人里離れた絶壁にあえて出店 130席の“ぽつんと”レストランなぜ人気? 驚きの「バッドロケーション戦略」に迫る

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2024年10月05日 06:21  ITmedia ビジネスオンライン

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山を切り崩して建設した「TRATTORIA amarancia(トラットリア・アマランチャ)」

 飲食店はよく立地が重要といわれる。そのため、経営者や店舗開発担当者はなるべく駅前やロードサイドの一等地を取りに行く。二等立地、三等立地を狙う人もいるが、たいていは一等地の家賃が払える財力がないから、やむを得ず、そこに入居しているのだ。


【画像】ぽつんと感が半端ない! 絶壁の上にあるレストラン、店内の様子、景色が評判のテラス席、ライトアップされた崖、地元の食材を使用した料理(計15枚)


 ところが、わざわざ好んでひと気の全くない淡路島南端部の絶壁の上に、一軒家のイタリアンレストランをつくった飲食企業がある。バルニバービ(東京都港区)という、東京証券取引所グロース市場に上場する会社だ。グループの連結売上高は、2024年7月期で約135億円、店舗数は97店を展開する(8月末時点)。


 この、山を切り崩して建設した「TRATTORIA amarancia(トラットリア・アマランチャ)」が、7月24日にオープンして以来、どこからともなく人が集まってきて、平日の昼間でも満席になる日があるなど、好調なのだ。テラスからの紀伊水道、鳴門海峡への展望が絶景で、晴れた日には遠くに淡路島と四国を結ぶ、大鳴門橋も見える。地元の食材にこだわった食事もさることながら、この景観を楽しむために、いわば軽い登山やピクニックの感覚で、人々がやってくる。


 バルニバービはレストランが好評のため、向かいに新しくホテルを建設中だ。同社はこれまで、島根県出雲市の人里離れた海岸でカフェやホテルを成功させるなど、地元の人ですら寄り付かない場所に、にぎわいを生み出す利用価値を見出してきた。創業者で同社会長の佐藤裕久氏は、「バッドロケーション戦略」と呼んでいる。


 もちろん、悪条件の場所ならどこでも良いわけではない。夕陽が海に沈む光景が美しい、地域に特徴的な食材があるなど、地元の人が気付かない価値がある立地を選んでいる。


 こうしたバッドロケーションで、バルニバービはどのような価値を生み出しているのか。現地を訪問した。


●徒歩は困難 動物が毎日のように出る、人里離れた立地


 トラットリア・アマランチャまで、公共交通で行こうと思えば大変だ。神戸からだと、中心部の三宮から高速バスに乗って約1時間半、終点の福良で降りて、タクシーに乗るのが最も一般的なルートとなる。タクシー料金も片道で4000円近くかかる。


 車でなら、神戸淡路鳴門自動車道の西淡三原インターチェンジから、25分ほど。一番近い集落の南あわじ市・阿万(あま)からなら7〜8分で到達する。ただし、くねくねとした狭い山道を根気よく登っていかなければならない。徒歩で行くのは、もちろんかなり困難だ。


 出店に当たって、当初は道すらない場所だったので、まず車が通れる道をつくることから始めたという。店の前には広い駐車場を備えているが、それだけでは足りないので、登山道の途中に第2駐車場をつくった。徒歩で店までは遠いので、店員を呼び出してもらい、送迎する。店は午後9時30分まで営業しているので、帰りは暗い時間だ。店員とタクシーの運転手ともに、毎日のように鹿に遭遇すると話す。それほど、人里離れた立地なのだ。


 店内に入ると、いきなり海への雄大な展望が開ける。潮風をより感じたい人向けにはテラス席も設けており、席数は130席。真昼に訪れるのも良いが、夕陽が沈む眺めも絶景であり、夜は崖をライトアップし、幻想的な雰囲気が醸し出される。店から海岸まで階段があり、海辺にも降りられる。


 実際に訪問してみて、ここまでの眺望をおしゃれな空間で体験できるなら、大阪や神戸から1時間半〜2時間半くらいかけて車を飛ばして来たい人もいるだろうと、納得できた。


●超バッドロケーションに、会長がピンと来た


 料理は、シンプルかつ豪快な、素材の良さを生かした南イタリア料理、地中海料理が基本。薪焼きのグリルを備え、牛もも肉や豚、旬の鮮魚などを焼いて提供する。地元の魚介をぜいたくに使ったペスカトーラ、淡路島特産の玉ねぎを前面に出したアマトリチャーナなどのパスタも売りである。ドリンク付きランチセットの平均的な価格は4000円前後と、決して安くない。


 野菜は、南あわじ市の生産者を開拓し、新鮮な野菜を調達。魚介類は、近くの離島である沼島(ぬしま)や徳島市の中央卸売市場から直送している。淡路産の黒毛和牛、淡路牛も使用するなど、地元の食材をメインに据えてメニューを構築している。


 バルニバービが淡路島に出店するのは、トラットリア・アマランチャが初めてではない。淡路市の西海岸、郡家・尾崎地区にカフェ「GARB COSTA ORANGE(ガーブ コスタオレンジ)」をはじめ、約20もの飲食店やホテルなどの施設を次々とつくり「フロッグス・ファーム」と名付けた飲食店街にまで発展させている。


 しかし、同じ淡路島でもトラットリア・アマランチャのある阿万は全く地域が異なり、公共交通でつながっていない。車で移動しても、同じ島内なのに1時間ほどはかかってしまう。


 なぜ、このような場所へ出店したのか。現在トラットリア・アマランチャがある山林は、ガーブ コスタオレンジなどを建てた建設会社が所有しており、バルニバービに向いた土地ではないかと、販売を打診してきたという。佐藤裕久氏は、この地を見ていたく気に入り、“過去最高”の超バッドロケーションで一軒家レストランをつくる決断をした。


 数々のバッドロケーションに慣れている社員の中でも、同地には「さすがに無理」だと考える人は多かった。しかし、担当者であり、グループ会社ピアッティーベッラ(大阪市)の代表取締役・高上彬(「高」ははしごだか)氏は実際にこの地に足を運び、お店に人が集うイメージが明確に描けたという。


 高上氏は「ここは全く人が来なかった場所ではなく、地元の人がごくたまに山道を登って、お店のある場所から海まで降りて、魚や貝を採っていた」と話す。元々食材を求めに行く場所だったのが、飲食店の立地として面白い。


●地元からの支持も強固 女性客も多い


 バルニバービは、1995年にオープンした、大阪・南船場の印刷工場を改装したカフェ(現在はビストロ)が創業店。今でこそ、おしゃれな飲食店が集まるトレンドスポットになっている南船場だが、当時はさびれた、まさしくバッドロケーションの場所だった。


 大都会の街中にあるアマーク・ド・パラディと、雄大な自然に囲まれたトラットリア・アマランチャは似ても似つかぬ立地。しかし、地元の食材をストレートに生かし、薪焼きを導入するなど、淡路島のリゾートに適したメニューを開発することで、成功を収めた。店舗建築においても、絶景のロケーションをさらにブラッシュアップする、海に向いたテラス、海まで降りられる階段、夜のライトアップなどの演出を行った。


 トラットリア・アマランチャの訪問客にどこから来たのか調査したところ、阿万が7%、阿万を除く南あわじ市は19%、南あわじ市を除く島内が11%、徳島県14%、大阪府19%、神戸市10%という結果だった。淡路島の人が37%で4割近くになっており、地元のニーズが高いことがうかがえる。盆に息子や娘が里帰りした際、2世代・3世代で訪れる場所になっている。徳島県からの訪問者も多く、徳島市街からは車で1時間強と案外と近いことが理由になっている。


 客層はどちらかというと女性客が多く、女子会やデートにも使われている。来店の動機は、Instagramが38%。テレビ番組『ガイアの夜明け』を視聴した人が29%、知人からの紹介が16%など。


●「3屈」をくつがえす


 「第2回外食サミット」(主催:日本飲食団体連合会、7月17日開催)での「地方創生における食産業の役割」というパネルディスカッションでは、佐藤会長の他、北海道余市町の齊藤啓輔町長と、ロイヤルホールディングスの菊池唯夫会長が登壇し「地方には3屈がある。そして飲食の力で3屈をくつがえせる」という話があった。どういうことか。


 3屈の一つは「退屈」。東京や大阪のような大都会には面白いものが何でもあるが、田舎には何もないといった趣旨だ。2つ目が「窮屈」。シュリンクしていくコミュニティーでは間違いなく、お互いの監視が厳しくなる。新しいことをしにくくなる。最後が「卑屈」。「どうせダメだろう」と、新しいことをしようという気が起こらないことを表す。


●単なる店ではなく「街」をつくる取り組み


 バルニバービでは、2019年4月にガーブ コスタオレンジがオープンするまで、誰一人歩いていなかった場所を、フロッグス・ファームとして、10億円超を売り上げ、50万人を集客するまでに発展させた(いずれも年間の実績)。


 そういった佐藤氏の話を受けて、齊藤町長は「地方創生には、その土地の価値を再発見する、よそ者の視点が必要ではないか」とコメント。菊池氏も同意していた。齊藤町長は北海道紋別市の出身で、以前は天塩町の副町長を務めていた、いわば「よそ者」。余市町を日本屈指のワインの町にするべく、産業振興に取り組んでいる。


 佐藤氏は「観光で終わらず、そこで働きたくなる。最終的に住みたくなる街をつくる。そこまで行きたい」とも話す。齊藤町長も同じ意見だった。


 「街」というワードがあった通り、バルニバービはエリア全体の開発に挑戦している。ガーブ コスタオレンジは海沿いの夕陽がきれいな県道31号線、通称「サンセットライン」を生かしたロケーションが売りで、観光向けの施設だが、現在はラーメン店「中華そば いのうえ」に「淡路島 回転すし 悦三郎」、ローカル湯だねパン「しまのねこ」など、地元の人の需要が高い店もつくった。


 2022年3月には、旧尾崎小学校をリノベーションした複合施設「SAKIA」をオープン。SAKIAでは地域の祭を復活させる目的で、春と秋の年2回、グラウンドで「サキア祭」を開催している。第1回は屋台を出す人は誰もいなかったのでバルニバービ自ら運営したが、3月の第5回では、48団体が出店するまでにぎやかになった。


 ガーブ コスタオレンジの道向かいには、バルニバービとは関係のないカフェやアパレルに雑貨といった店が新しくできており、さまざまな人が参加して街が形成されつつある。


●淡路島と出雲から、地方創生モデルを全国へ


 バルニバービでは、フロッグス・ファームで実現した地方創生のビジネスモデルを全国各地に横展開することを考えている。淡路島だけでなく、島根県出雲市でもプロジェクトが進んでいる。出雲市は人口約17万人で、島根県では松江市に次ぐ人口規模がある。全国的に著名な出雲大社もあって、観光地として成功しているエリアだ。


 そんな中、同社が進出したのは出雲大社から車で1時間ほど西に行った、日本海沿いの多伎地区。夕陽が沈む光景がきれいといった点では、淡路島西海岸と似た面がある。この地に、2023年5月「GARB CLIFF TERRACE Izumo(ガーブ クリフテラス イズモ)」という飲食店がオープンした。島根の食材と薪火料理を売りにしており、訪れた人からは「この店は島根っぽくない」といった評判を聞く。


 同店の地下にはホテル「Izumo HOTEL THE CLIFF(イズモ ホテル ザ クリフ)」をオープン。8室の小規模なホテルながら、岸壁の中に建ったような独特な建築で人気になっている。7月に発表があった国内初となる「ミシュランキーホテル」のセレクションで、山陰から唯一1つ選出され「1ミシュランキー」を獲得した。バルニバービによれば「このホテルに泊まる人は、どこにも外出しないで部屋でゆっくり過ごす人が多い」とのことで、ホテルそのものが観光地となっているようだ。


 他にも、道向かいにハンバーガーやアイスクリームのショップもオープンするなど、第2のフロッグス・ファームのようになりつつある。淡路島南部の野生動物しかいなかった山林、そして山陰のひっそりとした場所を魅力的な街に変貌させる取り組みの今後に、注目が集まる。


(長浜淳之介)



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