「少年ジャンプ+」を筆頭に、大きな盛り上がりを見せるWeb漫画業界。さまざまなヒット作が注目を浴びる一方で、“尖った表現”を用いたオルタナティブな作品が生まれる土壌も育まれつつある。その代表格といえるのが、早川書房によるWebコミックサイト「ハヤコミ」だ。
同サイトが始動したのは、7月23日のこと。早川書房といえばSFやミステリの総本山と言われるような出版社だが、その色合いを強烈に打ち出したサイトを立ち上げた。
たとえば第1弾の連載としては、スタニスワフ・レム原作『ソラリス』のコミカライズがスタート。同作は『SFマガジン』のオールタイム・ベストSF投票で海外長編部門の1位を獲得したこともあるSF小説の金字塔だ。
ソラリスという惑星にやってきた主人公が、一つの巨大生命である“海”の引き起こす不可思議な現象に巻き込まれていく……というストーリーで、思弁的で難解な展開が特徴となっている。アンドレイ・タルコフスキー監督が手掛けた映画版が、思弁性を前面に押し出した作りによってカルト的な人気を博していることも有名だ。
そんな一般的には“とっつきにくい小説”を、「ハヤコミ」では森泉岳土が見事にコミカライズ化。繊細かつポップな筆致によって、幅広い読者を獲得しうる漫画へと昇華させている。
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同じく第1弾としては、“ミステリの女王”アガサ・クリスティーの代表作『そして誰もいなくなった』のコミカライズも連載中。同作といえば、海外ミステリのオールタイムベスト1位に選ばれたこともある古典中の古典だ。
コミカライズ担当の二階堂彩は、圧倒的な画力によって、今から80年以上前に執筆された原作を令和に蘇らせている。
そのほか、アイザック・アシモフ原作『銀河帝国興亡史』(ファウンデーション)シリーズのコミカライズも要注目だろう。元々版権の関係でコミカライズが中断されていたものが移籍してきた形となるが、原作は膨大な巻数を費やして描かれたSF小説の古典的名作で、作中では銀河帝国をめぐる果てしないストーリーが展開していく。
こうして連載陣を並べてみると、“ハヤカワらしい”作風の作品が揃っていることが一目瞭然ではないだろうか。また、継続的な盛り上がりが求められる一般的なWeb漫画とは違って、重厚な古典のストーリーをじっくり描き出せるのが「ハヤコミ」の強みとも言えるかもしれない。
その一方で、「ハヤコミ」の連載陣には古典ばかりではなく最近の話題作も含まれている。「第11回アガサ・クリスティー賞」で史上初の満点を獲得して大賞に輝き、2022年の「本屋大賞」を受賞した『同志少女よ、敵を撃て』だ。
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物語の舞台は、独ソ戦が激化する第二次世界大戦期。ドイツ軍の侵攻によって村を滅ぼされた少女・セラフィマが、復讐のために狙撃手としての道を選ぶ……という壮絶な設定の戦争小説となっている。
なお原作者・逢坂冬馬は、コミカライズ化にあたって自身の「note」にてその経緯を説明していた。いわく、以前他社からコミカライズの打診があった際には警戒心を抱いていたそうだが、今回の企画では大ファンだった漫画家・鎌谷悠希の名前が挙がったことで一気に話が進展。
鎌谷なら「戦争とジェンダー」という問題意識を正確に受け取って表現してくれるだろうという信頼感から、むしろ“自分自身がとても読みたい”と思い、コミカライズ化の依頼に至ったという。
また、あのキアヌ・リーブスが原作を手掛けたアメコミ『BRZRKR』の邦訳版も掲載中。同作は“キアヌ顔”をした不死の主人公を描いた内容で、映像化の予定もある話題作だ。ほかにも、高橋葉介による伝説的な漫画『夢幻紳士』シリーズや、過去に『SFマガジン』や『ミステリマガジン』で発表された短編など、復刻掲載にも積極的な姿勢を見せている。
ところでこうした掲載作品からは、Webコミックの新たな可能性を切り拓くポテンシャルを感じられる気がしてならない。というのも現在のWebコミック界隈では、「少年ジャンプ+」や「サンデーうぇぶり」、「マガポケ」など、大手漫画誌から派生したサイトが人気を博している。そこで「ハヤコミ」は自社が培ってきたSFやミステリのリソースをつぎ込むことで、独自路線の媒体を作り上げつつあるからだ。
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「ハヤコミ」以外にも、差別と貧困、格差を扱った『生活保護特区を出よ。』などを掲載するリイド社の「トーチweb」や、“大丈夫”を求める人々を描く『大丈夫倶楽部』を連載するトゥーヴァージンズの「路草」など、オルタナティブな作品を発信しているWeb漫画サイトはいくつか存在する。
すぐれた作品は、多様性に満ちた環境から生まれるもの。こうしたWeb漫画サイトでこそ、時代を変えるような傑作が誕生するのかもしれない。
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