31歳俳優が「転売ヤー役」にハマるワケ。なんともイヤらしい言動や態度がなぜか合う

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2024年10月05日 16:10  女子SPA!

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 映画『Cloud クラウド』が9月27日より劇場公開中だ。本作の大きな売りは、主演の菅田将暉を筆頭とする豪華キャスト、そして世間から忌み嫌われる「転売ヤー」として「真面目」に働く主人公を追っていることだ。

 2024年に黒沢清監督の作品が劇場公開されるのは『蛇の道』『Chime』に続き3作目。今回の『Cloud クラウド』は後述するように内容はわかりやすく、描写も過激すぎずG(全年齢)指定で、エンタメ性も高い。評価も高く、第97回米アカデミー賞国際長編映画賞部門の日本代表に選出されている。

◆ブラックコメディに両足を突っ込んでいる

 あらすじはシンプルともいえる。転売屋の男の周囲で不審な出来事が相次ぐようになり、いつしか「狩りゲーム」の標的となってしまう、というものだ。

 嫌がらせを受けるばかりか、命の危険にすらある状況は、ホラーとして怖い。転売業の先輩との掛け合いもスリリングで、恋人との掛け合いもどこか不穏さがあるし、そこかしこに「不安な種」が撒かれている。

 さらには、予告編でも観られる銃撃戦が巻き起こるアクション映画にもなっていくし、終盤は「もう笑ってしまう」ほどに理不尽な事態に陥り、悪い冗談のようなサプライズも仕込まれているため、ブラックコメディの領域に両足を突っ込んでいる。

 そのように複数のジャンルを横断していく特徴があるため、何よりも「面白い映画」を期待して観るのがいいだろう。

◆主人公は「真面目な普通の男」にも見える

 劇中では商品の値段を釣り上げて利益をかすめ取る、転売ヤーのやり口がはっきりと描かれている。「恨みを買うのも当然だな」とも思えるし、そのせいで主人公がひどい目にあう様は「自業自得」「因果応報」だと感じる人もいるだろう。その一方で、彼が「真面目な普通の男」にも思えてくるというのが面白い。

 ひとつひとつ転売の段取りをこなしていく様は「地道」にも見えるし、先輩からの怪しい誘いにも安易に乗ったりはしないし、恋人との関係や、仕事を手伝う青年への距離感もおおむね真っ当に思える。

 転売屋を専業にする以前に働いていたクリーニング工場では、社長から「才能と忠誠心があるから、管理職としてやっていけるよ」などと言われていたりもするので、客観的にはまともな社会性があるのだろう。普段は口数が少ないのだが、限定品のフィギュアを買い占める際の交渉では口はむしろ達者で、詐欺師のようにも見える。

 この映画はフィクションだが、「現実の転売屋もこうなのかもしれない」と想像がおよぶだろう。描かれるのはあくまで転売屋の日常と、それから起こる悪夢のような事態であるが、転売屋という職業の良し悪しを単純にジャッジしたりしない。だからこそ、転売ヤーという蔑称に収めるだけではわからない、その仕事や人間性を客観的に認識できるというのは、本作の大きな意義だ。

◆菅田将暉の「相手を見下す」演技の上手さ

 そんな真面目で普通、社会性もある青年が主人公ではありつつも、そこはかとなく「相手を見下す」イヤな面が、セリフ回しはもとより、菅田将暉の演技力でこそ表現されているのも、本作の見どころだ。

 たとえば、劇中で菅田将暉は、転売業の先輩である窪田正孝に対して、あからさまに先輩をこき下ろすことはしないけど、相手には「コイツ俺のこと舐めてるな」「正直俺のこと好きじゃないだろうな」と伝わるよう意識しながら演じていたそうだ。

 さらに、自分の転売業が軌道に乗った後に先輩に再会した時には、「ひとりじゃとても手が回らない状態です。どこかにいい助手っていないですかね。あ、そうだ、先輩みたいなベテランにも参加してもらおうかな」などと「マウント」を取ったりしていて、なんともイヤらしい。

 菅田将暉というその人から、いい意味での「野性味」や「不良性」を感じられるため、ストレートにその要素を打ち出した、攻撃的だったり粗野だったり、主体性がある役に大いにハマる。対して、今回のように「表向きは普通」だからこそ、ちょっとした言動に毒を込めていて、相手を見下す態度が透けて見えてしまう役にも合うというのは、意外でもあり、納得もできたのだ。

◆要領は良いからこそ、普通の人を見下している

 また、菅田将暉自身は、「(主人公は)ある程度は上手いこと生きてもいけるタイプなのだとは思います。でも、それでは物足りない自分もいれば、“普通”でいることを小馬鹿にしている自分もいる一ーというラインがより“普通”な気もします。そのキーでずっと歌っていくようなイメージで演じていました」とも語っている。

 なるほど、要領は良くて、普通では物足りないからこそ、普通の人を見下しているところもある……そいう人が身近にいると心当たりがある人は多いだろうし、その「あるある」な人物像に菅田将暉はこれ以上ない説得力を持たせていた。

 ちなみに、その菅田将暉が「共通言語として事前に観てほしい映画作品はありますか?」と黒沢清監督に聞いたところ、「コツコツと悪事を働く男」の例としてアラン・ドロン主演の映画『太陽がいっぱい』が挙げられたそうだ。なるほど参照元として納得できる主人公像ではあるので、併せて観ても面白いだろう。

◆現代社会ならではの凶暴性

 この『Cloud クラウド』では黒沢清監督が、「現代社会のリアリティを象徴的に反映するアクション」と「暴力に全く縁のない人たちが凄惨な殺し合い状態になる物語」を企画の発端としているが、ヒントになったのは実際に起こった事件だった。

 それは「全く知らない他人同士がインターネット上で連絡を取り合い、ターゲットとなる人物を殺害してしまった」ものだったという。そこから黒沢清監督は「無名の者たちが集まるからこそバレないだろう」という短絡的な発想でゲームのように人を殺してしまうことがあるのか、とその恐ろしさに衝撃を受けると同時に、現代社会ならではの凶暴性を感じたそうだ。

 そこに転売屋という要素を入れたのは、黒沢清監督の知り合いに転売をやっている男がいて以前から興味があったことと、WOWOWのドラマ『贖罪』の中でも加瀬亮に転売屋を演じてもらったこともあり、「主人公を転売屋にしたら、思わぬ根みを買って危機的状況に遭遇したり暴力沙汰に巻き込まれたりしてしまうことがあるんじゃないか」と考えたからだそうだ。

 転売屋は確かに忌み嫌われている職業だろうが、劇中のように狩りゲームと称して殺害まで企てるというのは、もちろん許されるはずもない。「匿名」が前提のSNSで転売屋に対して批判の範疇を超えた誹謗中傷が送られていることを思えば、その憎悪が浅はかなリアルの暴力に発展してしまうことも、決して絵空事ではないとも思える。その恐ろしさを認識する意味でも、本作を観てみるといいだろう。

<文/ヒナタカ>

【ヒナタカ】
WEB媒体「All About ニュース」「ねとらぼ」「CINEMAS+」、紙媒体『月刊総務』などで記事を執筆中の映画ライター。Xアカウント:@HinatakaJeF

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