【今週はこれを読め! SF編】史実と伝奇とが、新しいSFとして豊かに交雑〜大恵和実編訳『日中競作唐代SFアンソロジー 長安ラッパー李白』

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2024年10月08日 11:41  BOOK STAND

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 大恵和実編の中国SFアンソロジーは、『中国史SF短篇集 移動迷宮』『中国女性SF作家アンソロジー 走る赤』(後者は武甜静、橋本輝幸との共編)につづき、本書で三冊目。先の二冊は、翻訳作品のみを収めていたが、この『日中競作唐代SFアンソロジー 長安ラッパー李白』は、日本作家が書き下ろし作品で参加している。角書きのとおり、唐代を舞台・テーマとして、中国作家と日本作家それぞれ四人、計八人が筆を競う趣向だ。ニッチな企画だが、面白い目のつけどころで、こういうアンソロジーが出てくることはたいへん喜ばしい。
 表題作「長安ラッパー李白」は、2019年デビューの新鋭、李夏(リーシア)が22年に発表した作品。巨大コンデンサ、トランジスタ、フィードバック回路を有し、街全体が交差結合発振器として機能する長安は、言葉を発する際にはかならず韻を踏むことが義務づけられているディストピアだった。苦しんでいる民を救うために立ちあがったのが、天才詩人の李白である。体制が規範とするダサい美文形式に対し、彼は得意のラップで対抗する。リリックは呪術なのだ。そのまま、バトル漫画にできそうな痛快作。
「大空の鷹----貞観航空隊の栄光」は、現在ゲーム会社を経営する祝佳音(ジュージアイン)が、2007年に発表した作品。唐の二代目皇帝、太宗の高句麗遠征を題材にしている。その遠征で使われるのは、牛筋の弾性を動力とする航空機だ。異様なテクノロジーが繰りだされる空中戦のスペクタクルが見もの。巻末の解説では、スチームパンクならぬ牛筋皮パンクとして紹介されている。
「破竹」は、すでに何篇かの邦訳もあり、来日したこともある梁清散(リャンチンサン)の作品。本作は編者の依頼に応えての書き下ろしである。神策軍士として山東に派遣された主人公が、謎の祥獣を利用して君主を僭称しようとする敵に対峙する。祥獣の正体は不明だが、いたく狂暴で怪異な存在と噂される。主人公はその祥獣が残したであろう匂いによって、自分が少年時代に遭遇した怪物を思いだした。黒目白熊。あれがここらで暴れ回っているのか......。
「楽游原」は、羽南音(ユーナンイン)によるショートショート。実在した詩人、李商隠が天啓のように、人類史の背後にある宇宙的ヴィジョンを得る。それを空想ではなく、実体として描くのがこの作品のSFたるゆえんだ。
 以上が中国勢。日本作家の作品では、まず、十三不塔「仮名の児」が目を惹く。女道士のための修業場のなか、拾われ子の境遇で、ひとりだけの男として育てられた主人公の物語だ。霊験あらたかな符を書くのが道士の本分なのだが、彼は自由闊達な草書への憧れを募らせていく。書をめぐるオカルティックなファンタジイで、主人公のほか、個性的な登場人物が綾をなす。
 立原透耶「シン・魚玄機」は、暗殺術のすべてを身につけた女刺客である聶隠娘が、傾城の美貌と天性の詩才で知られる魚玄機との秘めた関係を、旧知の文人、段成式に打ちあける。聶隠娘は唐代伝奇のヒロインとして多くの物語に登場する人物で、魚玄機は実在した詩人で森鴎外の小説の題材にもなっている。段成式も実在の人物だ。しかし、この三人が生きたとされる時代は本来、重なってはいない。立原透耶はもちろん、それを知ったうえで、あえてひとつの時間で彼らを邂逅させているのだ。「シン・魚玄機」という題名がそれを示している。つまり二次創作的な趣向だが、そこはさすが熟練の小説家、キャラクターや設定に淫することはなく、さらりと上品に物語をまとめている。あとあじの良い佳作だ。
 灰都とおり「西域神怪録異聞」は、悟りを希求する三蔵法師の意識に、彼の物語を綴っているという呉承恩が語りかける。メタフィクション仕立てで、三蔵についての史実とあまたの虚構とが混淆し、それが現代のネットワーク空間にまでなだれこんでいく。
 円城塔「腐草為蛍」は、唐の建国からその後の移り変わりを、周辺民族や同族内との戦闘を軸足に描く。登場するのは通常の人間ではなく、人馬一体化、キチン質の外殻、多段の体節構造......と、異形の進化を遂げた生命だ。イメージとしては酉島伝法に近いが、偽史を繰りだす語り口は、まちがいなく円城塔である。
(牧眞司)



『日中競作唐代SFアンソロジー-長安ラッパー李白 (単行本)』
著者:大恵 和実,円 城塔,十三不塔,立原 透耶,灰都 とおり
出版社:中央公論新社
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