前回記事では、多くの日本企業で基幹システムのリプレースが失敗に終わる原因として、俯瞰(ふかん)的に業務プロセスをデザインする「プロセスオーナー」が不在である点を取り上げた。今回は、このプロセスオーナーが担うべき役割とは何なのか、解説したい。
●部門間の利害対立をどう越えるか
最初に述べておきたいのは、基幹システムのリプレースはあくまでも手段であるということだ。プロセスオーナーとDXを組み合わせる最大の目的は、機能部門別に個別最適化された会社の仕組みを、部門横断の全社最適なものに改めることである。
部門個別最適で硬直化された仕組みでは、事業環境の変化に応じてビジネスを迅速・柔軟に対応させることも、頻繁なレギュレーション変更に即座に対応することも困難だ。さらに言えば、労働人口の減少といった長期的なトレンドや大規模災害・地域紛争といったアクシデントから強靭に回復することも見込みづらい。こうした変化や不確実性に強い、レジリエントな(回復力がある)オペレーションモデルを構築することこそが、プロセスオーナーを基軸としたDXを推進する目的である。
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実はERPの登場と時期を同じくして、企業に求められるマネジメントスタイルは変化している。
企業を取り巻く環境変化や不確実性がそれほど大きくない時代は、営業、工場、ファイナンスなどの各機能部門がおのおのの役割に対して最善を尽くすことで、その総和が企業全体の業績に直結する、いわば足し算のマネジメントが主流であった。
こうしたマネジメントスタイルのもとでは、各部門が最大限のパフォーマンスを発揮するために、部門固有の業務機能要件を専用システム機能として実装することが求められてきた。
しかしながら、ある機能部門の要求を満たすことが、他部門の不利益につながるというのは、残念ながらよくある話だ。こうした部門間のトレードオフの関係を見定め、プロセス全体を通じて部門横串の最適解を見いだし、合意に基づき各機能部門が連動して動くことの重要性が、昨今の経営環境ではますます重要になっている。
環境変化や不確実性が高まる昨今、絶対的な正解が存在するわけではなく、最適解は常に変動し続けている。最適解を見直し、合意形成し、新たな部門連動を実現する──というサイクルを頻繁に繰り返せるマネジメントスタイルが求められている。
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そしてそのようなマネジメントスタイル実現のためには、一気通貫したデータを基に合意形成と部門間のオペレーション連携を支える、統合された情報システムが必要となる。これがERP(Enterprise Resource Planning)と呼ばれるゆえんである。
となると、図1の右側に示すように「機能部門の利害を超えて最適解を見いだした上で関係部門の合意を取り、各部門がスムーズに連携できるような業務プロセス」を俯瞰的にデザインし、またメンテナンスする役割が必要となる。この役割がプロセスオーナーである。
●プロセスオーナーの3つの役割
プロセスオーナーには大きく3つの役割が存在する。これらの役割を正しく認識した上で、プロセスオーナーを基軸にした業務変革を進めることが、スムーズな基幹システムの刷新、さらにはレジリエントな(回復力のある)オペレーティングモデルの構築につながる。
まず、1つ目の役割は各エンドツーエンドプロセスにおける、重点KPIとサービスレベルの定義である。ここでいうエンドツーエンドプロセスとは、(図2)に記載したような、業務プロセスの川上から川下まで、機能部門を横断した業務プロセスを指す。
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この中で例えばAR to Cashのプロセスを再構築する際、機能部門の要望は「入金消込の自動マッチング率は現在80%なので、これを90%程度にしてほしい」といったものかもしれない。
しかしながらAR to Cashにおいて重視すべきKPIが滞留債権回収率だった場合、機能部門の声に引っ張られると本来最も重要なサービス品質への対応が後回しになる危険性がある。あるいは、そもそも機能部門のオペレーターの要求は過剰品質であることも考えられる。
プロセスオーナーは、個別部門の要求に振り回されることなく、エンドツーエンドプロセス全体での重点KPIと必要なサービス品質レベルを定義し、合意形成する必要がある。なお、この場合の合意先は事業管理者や経営層など、当該エンドツーエンドプロセスのサービス受益者となる。
次に2つ目の役割は、サービス受益者と合意された重点KPIおよびサービスレベルを実現するために、部門横断の俯瞰的な視点から業務プロセスを再設計することである。
業務プロセスの再設計に当たっては部門間の利害が衝突、あるいは、特定部門が抵抗勢力となるケースも考えられる。従ってプロセスオーナーには高い調整能力と説得力、そして合意形成能力が求められる。
最後に3つ目の役割は、各機能部門の掌握とモニタリングである。
プロセスオーナー主導で各部門と合意形成しながら再設計した業務プロセスも、それを遂行する各部門のスキルや人材がなければ成立しない。従って、各機能部門が遂行能力を担保できるよう働きかける必要がある。
また、実際に稼働した新業務プロセスが、サービス受益者と合意したサービス品質の目標値に達しているか、常にモニタリングを行い、必要に応じて改善策を講じる責任がある。
これら3つの役割を図示すると、図3のようになる。なおここで留意すべきは、これらの3つの役割は一過性のものではないということだ。絶え間なく変化する経営環境に応じて、重点KPIと必要サービス品質を見直し、それに伴う業務プロセスの修正を行い、修正プロセスに必要となるケイパビリティを機能部門に確保させ、実行状況をモニタリングするというサイクルを断続的に回していかなければならない。
●プロセスオーナーの組織上の位置付け
これまで述べてきたように、プロセスオーナーは機能部門の利害から独立した立場で、全体最適の観点からエンドツーエンドプロセスを俯瞰し、業務プロセスをデザイン、モニタリング、メンテナンスする必要がある。となると、特定機能部門の指揮命令系統の中に組み込まれてしまっては、そうした動きは取りづらい。
プロセスオーナーは組織上、どのように位置付けるべきか。大きく3つの方法がある。
1つ目は、COO(Chief Operating Officer)、CFO(Chief Financial Officer)などの直下にプロセスオーナー統括組織を置き、その中に各エンドツーエンドプロセスを担当するプロセスオーナーを配置する方法である。
この際に重要なのは、プロセスオーナー統括組織の後ろ盾として、COOやCFOなどの強力な権限者が存在するという点である。これによりプロセスオーナーと各機能部門の間に健全な緊張関係、相互けん制が成り立つ。
2つ目は、シェアドサービスセンター、CoE(Center of Excellence)などの業務集約組織にプロセスオーナーを配置する方法である。
この方法には、プロセスオーナーとオペレーション実行部隊の一部が近いこと、重点KPIとサービス品質目標をSLA(Service Level Agreement)としてサービス受益者と合意するという営みに慣れていることなどの利点がある。
一方で、こうした業務集約組織の役割を、従来のコスト削減を目的とした単純作業の寄せ集め組織から、全社オペレーションの変革エンジンへと一段高いレベルに再設定し、その新たな位置付けに対して全社で共通認識を持つことが極めて重要となる。
最後に、各機能部門から選抜されたメンバーによるバーチャルチーム(CFT: Cross Functional Team)で、集団でプロセスオーナーの役割を担う方法である。
具体的には、基幹システム刷新の前工程として業務変革、新業務設計を行う際に、最初からプロセスオーナー組織を立ち上げることが困難である場合が多く、プロジェクトチームとしてプロセスオーナーの役割を代替するケースが該当する。この進め方であれば、プロジェクト活動を通じて、次世代のプロセスオーナーをCFTの中から選抜、育成できるという大きな利点も存在する。
しかしながら各部門から選抜されたメンバーはどうしても部門にひも付けられてしまうため、プロジェクトとして合意した部門横串の最適解と、選抜元の所属部門の利害との板挟みになることが非常に多い。プロジェクトと各機能部門の間のコミュニケーションルールの整備など、入念なプロジェクト運営準備が求められる。
●プロセスオーナーの不在が招く重篤なリスク
筆者はこれまで多くのグローバル企業を接してきたが、特に欧米に本拠地を置く企業には当たり前のようにプロセスオーナーが存在する。一方でプロセスオーナーが不在にもかかわらず高い競争力を保ってきた日本企業の特殊性は、何によって成立しているのだろうか。
新卒一括採用、終身雇用により、文化的背景など同質な人材が長く同一企業にとどまる背景の中で、ジョブ・ローテーションが頻繁に行われることで隣の部門の業務内容も熟知している。また、他部門の主要メンバーが同期入社組で人的信頼関係がある。こうした土壌の上で、自然発生的に部門間の調整や協業・同調が成立してきたことが、結果としてプロセスオーナーの必要性が認識されてこなかった理由ではなかろうか。
しかしながら、国内労働人口の減少や若者を中心とした就業意識の変化により、こうした前提条件はすでに崩れはじめている。また昨今、ジョブ型人材という概念がもてはやされているが、プロセスオーナー不在、かつ自然発生的な部門間の同調が失われつつある中で、Job Description(担当職務の定義)に閉じたジョブ型人材ばかりが集まってしまうと、日本企業の競争力に重篤なダメージを与える結果にならないか、危惧している。
今回はレジリエントなオペレーティングモデルを構築するに当たり、主に組織や役割の観点から論述した。次回はよりデジタルの活用に焦点を当てたテーマとなる。
●著者紹介:山岡正房
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社ファイナンスパートナー
2014年に入社後、クライアント企業のCFO部門向けに制度対応から業務プロセス改革、組織体制の見直し、グループ経営管理の強化、デジタルの活用など、さまざまな変革支援をリード。近年はファイナンスDXおよびトレジャリー領域にフォーカスし、関連プロジェクトの責任者を務めると共に、新たなコンセプトやソリューションの開発に取り組む。
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