2024スーパーGT第6戦SUGO HOPPY Schatz GR Supra GT スーパーGT GT300クラスに参戦する注目車種をピックアップし、そのキャラクターと魅力をエンジニアや関係者に聞くGT300マシンフォーカス。2024年の第5回は、大観衆が見守るなか炎に包まれた悲劇を経て、まさに“不死鳥”のように甦った25号車『HOPPY Schatz GR Supra GT』が登場。2022年デビューの“初号機”から、再設計と新たなホモロゲーションも取得した2024年型“2号機”を含め、そのすべての設計を担ったチーフエンジニアの木野竜之介氏に話を聞いた。
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当時のJAF-GT規定マザーシャシー(MC)を熟成し、タイトルを獲得したのが2016年。さらに2020年から2年間はFIA-GT3規定のポルシェ911 GT3 Rを走らせた。そして2022年。満を持して……と言っていいかもしれない、つちやエンジニアリングの独自製作車両として誕生したのが当時のHOPPY Schatz GR Supraだった。
その登場を前に、現在チームを率いる土屋武士監督の父であり、ガレージ創業者であった“先代”土屋春雄氏が、2021年開幕戦を前に惜しまれつつ逝去。その思いを継ぐ最初のモデルとして産声を上げた2022年型GRスープラは、既報のとおり春雄氏から薫陶を受けたひとりでもある金曽裕人監督率いるaprが全面協力し、埼玉Green Braveが製作した“大いなる母”とも言うべき現行GTA-GT300規定フレームの図面が提供されている。
そのうちホモロゲーションを受けるパイプフレームを中心に、5.4リッター自然吸気V8の2UR-Gエンジンやヒューランド製のトランスアクスル式ミッションケースなど、基本構成パーツは共通としながら、サブフレームやサスペンション類などにつちや独自のエッセンスが盛り込まれた。その設計を担ったのが、サーキットでは同車のトラックエンジニアも務めるチーフデザイナーの木野氏だ。
「2022年のクルマは自分たちのオリジナルで盛り込んだところも多かったのですが、ホモロゲーションや公認に関わる部分は、aprさんが製作した埼玉トヨペットさんと同じ公認で製作していました。そういった意味ではリヤのサブフレームと呼ばれる部分、そこも公認されるのですが、その部分も含めて一緒でした。さらにそこから先に付いていく部分に関してはフルオリジナルのかたち。そういったことを踏まえると、やはりベースに引っ張られる部分というのはありました」と振り返る木野氏。
その新生つちや初号機を過去形で振り返ることになるのは、ご存知のとおり2023年の第4戦富士スピードウェイで遭遇した火災事故の影響によるものだ。結果、長らくの参戦休止を強いられることとなったチームは、クラウドファンディングなどを通じ多くのサポーターから支援を受け、まさに不死鳥のように甦る。
「このモノコックが昨年の火災で『やっぱり駄目になってしまっていた』となると、やはり復活は難しかったか、少なくともこの時間軸では難しかった可能性は高いです」と、設計製作者としての見立てで続けた木野氏。
「そういった意味では本当に(モノコックが)残っていてくれて、同じスープラでまた参戦できたことは本当にありがたいことだなと思います。いろいろな方からご支援を戴いて、またこうして今季も戻って来られたのは、本当に本当にありがたいことです」
素人考えでは、あれほどの炎焼に包まれたメインフレームだけに、熱の影響による金属の性状変化が起きていないかと心配になるほどのアクシデントだったが、そこはフレーム1本1本に対し入念な検査と強度チェックが施されており「金属が熱でどのように変質するか、その時間的なデータまで学べました(苦笑)」との副産物も得て、問題がないことを確認したうえでの再構築が試みられた。
「同じものを再利用する前提に立って作ることになり(相対的に損傷の大きかった)リヤまわりに関しては『どうせ作るなら、もういっそ公認も取り直して作り直してしまおう』となったんですが、同じ部品をそもそも手に入れることができませんでした。2022年仕様をもう一度作ろうと思っても、作り続けられなかったんです」
その最大要因となったのがギヤボックスで、ヒューランド製トランスアクスルは設計が古く、2022年型の初号機でも新造は高価なためイギリスで探した中古品を搭載していた。
しかし、今回に関しては高価になった古い型を手に入れるより「自分たちでオリジナルに作った方がより低コスト」との判断から、MCと同じヒューランド製LLSを新造。これにより従来から所持している豊富なスペアパーツも活用することが可能となった。
「ギアボックスを変える=新造にならざるを得ないので、やはりギアボックスありきのフレームになりました。ひとつポイントだったのは、モノコックの公認は自動車メーカーがしっかりとJAF(日本自動車連盟)やFIA(国際自動車連盟)に公認を通す、というのが今現在のルールです。ただ、前後パイプフレーム構造の公認というのは、強度計算など、当然しっかりとしたものが必要ではありますが、チームレベルでGTAに対して取ることができました。『これだったら自分たちもできる!』ということで、その部分の確認をGTAにさせて戴いて、今回もう完全新設計にしちゃいましょう……という流れです」
本来なら、このヒューランド製LLSはストレスマウント用のギヤボックスとしては設計されておらず、その点でもMC時代から苦労に次ぐ苦労を重ねてきたつちやだが、2024年型ではさらにギヤボックス本体に応力を負担させないフレーム構成とすべく、モノコックとギヤボックスを繋ぐ“リヤフレーム・メインプレート”を新規設計。2022年型初号機対比で「ねじり剛性30%アップ」を達成した。
■初号機と「何ひとつ共通部品がないくらい」の新型。現状の複雑な課題
基本的に初号機から「できるだけシンプルに、要素数少なく作る」というコンセプトを掲げていた木野氏は、メインフレーム以外、リヤセクションのトラス組サブフレームなど精度が要求される部分も含めてつちや内製とし、独自設計のステアリングギヤボックスや、同じくアルミ削り出しの前後アップライトにより、サスペンションのレバー比もapr製とは若干異なる仕様に。そして何より新たな調整機構を採用していたアンチロールバーでは、各種ロッカー類を必要とするサードダンパーを“不採用”としていた。
「僕は(サードダンパーが)ナシならナシのやり方があるというのは今でも思っているので、そういった意味での考え方は今でも変わっていません」と前置きした木野氏だが、今回の2024年型への更新に際し、前後ともにサードエレメントを追加している。
「オートスポーツの本誌でも取り上げてもらったとおり、今季からサードエレメントが入ったのですが、あったらあったでやはりできることが増える実感はあり、楽になった部分はあります。でも、なかったらまったく走れないかと言われたら、そういうものでもない……とも思っています」
前述の2022年型初号機設計当時の木野氏のコメントを振り返ると、当初の“サードダンパーレス設定”に関しては次のような考えを明かしていた。
「車両が軽くダウンフォースへの依存度が大きいフォーミュラと、相対的に重いGTでは事情が違います。例えば鈴鹿のヘアピンで2Gが出ていたら、スーパーフォーミュラなら130Rで4Gくらい出ます。でもGTでは2Gが2.5Gに上がる程度。サードダンパーはピッチングを抑制することで車高を制御し、ダウンフォースを安定させるものなので、その重要度が異なり、サードダンパーを使わないなら使わないなりに走らせられるはずです」
その一方で、このGT300規定GRスープラに搭載される2UR-Gは、エンジン単体重量が重いヘビー級ユニットとして知られ、連載の前回で触れた31号車apr LC500h GTとの対比では、GRスープラはホイールベースが非常に短い車種でもある。メインフレームを共有するGR86やLC500hとの対比では、GRスープラの2490mmに対し2650mm(GR86)、2870mm(LC500h)とその差は歴然だ。
「ベースから5%伸ばすことが認められていても、現代のエアロダイナミクスを床下で稼ぐ現代マシンとしてはかなり短い部類です。さらに言えばMCの方がもっと長いですからね。前後ライトにホイールが被っているMCでも2750mmあります。その意味でMCは『レーシングカーっぽい』ホイールベースをしていますが、やはりGRスープラのディメンションを考えたとき、ピッチング方向の動きが非常に弱い。その点ではサードエレメントの採用は楽になる方向です」
フロント側を例に挙げれば、大きなエンジンブロックの前方に配置するべく、プッシュロッドとダンパーをつなぐロッカーアームからリンクを伸ばし、セカンドロッカーを介して左右からサードダンパーを挟むのがオーソドックスな構成となるが、この2024年型2号機では左右にロッドを持つスライダー式とし、減衰ではなくパッカー/バンプラバーで制御して引く(プル)方式とした。
「サードエレメントも、これを付けたくてやったわけでなく、まずオイルタンクの位置を変えたかったんです。それも重量配分ではなく、クラッシュした際に毎回壊れてしまうのを防ぐためでした。オイルタンクが壊れ、下手をしたらエンジンまで押してしまい、ものすごい出費が発生する……ということを防ぐためです。ですので、サバイバル性と言いますか、オイルタンクの位置を変えた結果として場所ができました。場所ができたら『付けようか』と、そういった順番です」
折りしも、2023年には規定変更の影響で床下のディフューザー面積と跳ね上げが抑制され、エアロ特性として少しマイルドになる方向性……クルマの姿勢に対してダウンフォースの出方が穏やかになる点でもプラスだったよう。
その意味でも「何ひとつ共通部品がないくらい」に後半セクションが別のクルマに生まれ変わったHOPPY Schatz GR Supra GTは、脚の設定やスプリングのレート、減衰の設定などにも大きな変化が出そうなモノだが、現状はそれよりさらに“浦島太郎”的な現象が立ちはだかっているという。
「そこに関して言うと、正直タイヤの変化の方が大きくて(苦笑)。やはり半年間お休みして、なおかつシーズンオフテストもほとんど参加することができませんでした。その時間でヨコハマタイヤさんの毛色がだいぶ変わっていました。『なんか昨年までとフィーリングが違う』というところで、開幕前のテストから模索しつつ、タイヤ屋さんの方でもいろいろとアジャストをしてもらう……というのを繰り返しながら今に至っています」と続ける木野氏。
「そうなると(事象の)切り分けも難しく、わかりやすい比較・検証というのが、なかなか今はこのコンペティションタイヤの世界ではしづらいというのが難しいところです。それでも今季は尻上がりに、レースを経るごとにリザルトが出ていくような、そういったストーリーにはしたいなと思っています」