちもほしいな!』と思ったら両方買うんですけど、そういうのってなんか、いいですよね」。星野の言葉は、書籍そして電子書籍を通して、伝播していく。

【星野源】
1981年、埼玉県生まれ。俳優・音楽家・文筆家。俳優として、映画『罪の声』で第44回日本アカデミー賞優秀助演男優賞受賞。音楽家としては、近年に『喜劇』『生命体』『光の跡』など多数の楽曲を発表。また、著作に『そして生活はつづく』『働く男』『よみがえる変態』『いのちの車窓から』がある。音楽、エッセイ、演技のジャンルを横断した活動が評価され、2017年に第9回伊丹十三賞を受賞。

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