『シビル・ウォー アメリカ最後の日』アレックス・ガーランド監督が語る「右派と左派が喧嘩せず議論できる映画を」

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2024年10月04日 16:10  CINRA.NET

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Text by 西田香織
Text by ISO
Text by 生田綾

もしもアメリカの分断が進み、国を崩壊させるような内戦が起きたらどうなるのか。10月4日(金)に公開されたA24による最新作『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、そんな構想から生まれた映画だ。

連邦政府から19もの州が離脱し、共和党支持者が多いテキサス州と民主党支持者が多いカリフォルニア州が同盟を組み、政府軍に対抗する「西部勢力」をつくる――。一見するとありえない設定にみえるが、秩序が保たれなくなった末に起きる数々の争いや暴力行為は、世界中でいま起きていることをふまえると、途轍もなくリアルにも感じられる。

監督を務めたアレックス・ガーランドは、「この物語は現実と地続きである」としたうえで、「右派と左派の観客が喧嘩をせずに議論できるような、双方に共通点がある映画をつくりたかった」と語る。この作品の狙いは何だったのか、インタビューで聞いた。

あらすじ:連邦政府から19もの州が離脱したアメリカ。テキサスとカリフォルニアの同盟からなる「西部勢力」と政府軍の間で内戦が勃発し、各地で激しい武力衝突が繰り広げられていた。「国民の皆さん、我々は歴史的勝利に近づいている——」。就任「3期目」に突入した権威主義的な大統領はテレビ演説で力強く訴えるが、ワシントンD.C.の陥落は目前に迫っていた。ニューヨークに滞在していた4人のジャーナリストは、14か月一度も取材を受けていないという大統領に単独インタビューを行うため、ホワイトハウスへと向かう。だが戦場と化した旅路を行くなかで、内戦の恐怖と狂気に呑み込まれていく― / ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

—作中では内戦の明確な原因は明かされませんが、憲法修正第22条に違反する「3期目」に就任した大統領が司法省機関であるFBIの解体を行うなど、アメリカ国内における三権分立制のバランスが崩れたことでファシズム政権が生まれたことが示唆されていますね。

アレックス・ガーランド(以下、ガーランド):その通りです。私が内戦の原因について詳しく言及しないのは、観客はすでにその答えを持っていると思うから。そこに詳細な説明は必要ありません。

本作で描いたのは過激派の政治家とポピュリストの政治家が台頭した先にある未来です。そしてそれは現実に世界中で起きはじめている。この物語は現実と地続きなのです。

アレックス・ガーランド

—テキサスとカリフォルニアが組んでファシズムに対抗するという本作は「保守vsリベラル」や「共和党vs民主党」という単純な二極化を避け、特定のイデオロギーを感じさせないつくりになっています。それは本作の主題であるジャーナリズムと同様に、あくまで客観的な観察者であろうという意図によるものなのでしょうか?

ガーランド:伝統的にカリフォルニアは民主党の州で、テキサスは共和党の州です。そんなカリフォルニアとテキサスが、映画のなかでファシストの大統領と戦うために手を組みます。

そこで本作は観客に問いかけるのです。「民主党と共和党が『ファシズムは悪だ』と同意して手を組むことが、なぜそれほど想像できないのでしょうか?」と。もしあなたがそんな状況は想像できないと考えているのならば、それはあなた自身の問題を反映しているのかもしれません。

—その状況を想像し難いとさせる要因の一つが政治的二極化ですよね。

ガーランド:そうですね。本当に悲惨な状況にあると思います。

—A24公式がソーシャルメディアで公開した劇中のアメリカ地図には、西部勢力とフロリダ同盟、現体制支持派州のほかに、作中で一切触れられない北西部の新人民軍(New People’s Army)の存在も描かれていました。このバックストーリーについては今後明かされることはあるのでしょうか?

ガーランド:その設定はジョークのようなものなので、それはないですね。

私は18歳から25歳のころにフィリピンで多くの時間を過ごしたのですが、そこで共産主義ゲリラの反乱が起きていました。それが当時のフィリピンでNPA、つまり「New People’s Army」と呼ばれていたことを少し面白いなと感じたのです。あの地図は、そんなNPAがフィリピンからオレゴン州ポートランドに移ってきたら……という、それだけの内輪ネタ的アイデアですね。

でも、じつはもともとNPAの人々も作中で描写していたんです。そこで彼らはマオイスト(毛沢東主義者)と呼ばれていたのですが、そのシーンは本編からカットされてしまいました。

キルスティン・ダンスト演じるベテランのジャーナリスト、リー・スミス。ジャーナリスト仲間のジョエル(ヴァグネル・モウラ)、サミー(スティーヴン・ヘンダーソン)とジェシーを引き連れワシントンD.C.を目指す。

—現在、世界中でジャーナリズムは信頼を失いつつあります。その状況下で、ジャーナリストたちを物語の主役にしたのはなぜなのでしょうか?

ガーランド:私はこの映画を通じて、報道とジャーナリストの役割について光を当てたいと考えました。自由な国には自由な報道が必要で、それは贅沢品ではなく必需品です。

ジャーナリストたちは勇気を振り絞り、必死の思いで戦地から物語を持ち帰ってくれています。ですが仰るとおり、いまやジャーナリズムには昔のような力はなく、ジャーナリストたちも必要な存在として尊重されなくなりました。その結果として、性的暴行で有罪判決を受け、邪悪で嘘つきであることが何度も証明されている男がアメリカの大統領選に出馬しているのです。

ガーランド:1970年代には、ワシントン・ポスト紙のボブ・ウッドワードとカール・バースタインという2人のジャーナリストが「ウォーターゲート事件」(※)の真相を暴き、ニクソン大統領を失脚に導きました。その事件の罪状の数は、ドナルド・トランプが犯した罪の合計よりも確実に少ないと思います。そう考えると現在起きていることは本当に奇妙ですよね。

—あなたの現在の考え方は、風刺漫画家である父ニコラス・ガーランドさんの影響を受けているのでしょうか。

ガーランド:ええ。私は父だけでなく、父の友人のジャーナリストにも囲まれて育ってきましたから。家庭でも台所のテーブルを囲み、皆でよく議論を繰り広げていたのを聞いていました。私の名付け親もジャーナリストですし、幼い頃の環境による影響は大きいと思います。

—戦場カメラマンを目指すジェシーのキャラクターは、海外特派員を目指していた若い頃の監督自身を反映しているとうかがいました。

ガーランド:私が自分をリーに重ねていると本作を観た多くの人からは思われているのですが、実際には仰るとおりジェシーに昔の自分を重ねています。

20歳のころに海外特派員になろうと強く決意した私は、世界各地を旅して記者証を偽装したり、デモに参加したり、地元のジャーナリストに同行したりと特派員の真似事をしていました。そこで見聞きしたことをルポルタージュとして書こうと思ったのですがなかなかうまくいかず……そして特派員としては成功できないと悟りました。そのフラストレーションから小説の『ビーチ』(※)を書きはじめたんです。

またジェシーを導くリーのモデルは、当時私が親しくしていた経験豊富なジャーナリストです。その人物はリーがしたように、私を危険な世界から遠ざけようとしていました。私はジェシーと異なり、言われた通りその世界を離れていきましたが。

リーたちと帯同する新人ジャーナリストのジェシー役を、カレン - ケイリー・スピーニーが演じる。

—本作では報道写真が非常に重要な要素です。報道写真は目の前の真実を映しますが、ドナルド・トランプ銃撃事件の写真が彼をまるで英雄に仕立てたように、人々は思想によりそこに自由に物語を見出します。

ガーランド:写真はトリミングできるため、そこにあるのは「撮影者」の選択的真実です。写真をいつ撮るかの決断により、画はいくらでも変化するので、それは必ずしも真実とはいえません。私は写真のそんな部分も好きなんですが……。

1990年代や1980年代、それ以前からそうであったように、写真は今日でもパワフルなイメージになります。血を流しながら拳を振り上げているトランプの写真はまさにそうですよね。

2024年9月、トランプ元大統領支持者の家に、銃撃を受けたあとに拳を突き上げる元大統領の写真の旗が掲げられていた。

ガーランド:つまり、フォトジャーナリズムは依然として力を持っているといえますが、一方で人々の真実に対する向き合い方は変わりました。私は1970年代に育ちましたが、当時は新聞に何かが掲載されると、皆それを信じていました。でも最近は違います。

それはソーシャルメディアの台頭が関係しているのだと思います。現在は言葉や画像、動画でさえ細工するのはとても簡単になりました。だから何を信用すればよいのかの判断はとても難しいですが、写真に力があるのは確かです。

—あなたはXなどのソーシャルメディアをやっていませんね。

ガーランド:やっていません。心底大嫌いですから。

—それはなぜでしょうか。

ガーランド:なぜだと思いますか?

—うーん……皆が恣意的に物事を語り、議論が成立せず、何も信用できないから?

ガーランド:その通りです。

—紛争下においてジャーナリストは保護されるべき存在にもかかわらず、本作では何度となく命の危機に晒されます。それは現在ジャーナリストが次々と殺害されているガザの状況を想起しますが、本作の物語と現実世界のつながりを感じることはありますか?

ガーランド:この映画は実際に世界で起きていることを反映したものだと思います。ただ、この映画を撮ったのは数年前なので、当時ガザではいまほどの暴力ははじまっていませんでした。

ロシアがウクライナに侵攻しはじめたのも、プリプロダクションをしていたときです。そういった酷く非人道的な紛争は最近はじまったものではなく、人類の歴史を通じてずっと続いてきたことなのです。

※以降、作品の内容に関する具体的な記述があります。

ジェシー・プレモンス演じる正体不明の兵士

—リーとジェシーの師弟関係は非常に感動的ではあるものの、戦場カメラマンとして成長するにつれ蛮勇を振るうようになるジェシーの成長は決して祝福されているようには見えませんでした。それは戦争というネガティブな状況を前提としたものだからなのでしょうか?

ガーランド:戦争が背景にあるから……ではありませんね。私は若者が望むすべてを手に入れようとする姿を見ると、むしろその若者のことが心配になってしまうのです。そこは私がリーに自分を重ねている部分かもしれませんね。

私の故郷には「願い事には気をつけなさい(Be careful what you wish for)」という言い回しがあります。その言葉が意味するのは警告ですね。それはこの映画のテーマとも部分的に結びついていると思います。本作は中道派的な立場から、過激主義とポピュリズムの政治家に注意しろという警告を鳴らす作品ですから。

—私がアジア人であることもあり、ジェシー・プレモンス演じる正体不明の兵士が登場するシークエンスには心の底から恐怖と絶望を覚えました。「What kind of American are you?(お前はどういう種類のアメリカ人だ?)」という台詞が何よりも印象に残っています。

ガーランド:あなたが「アジア人であることもあって怖かった」というのは彼がアジア系に銃を向けたからでしょうか? その理由を教えてください。

—彼が人種差別主義者であるためです。つい先日もイギリスで極右が「イスラム系移民が殺傷事件を起こした」という誤情報で差別心を煽って反移民の暴動が起きたように(※)、差別は暴力へとつながっていきます。あの兵士のような人種差別主義者が非白人を狙って殺害する姿は、私には単なるフィクションに思えませんでした。

ガーランド:まさにその通りだと思います。ですがこの映画を観た多くの人は、ジェシー演じる兵士が人種差別主義者だと気づきませんでした。しかし、彼は間違いなく人種差別主義者で、その差別心は暴力となり、ふたりの中国人・香港人ジャーナリストに向けられました。ただ多くの観客は人種差別への認識があなたと違っていた。そのことを興味深く思い、私はいまの質問をしました。でも、あなたの見方こそが正しいです。

ガーランド:このような暴力は、2021年1月6日にトランプ支持者らがアメリカ連邦議会議事堂を襲撃して以来、何年にもわたり起きていることの一つだと思います。これまで多くの優れたジャーナリストたちは「暴力的な言葉は、やがて暴力的な行動となる」と警鐘を鳴らしてきました。そして現在、それが世界中で証明されています。

暴力的な言葉で私が思い出すのは、トランプが新型コロナウイルスについて話すとき、「中国」や「中国ウイルス」という言葉をよく使っていたことです。それで映画のなかでも同じように描きました。ジェシー・プレモンスも「中国」という言葉を吐き捨てるように使っていますよね。

—監督は「アメリカは大国ゆえにその政治や選挙であらゆる国の命運が左右される」とプロダクションノートでも語っていましたが、世界中に影響を及ぼすであろう11月5日のアメリカ大統領選をどのように見ていますか?

ガーランド:私としては、もしトランプが勝つのなら最悪な事態になり、カマラが勝つのならグッドだと思っています。

—最後に、この映画を観た観客が社会や政治についてどのような会話をすることを期待しますか?

ガーランド:いい質問ですね。私は観客に会話をしてもらいたいのです。ほとんどの映画はすべての問いと答えが物語のなかに含まれているから、なかなか会話につながりません。

私は日本の政治について詳しく把握していないので同じ状況かはわかりませんが、ヨーロッパやアメリカでは右派と左派の会話は完璧に崩壊しています。だから私は、右派と左派の観客が喧嘩をせずに議論できるような、双方に共通点がある映画をつくりたかった。ただ会話をしてくれること、それがこの映画の答えなのです。
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