1890年、1988年、2024年――。この3つの年に起きた“ある共通点”は何か?
「いきなりそんなことを聞かれても、分かんないよ」と思われたかもしれないが、ビールの話である。1890年に「恵比寿ビール」(当時:日本麦酒醸造会社、現:サッポロビール)が誕生して、その後、ビールをつくっていた地名が「恵比寿」になったという歴史がある。
100年ほどそこでビールをつくり続けてきたわけだが、需要がどんどん増えていき、やがて工場が手狭になる。都市部にあったのでスペースを広げることが難しく、物流や環境面での問題もあったことから、1988年に工場を閉鎖した。
跡地に「恵比寿ガーデンプレイス」が開業し、周辺にはオシャレなお店が次々にオープン。住みたい街ランキングの上位にランクインするなど、人気エリアとしてにぎわっているわけだが、2024年4月、36年ぶりに再びビールをつくることになったのだ。もちろん、「エビスビール」である。
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施設名は「YEBISU BREWERY TOKYO(エビス ブルワリー トウキョウ)」。このことは大手メディアが取り上げていたので、「知ってるよ。建物の中で歴史を紹介していたり、ビールを提供したりしているんでしょ」などと感じられたかもしれないが、その通りである。
広さは地下の製造フロアを含めて、延べ2544平方メートル。天井が高いので、訪れた人の多くは「広いなあ」という印象を受けるはず。その広々とした空間を「過去」「現在」「未来」に設定して、それぞれのテーマで来場者を楽しませようとしているのだ。
●「恵比寿停車場」の写真が気になる
「過去」はミュージアムのスペースである。壁面いっぱいに当時の写真が飾られていて、エビスビールのルーツなどが紹介されている。
個人的に気になったのは、ビールを運ぶために設けられた「恵比寿停車場」の写真である。線路を横切る歩道があって、そこに掘っ立て小屋があるのだ。大人1人が入れるほどの建物で、顔の大きさ程度の小窓が付いている。
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写真を飾るにあたって、サッポロビールの担当者も「この建物はなに?」と気になったそうで、JR東日本に問い合わせたそうだ。返ってきた答えは「分からない」。関係者でさえも正体がよく分からない貴重な写真が並んでいるのだ。
「現在」は、ビールを醸造している場所である。実際にビールをつくっているタンクをガラス越しに眺められるようになっていて、その姿はまるで神殿のようである。
ここでしか味わえないビールをつくっていて、作業をしているのは3〜4人ほど。醸造スペースの地下でビールを発酵させて、できたてのビールを10リットルの樽に詰めているそうだ。ちなみに、1回でつくれるビールは、500ml缶で換算すると2000本ほどである。
そして「未来」のスペースは、どうなっているのか。地下からエレベータで運ばれてきた、ビールを提供している。スタンディングを含めて110席ほど設けていて、取材時(平日の午後6時ごろ)も仕事帰りのサラリーマン風の男性が“新鮮なビール”を楽しんでいる姿を目にした。
●わずか6カ月で来場者が17万人
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エビスの体験施設がオープンして6カ月が経過した。サッポロビールは「目標20万人」(4〜12月)を掲げているが、反響はどうなのか。来場者は3カ月ほどで10万人を超え、10月7日に17万人を突破した。「このままのペースで推移すれば、目標は前倒しで達成できそうだ」(広報部の小野寺哲也さん)とのこと。
有料のガイドツアーも実施していて、参加費は大人が1800円。「平日に3回、週末に7回」行っていて、いずれも好評である。各回の定員は20人だが、予約はほぼ100%で埋まっているようだ。
「ビール工場の見学」と聞くと、大規模の施設にタンクがどーんと並んでいるといったイメージがある。都市部から離れていて、海沿いにあるところが多い。しかし、エビスの体験施設は違う。冒頭で紹介したように、JR山手線または東京メトロの恵比寿駅から徒歩10分ほどのところにあるので、超便利である。
来場者が多い理由のひとつに「交通の利便性」が挙げられるが、ほかになにかあるのか。マーケティング本部の沖井尊子さんに聞いたところ「体験」という言葉を何度も口にした。10年ほど前から「『コト消費』って大切だよね」と言われ続けているが、ここではどのような体験をウリにしているのか。
衛生上の問題があるので、さすがにビールづくりに参加することは難しいようだが、ここでしか飲めないビールを、しかもさまざまな種類を提供していることが挙げられる。
定番として扱っているのは、恵比寿工場時代の酵母を使った「エビス ∞(エビス インフィニティ)」と「ブラック」(いずれも1100円、380ml)。このほかに、月に1〜2種類ほどのペースで、これまでになかったビールを提供している。
「ん? ビールってそんなに簡単につくれるの?」と思ったが、もちろん答えは「否」。施設の運営に携わっているメンバーは、開発担当者に「こんなビールはどうかな?」「この味はいいかも」といった具合に、アイデアをどんどん出しているそうだ。
問題はその後である。アイデアをカタチにするのは、簡単ではない。しかも毎月の話である。しかもしかも、今後もそのペースで出し続けるそうである。
アイデアを出す人、それをつくる人のチカラは欠かせないわけだが、それだけではない。「大きな工場で、新しいビールをどんどんつくっていくのは難しい。この施設のような規模であれば、新しいことにチャレンジしやすいんですよね」(沖井さん)という。
サッポロビールの生産規模からすれば、1回の醸造で「500ml 缶2000本」という数字は、ほぼ“誤差”ともいえる。しかし、小さな規模であるからこそ、「ちょっとやってみようか」といった感じで、新しいことにチャレンジできているようだ。
●エビス体験施設の人気はどこまで続く?
さて、エビス体験施設の人気はどこまで続くのか。新しいビールをつくり続けるだけでなく、さまざまなイベントなども企画している。詳しい内容は、社外秘なので教えてもらえなかったが、来場者のさらなる増加を狙っているようだ。
ちなみに、札幌市にビール博物館「サッポロビール博物館」がある。明治時代に建てられた工場で、ビールの歴史を学べるほか、試飲できる施設となっている。「若者のビール離れ」が叫ばれている中でも、来場者は年間50万人ほどいる。
博物館は札幌駅からバスで10分ほどのところにあるので、市内観光のついでに訪れる人が多いようだ。施設のコンセプトや規模は違うものの、立地のみを考えると恵比寿のほうが便利である。来場者の目標は「年間25万人」としているが、うまくいけば、博物館の数字に近づけるかもしれない。
このような話をすると、関係者はプレッシャーを感じて“あわあわ”するかもしれないので、「男は黙って」おくことにしよう(念のための注:1970年に話題になったCMのフレーズ)。
(土肥義則)
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